なぜ食品中の脂質酸化はラジカル連鎖反応として進むのか?

油、ナッツ、魚、肉、乳製品などに含まれる脂質は、保存や加熱の途中で少しずつ酸化します。では、脂質酸化はなぜ一度始まると次々に進みやすいのでしょうか。

食品中の脂質酸化がラジカル連鎖反応として進むのは、最初に生じた脂質ラジカルが酸素と反応して新たなラジカルを作り、そのラジカルが別の脂質から水素を奪って、また次の脂質ラジカルを生み出す反応が繰り返されるためです。この連鎖は、光、熱、金属、過酸化物などで始まりやすくなり、抗酸化物質やラジカル同士の反応によって止まりやすくなります。

目次

脂質酸化は一つの反応ではない

脂質酸化というと、「脂質に酸素がくっつく反応」を想像しがちです。しかし実際には、一つの単純な反応ではありません。

食品中の不飽和脂肪酸から水素が引き抜かれ、脂質ラジカルができ、そこへ酸素が加わり、さらに別の脂質へ反応が伝わっていく一連の反応です。

2025年のオレオサイエンスの総説でも、油脂酸化は不飽和脂肪酸から水素が引き抜かれて始まり、その後さまざまなラジカル種が生成して酸化反応を促進すると整理されています。

最初の「開始反応」では何が起こる?

ラジカル連鎖反応の最初の段階が開始反応です。

不飽和脂肪酸をLHと表すと、何らかの刺激によって水素原子が引き抜かれ、脂質ラジカルL・が生じます。

この最初のラジカルは、熱、光、金属イオン、既に存在する過酸化物の分解などによって生じることがあります。

つまり、酸化が始まるにはまず「反応を始動させるきっかけ」が必要です。

なぜ不飽和脂肪酸はラジカルになりやすい?

不飽和脂肪酸には炭素同士の二重結合があります。

特に二重結合の近くにある水素は、飽和脂肪酸の水素より引き抜かれやすい位置にあります。二重結合が複数ある多価不飽和脂肪酸では、このような反応点が増えるため、一般に酸化を受けやすくなります。

魚油に多いEPAやDHA、植物油に多いリノール酸などが酸化しやすいのは、こうした分子構造が関係しています。

脂質ラジカルができると酸素とすばやく反応する

脂質ラジカルL・ができると、食品中にある酸素と反応して脂質ペルオキシルラジカルLOO・が生成します。

この反応は比較的速く進むため、酸素が存在する食品中では、脂質ラジカルができるとその後の反応へつながりやすくなります。

ここから「連鎖」が始まります。

ペルオキシルラジカルが次の脂質を攻撃する

脂質ペルオキシルラジカルLOO・は、別の脂質LHから水素を引き抜きます。

その結果、脂質ヒドロペルオキシドLOOHができる一方、新しい脂質ラジカルL・も生まれます。

新しくできたL・は、また酸素と反応してLOO・となり、さらに別の脂質から水素を奪います。

このように、一つのラジカルが次のラジカルを生み出し続けるため、脂質酸化はラジカル連鎖反応として進みます。

なぜ「連鎖反応」だと酸化が一気に進みやすい?

連鎖反応では、最初に少数のラジカルが生じるだけでも、その後は反応自身が次のラジカルを生み出します。

そのため開始反応が一度起きると、外から新しいきっかけが加わらなくても、一定時間は連鎖成長反応が続くことがあります。

古くからの食品油脂研究でも、不飽和脂肪酸の自動酸化はヒドロペルオキシド生成を伴うラジカル連鎖反応であり、フリーラジカルが生じると酸化が加速的に進むと説明されています。

最初にできるヒドロペルオキシドはまだ強いにおいを持たないことがある

脂質酸化の初期に生じる代表的な一次酸化生成物が脂質ヒドロペルオキシドです。

ヒドロペルオキシド自体は、必ずしも強い異臭を持つとは限りません。

しかし不安定な物質なので、熱、光、金属などの影響で分解すると、アルデヒド、ケトン、アルコールなど多くの二次酸化生成物ができます。

食品で「古い油のにおい」「魚臭」「段ボールのようなにおい」などが感じられるのは、こうした二次生成物が大きく関与します。

ヒドロペルオキシドの分解が新しいラジカルを生む

脂質ヒドロペルオキシドは、単なる最終生成物ではありません。

鉄や銅などの金属イオン、熱、光などによって分解されると、新たなアルコキシラジカルやペルオキシラジカルなどが生じることがあります。

これらのラジカルがさらに別の脂質を攻撃することで、連鎖反応が広がります。

そのため、ある程度酸化が進んだ油脂では、最初の段階よりも酸化が速く進むことがあります。

光はなぜ酸化の開始を促す?

光が食品へ当たると、色素などの光増感物質が励起され、反応性の高い酸素種を生み出すことがあります。

特に一重項酸素は、通常の三重項酸素とは異なる経路で不飽和脂質を酸化できます。

こうした光酸化によって脂質ヒドロペルオキシドが増え、その後のラジカル反応へつながることがあります。

透明容器より遮光容器のほうが油脂食品の酸化防止に有利な場合があるのは、このためです。

温度が高いと開始反応や分解が速くなる

一般に、温度が高いほど分子運動が活発になり、化学反応は速くなります。

脂質酸化でも、温度上昇によってラジカル生成やヒドロペルオキシド分解が進みやすくなります。

その結果、ラジカル連鎖反応の開始速度や成長速度が高まり、酸化が加速します。

食品を冷暗所に保存するのは、こうした開始反応や連鎖反応を起こりにくくするためです。

鉄や銅が酸化を促進するのはなぜ?

鉄や銅などの遷移金属は、食品中で酸化を促進する触媒として働くことがあります。

これらの金属は、脂質ヒドロペルオキシドを分解して新しいラジカルを生じさせます。

そのため微量の金属でも、食品によっては脂質酸化速度へ大きく影響します。

食品開発では、金属イオンと結合するキレート剤を利用して、こうした促進作用を抑えることがあります。

酸化速度は「開始」と「成長」と「停止」のバランスで決まる

脂質酸化は、開始反応と連鎖成長反応だけで決まるわけではありません。

ラジカル同士が反応して、ラジカルではない安定な生成物になると、連鎖はそこで止まります。これが連鎖停止反応です。

酸化速度は、ラジカルがどれだけ速く生まれるか、どれだけ速く次の脂質へ反応するか、どれだけ速く停止するかのバランスで決まります。

抗酸化物質はどこで連鎖を止める?

ビタミンEなどの抗酸化物質は、脂質ペルオキシルラジカルへ水素や電子を与え、より反応性の低い状態へ変えることができます。

その結果、ペルオキシルラジカルが別の脂質から水素を奪う前に反応を止め、連鎖成長を抑えます。

近年の脂質酸化レビューでも、抗酸化作用の評価では、ラジカル捕捉、金属キレート、反応媒体中の位置など複数の要素を考慮する必要があるとされています。

つまり抗酸化物質は、「酸素そのものを全部なくす」のではなく、ラジカル反応の流れを途中で切ることで酸化を抑える場合があります。

抗酸化物質を入れれば必ず同じように効くわけではない

抗酸化物質の効果は、食品の構造によって変わります。

油だけのバルク系では、抗酸化物質がどこに存在するかが重要です。水と油が混ざったエマルション食品では、酸化が起こりやすい油水界面に抗酸化物質がどれだけ集まるかも影響します。

そのため、試験管内で強い抗酸化作用を示す物質が、実際の食品でも同じ強さで働くとは限りません。

なぜ脂質酸化には誘導期があることが多い?

油脂を保存していると、しばらくは大きな変化が見られず、その後急に酸化が進むことがあります。

この初期の比較的変化が遅い期間は、誘導期と呼ばれます。

誘導期には、天然の抗酸化物質がラジカルを抑えていたり、ヒドロペルオキシドの蓄積がまだ少なかったりします。

抗酸化物質が消耗し、ヒドロペルオキシドやラジカル生成が増えると、連鎖反応が目立って加速します。

脂質酸化を測るときは一次生成物と二次生成物を分ける

脂質酸化の進行を評価するときは、一つの指標だけでは不十分な場合があります。

過酸化物価は主にヒドロペルオキシドなど一次酸化生成物を評価する指標です。しかし酸化がさらに進むと、ヒドロペルオキシドが分解するため、過酸化物価が必ずしも単調に上がり続けるとは限りません。

そこで、アルデヒドなど二次酸化生成物を測る方法や、官能評価などと組み合わせて判断します。

2021年のレビューでも、脂質酸化測定法は一次酸化生成物と二次酸化生成物のどちらを測るかで整理されています。

酵素が関わる脂質酸化もある

食品中の脂質酸化は、すべてが自動酸化だけで進むわけではありません。

植物性食品では、リポキシゲナーゼなどの酵素が不飽和脂肪酸へ酸素を導入し、ヒドロペルオキシドを作る場合があります。

その生成物がさらに分解され、香り成分や風味劣化物質へ変わります。

大豆の豆臭などでは、リポキシゲナーゼが脂質酸化へ大きく関与することが知られています。

ラジカル連鎖反応を抑えるには何が有効?

脂質酸化を抑えるには、連鎖のどこかを弱める必要があります。

低温・遮光で開始反応を遅らせる、酸素を減らす、鉄や銅の影響を抑える、抗酸化物質でラジカルを捕捉する、といった方法があります。

実際の食品では、一つの方法だけでなく、包装、温度、光、抗酸化剤を組み合わせて酸化を抑えます。

保存中に食品が酸化する理由とは別の話

食品が保存中に酸化する理由には、酸素、光、温度、金属、包装、食品構造など多くの要因があります。

一方、この記事で扱っているのは、その中でも脂質酸化が「なぜ一度始まると連鎖的に続くのか」という反応機構です。

原因の総論と、ラジカル連鎖反応の仕組みを分けて理解すると、酸化防止技術がどこへ働きかけているのかも理解しやすくなります。

まとめ

食品中の脂質酸化がラジカル連鎖反応として進むのは、最初に生じた脂質ラジカルが酸素と反応して脂質ペルオキシルラジカルを作り、そのラジカルが別の脂質から水素を奪って新しい脂質ラジカルを作る反応が繰り返されるためです。

この反応は、開始反応、連鎖成長反応、連鎖停止反応のバランスで進みます。熱、光、金属、過酸化物は開始や成長を促し、抗酸化物質やラジカル同士の反応は連鎖停止に働きます。

脂質酸化とは、単に脂質と酸素が一度反応する現象ではありません。ラジカルが次のラジカルを生み出し続けるため、時間とともに酸化生成物が蓄積し、風味や色、栄養価などの品質へ影響する連鎖的な化学反応なのです。

参考資料

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