切ったりんごが茶色くなったり、焼いたパンの表面がこんがり色づいたり、長く保存した食品が褐色に変わったりすることがあります。こうした茶色への変化をまとめて褐変と呼びます。
食品が褐変する理由は一つではありません。代表的なのは、果物や野菜で起こる酵素的褐変と、加熱や保存中に起こる非酵素的褐変です。非酵素的褐変には、糖とアミノ化合物が反応するメイラード反応や、糖そのものが高温で変化するカラメル化などがあります。
つまり、食品が茶色くなるからといって、すべて同じ反応が起きているわけではありません。何が反応しているか、酵素が関わるか、酸素が必要か、どの温度で起こるかによって、褐変の仕組みは異なります。
食品の褐変は大きく「酵素的」と「非酵素的」に分けられる
褐変を理解するときは、まず酵素が関わるかどうかで分けると整理しやすくなります。
酵素的褐変は、主に果物や野菜で起こります。りんご、梨、バナナ、じゃがいもなどを切ると、細胞が壊れて、これまで別々の場所に存在していたポリフェノール類とポリフェノールオキシダーゼが接触しやすくなります。さらに空気中の酸素が加わると反応が進み、褐色の色素が形成されます。
一方、非酵素的褐変は、酵素を使わずに起こります。パンの焼き色、焼き菓子の香ばしい色、コーヒーや焙煎穀物の褐色などでは、メイラード反応やカラメル化が重要です。
この二つは見た目が似ていても、原因となる物質や反応条件が違います。
切った果物が茶色くなるのはなぜ?
りんごやじゃがいもを切った直後は白っぽくても、時間がたつと断面が茶色くなります。これは代表的な酵素的褐変です。
植物細胞の中では、ポリフェノール類とポリフェノールオキシダーゼが、細胞内の異なる場所に分かれて存在しています。切断や打撲によって細胞膜や細胞小器官が壊れると、両者が接触します。
ポリフェノールオキシダーゼは、酸素を使ってポリフェノールを酸化し、キノン類を作ります。キノン類は反応性が高く、その後さまざまな化学反応や重合を経て、茶色から黒褐色の高分子色素へ変化します。
2023年の酵素的褐変レビューでも、ポリフェノールオキシダーゼによるフェノール類の酸化が褐変開始の中心であり、その後の非酵素的反応によって暗色の色素が形成されると整理されています。
酵素的褐変には酸素が必要
ポリフェノールオキシダーゼによる酸化反応には酸素が必要です。そのため、切った果物を空気に触れにくくすると、褐変を遅らせることができます。
食品加工では、真空包装や不活性ガス置換などで酸素との接触を減らす方法が使われます。また、シロップや水に浸して表面を空気から遮ることでも、条件によっては反応を遅らせることができます。
ただし、食品内部に溶け込んだ酸素が残っていれば、完全に反応が止まるとは限りません。酸素を減らすことは有効ですが、褐変抑制は酸素だけで決まるわけではありません。
レモン汁などの酸で褐変を抑えられるのはなぜ?
酵素には、働きやすいpHの範囲があります。ポリフェノールオキシダーゼも同じで、強い酸性条件では活性が低下します。
そのため、レモン汁やクエン酸などで食品表面のpHを下げると、酵素的褐変を遅らせることができます。また、アスコルビン酸のような還元性を持つ成分は、生成したキノン類を還元し、褐色物質へ進む反応を抑えることがあります。
このように、褐変防止では「酵素を働きにくくする」「酸素を減らす」「酸化された中間体を元に戻す」といった複数の考え方が使われます。
加熱すると酵素的褐変が止まりやすいのはなぜ?
酵素はたんぱく質なので、高温にさらされると立体構造が変化して働きにくくなります。野菜や果物を短時間加熱するブランチングは、この性質を利用してポリフェノールオキシダーゼなどの酵素活性を下げる処理です。
ただし、加熱すると別の褐変反応が始まることがあります。酵素的褐変を止めるほど高温にしても、糖とアミノ化合物が存在すれば、今度はメイラード反応が進む可能性があります。
つまり、「加熱すれば褐変しない」のではなく、加熱によって褐変の仕組みが変わる場合があります。
パンや肉の焼き色はメイラード反応で生じる
パンの耳、焼いた肉、クッキー、焙煎したコーヒーなどの香ばしい褐色には、メイラード反応が大きく関係します。
メイラード反応は、還元糖のカルボニル基と、アミノ酸やたんぱく質などが持つアミノ基の反応から始まります。反応は一段階で終わらず、さまざまな中間体の生成、分解、縮合、重合を経て、多数の香気成分や褐色高分子が生じます。
2025年の国内総説では、メイラード反応はアミノ基とカルボニル基の縮合から始まる一連の反応であり、食品の着色だけでなく、多様な香気成分の生成を通じて品質へ大きく影響すると整理されています。
このため、焼き色は単なる色の変化ではなく、香ばしさや味わいの形成と深く結びついています。
メイラード反応は温度が高いほど進みやすい
メイラード反応は常温でも非常にゆっくり進むことがありますが、一般には温度が高いほど速くなります。
そのため、ゆでる食品より、焼く、炒める、揚げる、焙煎するといった高温加熱で褐色が強くなりやすくなります。食品表面の水分が減ると表面温度が上がりやすくなり、メイラード反応も進みやすくなります。
一方、水分が多い食品では、温度が水の沸点付近に保たれやすく、表面が乾燥するまで強い焼き色がつきにくくなります。
そのため、同じ食材でも「煮る」と「焼く」で色と香りが大きく違います。
糖だけでも高温になるとカラメル化が起こる
カラメル化は、糖が高温で加熱されることで分解・脱水・重合などを起こし、褐色物質や香気成分を生じる反応です。
メイラード反応と違い、カラメル化にはアミノ酸やたんぱく質が必須ではありません。砂糖を加熱すると透明から黄褐色、さらに濃い褐色へ変わり、特有の香りや苦味が生まれるのが典型例です。
食品ではメイラード反応とカラメル化が同時に進むこともあるため、実際の焼き色が一つの反応だけで説明できない場合もあります。
保存中にも褐変することがある
褐変は調理中だけでなく、保存中にも起こります。
粉乳、果汁、乾燥食品、菓子などでは、保存中にメイラード反応がゆっくり進み、色が濃くなることがあります。また、アスコルビン酸の分解や糖の分解に伴う非酵素的褐変も、食品によっては重要です。
温度が高いほど反応速度は上がりやすく、水分活性も反応速度へ影響します。したがって、保存中の褐変を抑えるには、温度、水分、包装、酸素などを総合的に管理する必要があります。
褐変は食品の品質を下げることも上げることもある
褐変という言葉には悪い印象がありますが、食品によっては望ましい品質形成に欠かせません。
果物や野菜では、切断後の褐変は鮮度低下の印象につながり、商品価値を下げることがあります。一方、パン、コーヒー、カカオ、焼き肉などでは、適度な褐変が香ばしい色や香りを作り、おいしさに大きく寄与します。
2023年の酵素的褐変レビューでも、酵素的褐変は青果物では品質低下の原因になる一方、黒茶、コーヒー、カカオなどでは加工品質に利用される側面があると整理されています。
つまり、褐変は「起きること」そのものが問題なのではなく、食品の目的に対して適切かどうかが重要です。
褐変すると栄養成分も変わることがある
褐変反応では、色素だけでなく、反応に使われる食品成分そのものも変化します。
酵素的褐変ではポリフェノール類が酸化されるため、もとのポリフェノール組成が変わります。メイラード反応では、糖とアミノ酸が反応するため、条件によっては利用可能なアミノ酸が減少することがあります。
一方で、メイラード反応生成物の中には抗酸化性を示すものもあります。そのため、褐変が栄養や機能性へ与える影響は、単純に「減る」「悪くなる」と一方向には整理できません。
重要なのは、どの反応がどの程度進んだかです。
褐変と酸化は同じではない
前の記事で扱った酸化と褐変には重なる部分がありますが、同じ意味ではありません。
酵素的褐変では、ポリフェノールの酸化が反応の出発点になるため、酸化が直接関係しています。一方、メイラード反応は糖とアミノ化合物の反応から始まり、酵素を必要としません。
そのため、「茶色くなったから酸化した」と一括りにすると、反応機構を誤って理解することがあります。食品の色変化を見るときは、酵素的褐変、メイラード反応、カラメル化、色素分解などを分けて考える必要があります。
褐変を抑える方法は反応の種類によって違う
褐変の仕組みが違えば、抑え方も違います。
- 果物・野菜の酵素的褐変では、低温、酸性化、酸素遮断、加熱による酵素失活などが有効
- メイラード反応では、温度を下げる、加熱時間を短くする、反応する糖やアミノ化合物の条件を調整する
- 保存中の褐変では、水分活性、温度、包装条件を管理する
- カラメル化では、過度な高温加熱を避ける
食品加工では、完全に褐変を止めるのではなく、望ましい色と香りを残しながら、過度な変色を抑えることが目標になります。
「茶色いほどおいしい」とは限らない
焼き色は香ばしさの目安になりますが、強い褐色が必ず高品質を意味するわけではありません。
メイラード反応が進みすぎると、苦味や焦げ臭が強くなることがあります。また、条件によってはアクリルアミドなど、品質管理上注意が必要な副生成物が生じる場合もあります。
一方、褐変が弱すぎると、パンや焼き菓子では十分な香ばしさや色が得られません。
そのため、加熱食品では「褐変を起こさない」ことではなく、食品の目的に合った程度へ反応を制御することが重要です。
まとめ:食品の褐変は複数の反応が茶色い色素を作るため起こる
食品が褐変するのは、食品成分が酵素や熱、酸素などの影響を受け、褐色の色素やその前駆物質を作るためです。
果物や野菜では、ポリフェノールオキシダーゼがポリフェノールを酸化する酵素的褐変が代表的です。パンや焼き菓子では、糖とアミノ化合物が反応するメイラード反応が、色と香りの形成に大きく関わります。糖だけが高温で変化するカラメル化も、褐色形成の一つです。
したがって、褐変を理解するには、酵素が関わるか、酸素が必要か、糖とアミノ化合物が反応しているか、温度と水分がどの程度かを分けて考える必要があります。
褐変は、青果物では品質低下になる一方、焼成・焙煎食品ではおいしさを作る重要な反応でもあります。食品にとって大切なのは、褐変そのものの有無ではなく、目的に合った範囲へ反応を制御することです。
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主な参考資料
- 村田容常「食品の褐変機構および制御方法」色材協会誌、2025年。
- Tilley A. et al. “Enzymatic browning: The role of substrates in polyphenol oxidase mediated browning.” Current Research in Food Science, 2023.
- “Maillard Reaction: Mechanism, Influencing Parameters, Advantages, Disadvantages, and Food Industrial Applications: A Review.” 2025.
- “Maillard reaction chemistry in formation of critical intermediates and flavour compounds and their antioxidant properties.” Food Chemistry, 2022.

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