食品の褐変は、茶色い色が突然生まれる一段階の反応ではありません。果物や野菜ではポリフェノールが酸化されてキノンができ、そのキノンがさらに別の成分と反応して高分子の褐色色素へ進みます。加熱食品では、糖とアミノ化合物の反応からアマドリ化合物やα-ジカルボニル化合物などの中間体が生じ、そこから香気成分や褐色物質が形成されます。
つまり褐変の仕組みを理解するには、最終的な茶色い色だけを見るのではなく、どの中間体ができ、それが次に何と反応するかを追う必要があります。
褐変には「酵素的褐変」と「メイラード反応」がある
食品の代表的な褐変には、果物や野菜で起こる酵素的褐変と、焼成・加熱・保存中に起こるメイラード反応があります。
酵素的褐変では、ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)がフェノール性化合物を酸化し、反応性の高いキノンを作ります。
メイラード反応では、還元糖のカルボニル基とアミノ酸・たんぱく質などのアミノ基が反応し、初期生成物を経て多数の中間体と最終生成物へ進みます。
どちらも最終的には褐色色素を生じますが、出発物質と中間体は大きく異なります。
酵素的褐変では、まずキノンが作られる
植物組織にはポリフェノール類とPPOが存在しています。通常は細胞内で別の場所に分かれているため、すぐには強い反応が起こりません。
切断や打撲で細胞構造が壊れると、PPO、ポリフェノール、酸素が接触しやすくなります。
PPOは酸素を利用してo-ジフェノールなどを酸化し、o-キノンを生成します。キノンは電子不足で反応性が高く、生成後はアミノ酸、たんぱく質、別のフェノールなどと反応しやすい状態になります。
PPOが直接「茶色い色素」を作るわけではない
重要なのは、PPOの反応だけで完成した褐色色素ができるわけではない点です。
PPOの主な役割は、フェノールを反応性の高いキノンへ変えることです。その後、キノン同士やキノンと他の求核性成分が非酵素的に反応し、酸化的カップリングや重合を繰り返します。
こうして分子量の大きい褐色・黒褐色の色素が形成されます。
2023年の酵素的褐変レビューでも、PPOによるフェノール酸化は開始段階であり、褐色色素形成にはその後の非酵素的反応が重要だと整理されています。
キノンはなぜ反応性が高いのか?
キノンは電子を受け取りやすい構造を持つため、アミノ基やチオール基など電子を供与しやすい部位と反応しやすくなります。
そのため食品中では、キノンがアミノ酸、たんぱく質、他のフェノール性化合物などと結合することがあります。
こうした反応によって複雑な中間体が生じ、さらに酸化・還元や結合反応を繰り返して、褐色色素形成へ進みます。
キノン生成後には酸化的カップリングと重合が進む
キノンは、別のフェノール性化合物やアミノ酸などと結合し、より大きな分子を作ります。
その過程では、酸化状態と還元状態を行き来するレドックスサイクルが関与し、複数の分子が段階的につながっていくと考えられています。
分子が大きくなり、共役した構造が広がると、可視光を吸収する範囲も変わり、黄色から茶色、さらに黒褐色へと色が濃くなります。
つまり酵素的褐変は、フェノール→キノン→結合中間体→高分子色素という段階を経て進みます。
アスコルビン酸が褐変を遅らせるのは中間体へ作用するから
アスコルビン酸は還元剤として働き、生成したキノンを再びフェノール側へ戻すことがあります。
そのため、キノンが重合へ進む前に還元できれば、褐色物質の形成を遅らせることができます。
ただし、アスコルビン酸自体が消費されると還元作用は弱まり、その後は褐変が進みます。
このことからも、褐変防止は「PPOを止める」だけでなく、「できた中間体をどう扱うか」という視点が重要だとわかります。
メイラード反応は糖とアミノ化合物の縮合から始まる
メイラード反応では、還元糖のカルボニル基と、アミノ酸やたんぱく質のアミノ基が反応します。
最初に不安定なシッフ塩基ができ、その後より安定なアマドリ化合物へ変化します。
この初期段階では、まだ強い褐色が目立たない場合があります。しかしアマドリ化合物が分解・再配列すると、より反応性の高い中間体が形成されます。
アマドリ化合物はなぜ重要なのか?
アマドリ化合物は、メイラード反応の初期から中期へつなぐ重要な中間体です。
加熱や保存が続くと、脱水、分解、異性化などを経て、3-デオキシグルコソンのようなα-ジカルボニル化合物などを生じます。
これらの化合物は反応性が高く、アミノ酸やたんぱく質とさらに反応しやすくなります。
2022年のレビューでも、アマドリ化合物とα-ジカルボニル化合物は、メイラード反応中の風味成分形成を理解する上で重要な中間体として整理されています。
α-ジカルボニル化合物から多様な香りが生まれる
α-ジカルボニル化合物は、アミノ酸との反応や分解を通じて、多数の香気成分形成へつながります。
その一つがストレッカー分解です。α-ジカルボニル化合物がアミノ酸と反応すると、ストレッカーアルデヒドなどの香気成分が生じます。
さらに、ピラジン類、フラン類、ピロール類など、焼いた食品らしい香ばしさに関わる化合物が形成されます。
そのためメイラード反応では、褐色化と香りの形成が同じ反応ネットワークの中で進みます。
最終的な褐色色素「メラノイジン」はどうできる?
メイラード反応がさらに進むと、多様な中間体同士が縮合・重合し、分子量の大きい褐色物質が形成されます。
これらの高分子状・不均一な褐色物質は一般にメラノイジンと呼ばれます。
メラノイジンは単一の化学物質ではなく、原料の糖やアミノ酸、加熱条件、水分、pHなどによって異なる複雑な混合物です。
したがって、同じ褐色でも、パンの焼き色、コーヒーの焙煎色、醤油の色では、含まれる褐色成分の構造は同じではありません。
酵素的褐変とメイラード反応は「中間体が違う」
二つの褐変反応を見分けるポイントは、中間体の違いです。
- 酵素的褐変では、PPOがポリフェノールを酸化してキノンを作る
- そのキノンが非酵素的に重合して褐色色素へ進む
- メイラード反応では、糖とアミノ化合物からシッフ塩基・アマドリ化合物ができる
- そこからα-ジカルボニル化合物などが生まれ、香気成分や褐色物質へ進む
どちらも最終的には褐色になりますが、反応の道筋は異なります。
温度が高いとメイラード中間体の生成が速くなる
メイラード反応は低温でもゆっくり進むことがありますが、温度が高いほど中間体の生成と分解は一般に速くなります。
そのため、焼く・炒める・焙煎するなどの高温調理では、アマドリ化合物以降の反応が進みやすく、多様な香気成分と褐色色素が短時間で形成されます。
一方、保存食品でも、長期間・高温条件では徐々にメイラード反応が進む場合があります。
水分量によってメイラード反応の進み方が変わる
メイラード反応では、水分が少なすぎると分子が動きにくくなり、反応しにくくなります。
逆に水分が多すぎると、反応物が希釈されて衝突しにくくなる場合があります。
そのため、メイラード反応は中程度の水分活性で進みやすいことがあります。
同じ材料でも、焼く、蒸す、煮るなど加熱法によって褐変の程度が違うのは、温度だけでなく水分状態も異なるためです。
pHは中間体の生成経路を変える
メイラード反応では、pHによって初期生成物の分解経路が変わります。
酸性条件ではフルフラール系化合物が生じやすくなる場合があり、中性からアルカリ性ではレダクトン類や各種ジカルボニル化合物の生成が進みやすくなります。
そのため、食品のpHは褐変の速さだけでなく、できる香気成分や褐色物質の種類にも影響します。
褐変は一つの中間体だけで説明できない
実際の食品は、糖、アミノ酸、たんぱく質、脂質、ポリフェノール、ビタミン、有機酸など多数の成分を含みます。
そのため、一つの中間体が一つの最終生成物へ直線的に変わるのではなく、多数の反応経路が同時に進みます。
特にメイラード反応では、数多くの中間体と香気成分が生成するため、褐色の濃さだけから反応経路を単純に推定することはできません。
中間体を制御すれば褐変も制御できる
褐変を抑える方法は、反応の入口だけでなく中間体の生成・蓄積を抑える考え方でも設計できます。
酵素的褐変では、PPOを失活させる、酸素を減らす、pHを下げる、キノンを還元するなどの方法があります。
メイラード反応では、温度を下げる、保存時間を短くする、水分活性やpHを調整する、反応性の高い糖やアミノ化合物の条件を調整するといった方法があります。
食品加工では、褐変を完全に止めるのではなく、必要な香りや色を残しながら中間体生成を制御することが重要です。
まとめ:食品の褐変は中間体が次の反応を呼ぶことで進む
食品の褐変は、茶色い色素が一度の反応で生じる現象ではありません。
酵素的褐変では、PPOがポリフェノールを酸化してキノンを作り、そのキノンが酸化的カップリングや重合を経て高分子の褐色色素へ進みます。
メイラード反応では、糖とアミノ化合物からシッフ塩基、アマドリ化合物、α-ジカルボニル化合物などが生じ、そこから香気成分やメラノイジンなどの褐色物質が形成されます。
つまり食品の褐変を仕組みから理解するには、出発物質だけでなく、キノンやアマドリ化合物、α-ジカルボニル化合物などの中間体が、次の反応へどうつながるかを見ることが重要です。
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主な参考資料
- 村田容常「食品の褐変機構および制御方法」色材協会誌、2025年。
- Tilley A. et al. “Enzymatic browning: The role of substrates in polyphenol oxidase mediated browning.” Current Research in Food Science, 2023.
- “Maillard reaction chemistry in formation of critical intermediates and flavour compounds and their antioxidant properties.” Food Chemistry, 2022.

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