人工衛星は、ロケットから切り離されたあとも秒速数kmという高速で地球を回り続けます。しかも、その速さは衛星が自由に選べるものではありません。低い軌道では速く、高い軌道では遅くなり、楕円軌道では一周の途中でも速度が変化します。
人工衛星の速度が重力・軌道半径・軌道エネルギーで決まるのは、衛星が地球の重力に引かれながら運動しており、その位置で持つ運動エネルギーと位置エネルギーの合計が軌道の大きさ・形を決めるからです。円軌道では高度ごとに必要な速度が一つに決まり、楕円軌道では地球に近い場所ほど速く、遠い場所ほど遅くなります。
まず円軌道では重力が向心加速度になる
人工衛星が円軌道を回るには、進行方向を常に地球中心側へ曲げる加速度が必要です。
その役割を担うのが地球の重力です。
衛星が直進しようとする慣性と、地球中心へ引く重力が組み合わさることで、衛星は地球へ落ち続けながら地表を外し続けます。
NASAは、軌道飛行を高度と水平方向速度の組み合わせとして説明し、同じ中心天体を回る円軌道では高度が上がるほど必要な速度が小さくなるとしています。
円軌道速度はv=√(μ/r)で表せる
地球中心から衛星までの距離をr、地球の重力に関する定数をμとすると、円軌道速度vはおおよそv = √(μ/r)で表せます。
この式から、rが小さい、つまり地球に近いほど必要な速度は大きくなることが分かります。
JAXAによると、高度400km付近では約7.67km/s、高度1000kmでは約7.35km/s、静止軌道高度約3万5786kmでは約3.08km/sです。
同じ地球を回る限り、円軌道の速度は高度と独立に好きな値へ設定できません。
低い軌道ほど速くなる理由
地球に近いほど重力は強くなります。
強い重力は衛星の進行方向をより強く内側へ曲げようとします。
その状態で一定半径の円軌道を保つには、衛星自身もより大きな横向き速度を持つ必要があります。
逆に高い軌道では重力が弱いため、より小さな速度でも大きな半径の円軌道を維持できます。
この「低いほど速い」という因果そのものはW01403で詳しく扱いました。W01413では、そこからさらに円軌道・楕円軌道・軌道変更を一つのエネルギー関係で理解します。
速度は「その瞬間の高さ」だけでは決まらない
円軌道では高度から速度を一意に求められます。
しかし楕円軌道では、同じ高度を通過する衛星でも、どの大きさ・形の軌道にいるかによって速度が異なることがあります。
たとえば、ある高度を近地点として通過する衛星と、同じ高度を遠地点として通過する衛星では速度が違います。
これは衛星が持つ軌道全体のエネルギーが異なるためです。
人工衛星の速度を正確に理解するには、現在位置だけでなく軌道の大きさと形も見る必要があります。
円軌道も楕円軌道もvis-viva式でまとめられる
一般的な二体問題では、人工衛星の速度vはv² = μ(2/r – 1/a)という関係で表せます。
ここでrはその瞬間の地球中心からの距離、aは軌道の半長軸です。
この式はvis-viva式と呼ばれ、円軌道だけでなく楕円軌道にも使えます。
円軌道ではrとaが同じなので、式はv = √(μ/r)へ簡単になります。
一方、楕円軌道ではrが一周の途中で変わるため、速度も変化します。
楕円軌道では近地点で速く、遠地点で遅い
楕円軌道の衛星は、地球に最も近い近地点で最も速くなり、最も遠い遠地点で最も遅くなります。
地球へ近づくと重力による位置エネルギーが小さくなり、その分だけ運動エネルギーが増えます。
遠ざかると逆に運動エネルギーの一部が位置エネルギーへ変わり、速度が下がります。
NASAの軌道資料でも、楕円軌道では近地点速度が大きく、遠地点速度が小さくなることが示されています。
これはケプラーの第2法則、つまり「同じ時間に同じ面積を掃く」という関係とも一致します。
軌道エネルギーは運動エネルギーと位置エネルギーの合計
人工衛星の軌道を考えるとき、速度だけを見るより「軌道エネルギー」を考えると整理しやすくなります。
衛星は速度を持つため運動エネルギーを持ち、地球の重力場の中にいるため重力による位置エネルギーも持っています。
この二つの合計が、その衛星がどのような軌道に束縛されるかを決めます。
エンジンを噴射して速度を増やせば運動エネルギーが増え、その結果としてより大きな軌道へ移ることがあります。
逆に減速すれば軌道エネルギーが減り、より低い軌道へ移ります。
高い円軌道へ行くときは、途中で加速する
「高い円軌道ほど速度が遅い」のなら、低い軌道から高い軌道へ行くには減速すればよいように思えるかもしれません。
実際には逆です。
低い円軌道から高い軌道へ移るときは、まず進行方向へ噴射して加速し、軌道エネルギーを増やします。
するとその地点を近地点とする楕円軌道になり、反対側の遠地点が高くなります。
遠地点へ到達したところでもう一度加速すると、高い円軌道へ移れます。
最終的な高い円軌道では低い円軌道より速度が小さくなりますが、そこへ到達するためには途中でエネルギーを追加する必要があります。
この一見逆の関係はエネルギーで考えると分かる
高い円軌道では速度そのものは小さくなります。
しかし地球から遠く離れた場所にいるため、重力による位置エネルギーは大きくなっています。
つまり「速度が小さい=全エネルギーが小さい」ではありません。
低い円軌道から高い円軌道へ移るには、衛星全体の軌道エネルギーを増やさなければならないため、ロケットやスラスタによる正の増速が必要になります。
この区別が、軌道速度と打ち上げエネルギーを混同しないための重要なポイントです。
減速すると反対側の軌道高度が下がる
円軌道上で進行方向と逆向きにスラスタを噴射して減速すると、軌道エネルギーが減ります。
その瞬間の位置は遠地点となり、反対側の近地点が低くなります。
低軌道衛星を大気圏へ再突入させるときも、この考え方を利用して軌道の低い側を大気へ入れます。
「減速したらすぐ真下へ落ちる」のではなく、まず軌道の形が変わるというのが宇宙での運動の特徴です。
脱出速度は円軌道速度とは別の条件
人工衛星が地球を回り続ける速度と、地球の重力圏から離れていく速度は同じではありません。
地表付近の理想的な円軌道速度は約7.9km/sですが、地表付近の脱出速度は約11.2km/sです。
脱出速度までエネルギーを与えると、軌道は閉じた楕円ではなく、地球へ戻らない放物線または双曲線になります。
つまり速度の違いは、単に「速い・遅い」の差ではなく、軌道が閉じるか、地球から離れていくかという運動の種類そのものを変えます。
衛星の質量は理想的な軌道速度を変えない
大型衛星は重いので、より速く飛ばなければならないように思えるかもしれません。
しかし理想的な二体問題では、衛星の質量は円軌道速度やvis-viva式に現れません。
重い物体ほど地球から受ける重力は大きくなりますが、同じ加速度を与えるのに必要な慣性も同じ割合で大きくなるためです。
そのため同じ軌道にいる小型衛星と大型衛星は、基本的に同じ速度で地球を回ります。
実運用では大気抵抗を受ける面積と質量の比などが異なるため、軌道低下の仕方には差が出ます。
軌道周期も速度と軌道半径から決まる
円軌道では、軌道半径が大きくなるほど速度は小さくなります。
さらに一周する距離自体も長くなるため、軌道周期は大きく増えます。
JAXAによると、高度400kmでは約1時間33分、高度1000kmでは約1時間45分、静止軌道では約23時間56分です。
速度と周期は別々に決めるものではなく、同じ軌道半径と重力法則から導かれます。
この高度・速度・周期の構造はW01412で詳しく扱っています。
静止衛星も実際には秒速約3kmで動いている
静止衛星は、地上から見ると空の同じ位置に止まっているように見えます。
しかし宇宙空間で停止しているわけではありません。
高度約3万5786kmの赤道上空を約3.08km/sで移動し、約23時間56分で地球を一周しています。
地球の自転と同じ角速度で回っているため、地上からの見かけの位置が変わらないだけです。
「静止」という言葉と「速度ゼロ」は区別する必要があります。
低軌道では大気抵抗が速度と軌道エネルギーを奪う
理想的な軌道では、推進しなくてもエネルギーを保って周回できます。
しかし低軌道には薄い大気があり、衛星は空気抵抗を受けます。
空気抵抗は衛星から軌道エネルギーを奪い、結果として軌道高度を低下させます。
少し直感に反しますが、低い円軌道へ落ちていくと、その円軌道で必要な速度自体は大きくなります。
実際の減衰過程では、抵抗でエネルギーを失いながら軌道半径が小さくなり、衛星はより低く・より速い円軌道に近い状態へ移っていきます。
軌道変更では「速度差」Δvが重要になる
宇宙ミッションでは、エンジン噴射でどれだけ速度を変えられるかをΔv(デルタブイ)で表します。
Δvは単なる最高速度ではなく、「現在の速度ベクトルをどれだけ変更できるか」という能力です。
軌道を高くする、低くする、傾斜角を変える、他天体へ向かう、といった操作にはそれぞれ必要なΔvがあります。
衛星に搭載する推進剤量やエンジン性能は、ミッション全体で必要になるΔvから逆算して設計されます。
速度の仕組みを理解すると、なぜ推進剤が人工衛星の寿命や運用能力に直結するのかも分かります。
速度の「大きさ」だけでなく「方向」も軌道を決める
軌道を決めるのは速度の数値だけではありません。
同じ速さでも、進行方向に対してどちらへ速度を向けるかで軌道は変わります。
接線方向へ速度を増やせば軌道の大きさが変わりやすく、軌道面と垂直方向へ速度成分を加えれば軌道傾斜角が変わります。
つまり人工衛星の状態を決める基本情報は「位置」と「速度ベクトル」です。
速度とは単なるスピードではなく、方向を持つベクトル量として軌道の形・大きさ・向きを決めます。
ロケットは衛星に必要な軌道エネルギーを与える
ロケット打ち上げの大きな目的は、人工衛星を高い場所へ持ち上げることだけではありません。
衛星へ十分な横向き速度を与え、必要な軌道エネルギーを持たせることが重要です。
NASA Glenn Research Centerは、ロケット上段が高度を稼ぎながら機体を水平に近づけ、必要な高度と速度に達したところでエンジンを停止すると軌道へ入ると説明しています。
高度だけが足りても横向き速度が不足すれば、衛星は地球へ戻ってきます。
「宇宙へ到達すること」と「軌道速度を得ること」は別の条件です。
W01403とは何が違うのか
W01403は、なぜ低い軌道ほど速く飛ばなければならないのかという高度と円軌道速度の因果を中心に説明しました。
この記事W01413では、人工衛星の速度という量が、重力・軌道半径・軌道エネルギー・軌道形状によってどのように決まり、円軌道から楕円軌道・脱出軌道までどうつながるのかという仕組み・構造を主題にしています。
円軌道の一つの関係だけでなく、vis-viva式とエネルギー保存を使って速度を統一的に理解する点が違います。
W01411・W01412・W01414とは何が違うのか
W01411は、重力と横向き運動によって軌道そのものが成立する理由を扱います。
W01412は、高度という量が地球中心距離・速度・周期とどう結びつくかを扱います。
W01414は、衛星通信の送受信・アンテナ・地上局などの仕組みを扱います。
W01413は、速度を中心に、円軌道・楕円軌道・軌道変更・脱出条件を一つの力学体系として整理する記事です。
人工衛星の速度を見るときは5つを確認する
人工衛星の速度を仕組みから理解するときは、次の五つを見ると整理しやすくなります。
第一は地球中心からの距離rです。円軌道では近いほど必要速度が大きくなります。
第二は軌道の半長軸aです。楕円軌道全体の大きさを表し、vis-viva式で速度を決めます。
第三は円軌道か楕円軌道かです。楕円では一周の途中で速度が変わります。
第四は軌道エネルギーです。加速・減速によって軌道の大きさや形が変わります。
第五は速度の方向です。同じ速さでも向きが違えば軌道面や軌道形状が変わります。
この五つを押さえると、人工衛星の速度が単独の数字ではなく、軌道全体の状態を表す中心的な物理量だと分かります。
まとめ
人工衛星の速度が重力・軌道半径・軌道エネルギーで決まるのは、衛星が地球の重力場の中で運動し、その位置と速度の組み合わせが軌道の大きさ・形を決めるからです。
円軌道ではv = √(μ/r)となり、地球に近いほど速く、高いほど遅くなります。楕円軌道ではvis-viva式v² = μ(2/r – 1/a)で表され、近地点で速く、遠地点で遅くなります。
エンジンで加速すると軌道エネルギーが増え、より大きな軌道へ移れます。減速するとエネルギーが減り、より低い軌道へ移ります。高い円軌道の最終速度は低い円軌道より小さくても、そこへ移るには途中で加速が必要です。
さらに速度を増やして脱出条件へ達すれば、軌道は地球へ戻る楕円ではなく、地球から離れていく経路になります。
つまり人工衛星の速度は「どれくらい速く飛んでいるか」だけを示す数字ではありません。重力場の中で衛星がどんな軌道にいるのか、そしてどの軌道へ移れるのかを決める、軌道力学の中心的な量なのです。
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主な参考資料
- JAXA「人工衛星はどのくらいの速さで地球の周りをまわっているのでしょうか」
- JAXA「人工衛星の速さはどれくらい?」
- NASA Glenn Research Center「Flight To Orbit」
- ESA「Spacecraft orbits」

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