なぜ昆虫の擬態模様は、紫外線や発育温度などの環境条件で変わることがあるのか?

昆虫の擬態は、遺伝子だけで完全に固定された模様ではありません。一部の昆虫では、幼虫や蛹の時期に経験した紫外線、温度、日長などの環境条件によって、成虫になったときの翅の色や斑紋の大きさが変わることがあります。

ただし、これは成虫になった後に擬態模様が季節ごと塗り替わるという意味ではありません。多くの場合、翅の模様は幼虫末期から蛹期にかけて形成されるため、環境の影響が現れるのは模様をつくっている発育段階です。

つまり「昆虫の擬態が季節や環境で変化する」とは、同じ種類でも発育中の環境情報に応じて、擬態や隠蔽に関わる模様の表現量を変える表現型可塑性が起こる場合があるということです。

目次

擬態模様は遺伝子だけで決まるの?

遺伝子は非常に重要です。たとえばシロオビアゲハでは、擬態型と非擬態型を分ける主要な遺伝領域として、性分化にも関係する doublesex を含む超遺伝子が知られています。

しかし、遺伝子が擬態型を決めた後でも、模様の細かな大きさや色の強さまで完全に一定とは限りません。同じ擬態型の雌でも、赤斑や白斑の大きさには個体差があります。

このうち、遺伝性の強い特徴もあれば、環境条件への反応が大きい特徴もあります。そのため実際の擬態模様は、遺伝的な基本設計と、発育中の環境条件の組み合わせによって決まると考えるのが適切です。

紫外線で擬態模様が変わる昆虫がいるの?

います。沖縄などに生息するシロオビアゲハは、雌の一部が有毒なベニモンアゲハに似た赤と白の斑紋をもちます。これはベイツ型擬態の代表例です。

琉球大学の研究では、シロオビアゲハの擬態型雌にある赤斑の大きさが季節的に変化し、太陽の紫外線が強い時期ほど赤斑が小さくなる傾向が確認されました。

さらに飼育実験では、卵や幼虫へ強いUVを当てると、成虫になったときの赤斑が小さくなりました。つまり野外の季節差だけでなく、紫外線そのものが模様形成へ影響することが実験的に示されています。

この例は、「同じ擬態型ならいつでも同じ模様になる」とは限らないことを示しています。

なぜ紫外線が強いと赤い擬態斑が小さくなるの?

シロオビアゲハの翅の黒い部分にはメラニンが多く含まれます。メラニンには紫外線による組織損傷を抑える働きがあります。

一方、擬態に使われる赤斑部分には黒色メラニンがありません。そのため、強いUV環境では赤斑を大きく保つことと、黒い領域を増やして翅を紫外線から守ることの間にトレードオフが生じる可能性があります。

研究では、UVが強い条件で赤斑が小さくなり、相対的に黒い部分が広くなることが確認されています。これは、擬態の精度だけでなく、翅そのものを傷害から守る機能も自然選択上重要である可能性を示します。

つまり擬態模様は、捕食者をだます機能だけで決まるとは限らず、紫外線防御や体温調節など、翅が担う別の機能との兼ね合いで変化することがあります。

母親が経験した環境まで子の擬態模様に影響するの?

シロオビアゲハでは、そのような結果も報告されています。

実験では、子自身がUVを受けていなくても、母親が成虫期に強いUVを経験すると、その娘の赤斑が小さくなる傾向が見られました。

これは、親が経験した環境が子の表現型へ影響する世代間効果の一例です。研究ではエピジェネティックな仕組みが関与する可能性が示されています。

沖縄のように世代交代が比較的速く、親と子が似た季節環境を経験しやすい場合、母親が受けた紫外線情報が次世代の翅形成へ影響することには適応的な意味がある可能性があります。

ただし、この仕組みがすべての擬態昆虫で共通しているわけではありません。

温度でも擬態や防御模様は変わるの?

変わる例があります。特にチョウ類では、発育温度によって成虫の翅模様が変わる季節多型がよく研究されています。

アフリカのチョウ Bicyclus anynana では、暖かい雨季条件で育つと翅裏の眼状紋が大きくなり、涼しい乾季条件で育つと小さくなります。

乾季型は茶色い枯葉背景に溶け込みやすく、大きな目玉模様を目立たせないことで隠蔽効果を高めます。一方、雨季型の大きな眼状紋は、捕食者の攻撃を翅の端へそらす防御に役立つと考えられています。

これは厳密には別種へのベイツ型擬態ではありませんが、捕食者の認識を利用する防御模様が発育温度によって切り替わるという点で、擬態模様の環境可塑性を理解する重要な比較例です。

日長でも翅模様が変わるの?

日長も、季節を予測する重要な情報です。

日本で研究されたアオタテハモドキでは、温度と日長の組み合わせによって成虫の翅模様に季節型が現れました。高温・長日では後翅の眼状紋や橙色部分が発達し、低温・短日では眼状紋が消失する傾向が確認されています。

日長は毎年ほぼ同じ周期で変化するため、「今は暖かい」という現在情報だけではなく、「これからどの季節へ向かうか」を予測する手がかりになります。

そのため昆虫は、温度と日長を組み合わせて、将来の背景環境や捕食圧に合いやすい翅模様を発育中につくることができます。

温度ショックで擬態に似た模様が現れることもあるの?

シロオビアゲハでは、発育途中の個体へ低温や高温のショックを与えると、翅の色彩パターンが変化する実験も報告されています。

非擬態型の雌では、低温ショックによって後翅の白斑や赤色斑の一部が拡大し、擬態型の模様に部分的に近づく変化が見られました。一方、高温ショックでは逆方向の変化も起こりました。

これは、擬態模様をつくる発生システムに環境感受性があることを示します。

ただし、温度ショックを与えれば非擬態型が完全な擬態型へ変身するわけではありません。擬態型を決める主要な遺伝スイッチは別に存在し、環境はその周辺の色彩形成を変化させると理解する必要があります。

完成した成虫の模様も環境で変わるの?

通常、チョウやガの翅の鱗粉模様は羽化時に完成するため、成虫になった後に新しい斑紋が生えてくるわけではありません。

日光による退色、摩耗、鱗粉の脱落などで見た目が変わることはありますが、これは発育可塑性とは別の現象です。

環境によって擬態模様そのものが形成される場合、重要なのは幼虫末期や蛹期などの模様決定に感受性をもつ時期です。

そのため、野外で季節ごとに模様の違う成虫が見つかっても、「春の個体が夏になって模様を変えた」のではなく、異なる季節条件で育った別世代の成虫であることが多いのです。

環境で模様が変わることには必ず利点があるの?

必ずしもすべての変化が適応的とは限りません。

環境ストレスによって発生過程が乱れ、その結果として模様が変化する場合もあります。温度ショックによる模様変化のすべてが、自然環境で生存率を高めるとは限りません。

一方、シロオビアゲハのUV応答や Bicyclus anynana の季節型のように、自然界の環境変化と対応し、その環境で生存上の利益をもつと考えられる例もあります。

したがって、擬態模様の環境変化を評価するときは、「模様が変わった」という事実だけでなく、その変化が捕食回避、紫外線防御、体温調節、繁殖などへどのような影響を与えるかまで調べる必要があります。

地域差による擬態の違いとは何が違うの?

地域差と環境可塑性は、同じように見えても時間尺度が違います。

ある島でモデルとなる毒蝶が多いため、何世代もの自然選択を通じて擬態型の割合が高くなるのは、集団レベルの進化的変化です。

一方、幼虫が強いUVを受けたことで、その個体が成虫になったときの赤斑サイズが変わるのは、一世代の中で起こる表現型可塑性です。

実際の擬態は、この二つが重なって成立します。遺伝的にどの擬態型をつくれるかという進化的背景があり、その上で発育中の環境が模様の細かな表現を調節するのです。

昆虫の擬態模様が環境で変わる理由を一言でまとめると?

一部の昆虫で擬態や防御模様が季節・環境によって変わるのは、紫外線、温度、日長などの情報が、幼虫・蛹期の色素形成や斑紋形成へ影響し、成虫の模様の大きさや色を調節するからです。

シロオビアゲハでは強いUVによって擬態に関わる赤斑が小さくなる例があり、チョウの季節多型では発育温度や日長によって隠蔽・防御に関わる眼状紋が変化します。

ただし、成虫の模様が季節ごとに自由に描き替えられるわけではありません。つまり昆虫の擬態模様の環境変化とは、遺伝的な基本設計を保ちながら、発育中の環境情報に応じて防御模様の表現量を調整する表現型可塑性なのです。

参考資料

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