夢の中では、実際には見ていない景色が見えたり、会っていない人と話したり、現実には起こりえない出来事が自然につながったりします。眠っていて外界からの入力が減っているのに、なぜ脳はこれほど具体的な体験を作れるのでしょうか。
結論から言うと、夢の映像や物語は、睡眠中にも活動を続ける大脳皮質や記憶・情動に関わる神経回路が、外界の情報ではなく脳内にある記憶やイメージを材料として組み合わせることで生じると考えられています。
ただし、夢を生み出す「一つの夢中枢」が見つかっているわけではありません。レム睡眠とノンレム睡眠のどちらでも夢は起こりうるため、現在は睡眠段階そのものより、後頭部から頭頂部を中心とする皮質活動や、記憶・感情・視覚イメージを作る回路の組み合わせが重要だと考えられています。
夢は外の世界を見ているのではなく脳内で作られた体験
起きているときの視覚は、目から入った光情報を脳が処理することで成立します。
一方、夢を見ているときには、実際の景色を目で見ているわけではありません。それでも夢の中では、色、形、顔、場所、動きなどがかなり具体的に感じられます。
これは、視覚体験を作る脳領域が、外からの入力が少ない状態でも内部から活動できるためです。
夢の映像は、現実の知覚を作る神経回路の一部が、脳内情報によって再び動かされて生じる「内的な知覚」に近い現象と考えられます。
夢はレム睡眠だけで起こるわけではない
夢は長い間、レム睡眠と強く結びつけて考えられてきました。
確かにレム睡眠では、鮮明で感情的、物語的な夢が報告されやすい傾向があります。しかし、睡眠中に人を起こして直前の体験を尋ねる研究では、ノンレム睡眠から起こした場合にも夢が報告されます。
逆に、レム睡眠から起こしても「何も体験していなかった」と答える場合があります。
そのため、現在では「レム睡眠そのものが夢である」とは考えられていません。
夢の有無には後頭部から頭頂部の皮質活動が関係する
高密度脳波を使った研究では、夢を見ていたと報告された直前には、後頭部から頭頂部にかけた皮質で低周波活動が減少する傾向が見つかっています。
この領域は「posterior hot zone」と呼ばれることがあり、視覚、空間認知、身体感覚、多感覚統合などに関係する領域を含みます。
興味深いのは、この特徴がレム睡眠だけでなくノンレム睡眠でも見られたことです。
つまり夢が生じるかどうかは、睡眠段階全体よりも、一部の皮質がどの程度活動しているかと強く関係する可能性があります。
夢の内容によって活動する脳領域も変わる
夢の中で何を体験していたかによって、脳活動にも違いが見られます。
たとえば、顔が出てくる夢では顔認識に関わる領域、動きがある夢では運動や空間に関わる領域、会話がある夢では言語関連領域の活動が強くなることが報告されています。
これは、夢の内容が完全にランダムな「ノイズ」だけで作られているのではなく、実際の知覚や思考で使う神経回路を部分的に再利用していることを示します。
レム睡眠では視覚イメージを作りやすい脳状態になる
レム睡眠では、大脳皮質の一部が覚醒時に近いほど活発になります。
特に視覚関連領域、扁桃体、海馬などが活動する一方、外界からの感覚入力や筋肉の運動は強く制限されています。
そのため、脳の内部では鮮明なイメージや感情が生まれていても、それが実際の外界情報によって逐一修正されにくい状態になります。
この条件は、奇妙でありながら本人には現実のように感じられる夢を作りやすいと考えられます。
急速眼球運動と夢の視覚イメージには関係がある
レム睡眠では、閉じたまぶたの下で眼球が素早く動きます。
日本の研究では、この急速眼球運動に伴う脳活動と夢の視覚心像の生成との関係が検討されています。
夢の中で視線を動かしているような場面と眼球運動が対応する可能性もありますが、急速眼球運動そのものが夢映像を作っているわけではありません。
夢の視覚体験は、脳幹、視床、大脳皮質など複数の回路が連携した結果として生じます。
睡眠中には外界からの入力が弱くなる
覚醒中、脳は目、耳、皮膚などから絶えず大量の情報を受け取っています。
睡眠中には、視床や大脳皮質の状態が変わり、外部刺激が意識へ届きにくくなります。
すると、脳が作る意識内容は外界の情報よりも内部の記憶やイメージに依存しやすくなります。
夢は、外部入力が減った脳が、自分の内部情報から「世界」を構成した状態と見ることができます。
最近の経験が夢の材料になることがある
夢には、その日に経験した出来事や最近気になっていたことが取り込まれることがあります。
しかし、夢は出来事をそのまま録画再生するものではありません。
実際には、複数の日の出来事、昔の記憶、想像、感情が混ざり合い、一部だけが別の文脈に組み込まれることが多くあります。
そのため夢は、記憶の「再生」よりも「再構成」に近い現象だと考えられます。
睡眠中の記憶再活性化が夢の素材になる可能性がある
睡眠中には、覚醒中に活動した神経パターンの一部が再び現れることがあります。
特に海馬と大脳皮質では、最近学習した情報の一部が再活性化し、長期記憶の形成に関わると考えられています。
このような記憶再活性化がすべて夢として意識されるわけではありません。
しかし、再活性化された記憶の一部が、夢の人物、場所、場面、出来事の材料として意識へ現れる可能性があります。
夢の中で過去の記憶がそのまま再現されないのはなぜか
記憶は脳内で一枚の映像として保存されているわけではありません。
人物、場所、音、感情、意味などは複数の神経ネットワークへ分散して表現されています。
睡眠中にそれらの一部が断片的に再活性化すると、元の出来事とは違う組み合わせが作られます。
その結果、「昔の友人が現在の職場にいる」「知らない場所なのに自宅だと感じる」といった、現実では不可能な夢が自然に成立します。
感情に関わる回路も夢の内容を強く左右する
レム睡眠では、扁桃体など感情に関係する領域が活発になることが知られています。
そのため、不安、恐怖、喜び、驚きなどの感情が夢の中で強く感じられることがあります。
日中に感情的な出来事があると、それが夢へ取り込まれることもあります。
ただし、夢そのものが感情処理に必須なのか、睡眠中の感情処理に伴って夢が生じているのかは完全にはわかっていません。
夢の物語は脳が断片を一つの世界としてまとめることで生まれる
夢では、ばらばらの記憶やイメージが一つの物語のようにつながります。
覚醒時の脳も、目や耳から届く断片的な情報を統合し、「今どこにいて何が起きているか」という一つの世界像を作っています。
睡眠中にもこの統合作用が完全には止まらないため、内部から生じた記憶や感情を一つの場面としてまとめようとします。
その結果、論理的には矛盾があっても、夢の中では一続きの出来事として体験されやすくなります。
前頭前野の活動低下が夢の不思議さに関係する可能性がある
レム睡眠では、情動や視覚に関わる領域が活発になる一方、論理的な検討や自己監視に関わる前頭前野の一部は覚醒時より活動が低くなる傾向があります。
そのため、夢の中で明らかに不自然な出来事が起きても「これはおかしい」と気づきにくくなります。
空を飛んだり、突然場所が変わったりしても、その場では現実として受け入れてしまうのは、この現実検証の弱まりが関係すると考えられます。
夢では時間や場所の連続性が崩れやすい
夢の中では、ある場所から別の場所へ突然移動したり、時間が急に飛んだりします。
これは、外界の連続した感覚入力が少なく、脳内部の記憶断片が次々と再構成されるためと考えられます。
覚醒時なら「さっきまでここにいた」という現実情報が矛盾を修正しますが、夢ではその制約が弱くなります。
その結果、場面転換が多くても本人はそのまま体験を続けられます。
ノンレム睡眠の夢はレム睡眠と少し特徴が違う
ノンレム睡眠でも夢は生じますが、平均するとレム睡眠の夢より短く、思考的で、現実に近い内容が多い傾向があります。
一方、睡眠後半のノンレム睡眠では、レム睡眠に近い鮮明な夢が報告されることもあります。
この違いは、睡眠段階によって脳全体の活動状態が異なるためと考えられます。
ただし、夢の有無そのものはレム・ノンレムの区別だけでは説明できません。
夢を見るかどうかと夢を覚えているかどうかは別
夢を見ていたとしても、朝には覚えていないことがあります。
夢の記憶が残るには、夢の体験だけでなく、その直後に目覚めて記憶として固定する過程も必要です。
夢を見た後すぐ別の睡眠段階へ移ると、その内容を言語化したり思い出したりする機会がなく、忘れやすくなります。
したがって「夢を覚えていない=夢を見ていなかった」とは限りません。
夢を忘れやすいのは脳内の化学環境も違うため
レム睡眠では、ノルアドレナリンなど一部の神経伝達物質が覚醒時とは大きく異なる状態になります。
新しい記憶を安定して保存するには、覚醒時に働く複数の神経伝達系が関係します。
そのため、睡眠中の夢体験は、起きているときの出来事ほど長期記憶へ残りにくい可能性があります。
夢から直接目覚めたときに内容を思い出しやすいのは、夢体験直後に覚醒状態の記憶系へ切り替わるためと考えられます。
夢の内容を脳波から完全に読み取れるわけではない
高密度脳波や機能的脳画像を使うと、夢を見ている可能性や、顔・動き・言葉など大まかな内容に対応する脳活動を推定できる場合があります。
しかし、本人が見ている夢の物語をそのまま映像として読み取れる段階ではありません。
夢研究では、起こした直後の本人の報告が今でも重要な情報源です。
そのため夢の神経科学には、脳活動の客観的記録と主観的な夢報告をどう結びつけるかという難しさがあります。
夢は脳の「予測する仕組み」とも関係する可能性がある
近年の脳科学では、脳は外界からの情報を受け取るだけでなく、「次に何が起こるか」を予測しながら知覚を作っているという考え方があります。
睡眠中は外界からの誤差信号が少なくなるため、脳内部の予測や記憶が自由に展開しやすくなる可能性があります。
この考え方では、夢は脳が内部モデルだけで仮想世界を生成した状態と捉えることができます。
ただし、これは夢のすべてを説明する確定した理論ではなく、有力な考え方の一つです。
夢の仕組みと夢の「目的」は別の問題
夢がどのような神経活動で作られるかという問いと、夢を見ることにどんな生物学的役割があるかという問いは分ける必要があります。
夢の発生機構については、後方皮質の活動、感覚イメージ、記憶再活性化、情動回路など多くの知見があります。
一方、夢そのものが記憶整理や感情処理に必須なのか、それとも睡眠中の脳活動に伴って生じる体験なのかは、まだ結論が出ていません。
仕組みがある程度わかってきたことと、夢の目的が解明されたことは同じではありません。
まとめ
夢の映像や物語は、睡眠中にも活動を続ける大脳皮質、記憶系、情動系などが、外界からの入力が少ない状態で脳内情報を組み合わせることで作られると考えられています。
夢はレム睡眠で起こりやすいものの、ノンレム睡眠でも生じます。高密度脳波研究では、レム・ノンレムのどちらでも、後頭部から頭頂部の皮質活動が夢体験の有無と関係することが示されています。
さらに、顔、場所、動き、会話など夢の内容によって、それに対応する皮質活動が変化します。睡眠中の記憶再活性化や情動回路の活動が、夢の材料として取り込まれる可能性もあります。
つまり夢は、眠った脳が完全に停止するどころか、現実世界から切り離された状態で自分自身の記憶・感情・感覚表現を再構成し、内的な世界を作っているときに生じる意識体験なのです。

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