白い光をプリズムへ通すと、赤から紫までの色に分かれて見えます。分光器はこの性質を利用し、光を波長ごとに分けて「どんな光がどれだけ含まれているか」を調べる装置です。
さらに、原子や分子が出す光には、その物質ごとに特徴的な波長の組み合わせがあります。そのため、分光器で得たスペクトルを調べると、光っている物質や光を吸収している物質を見分けることができます。
なぜ、プリズム分光器は光を波長ごとに分け、そこから物質まで見分けられるのでしょうか。
結論からいうと、プリズムでは屈折率が波長によって異なるため光が色ごとに異なる角度へ曲がり、さらに原子・分子は固有のエネルギー準位差に対応した波長だけを発光・吸収するからです。
分光器は何を測る装置なのか
分光器は、入ってきた光を波長ごとに分け、その強さを調べる装置です。
結果は横軸を波長、縦軸を光強度としたスペクトルとして表されます。
スペクトルを見ると、すべての波長が連続して含まれるのか、特定の波長だけが強いのか、逆に特定の波長が欠けているのかが分かります。
この情報を使うと、光源の温度、原子や分子の種類、濃度などを調べることができます。
プリズムで白色光が色に分かれるのはなぜか
プリズムへ斜めに入った光は、空気とガラスの境界で屈折します。
このときガラスの屈折率は、すべての波長で同じではありません。
一般的な可視域では、赤より青や紫のほうが屈折率がやや大きいため、短波長側ほど強く曲がります。
その結果、白色光に重なっていた各波長成分が、プリズムを出るときに異なる方向へ進み、空間的に分離されます。
これが分散です。
分光器ではなぜ細いスリットを使うのか
光源全体をそのままプリズムへ入れると、さまざまな位置から来た光が重なり、波長ごとの像がぼやけてしまいます。
そこで入口に細いスリットを置き、細長い像を光源として使います。
スリットから出た光をレンズやミラーで平行光にし、プリズムへ入れると、波長ごとに進む角度が変わります。
最後に別のレンズで結像させると、波長ごとに位置の違うスリット像が並びます。
これによってスペクトル線を細く分離して観察できます。
なぜ物質ごとに決まったスペクトル線があるのか
原子の電子は、どんなエネルギーでも自由に取れるわけではなく、決まったエネルギー準位を持ちます。
電子が高い準位から低い準位へ移るとき、その差に対応したエネルギーの光子を放出します。
光子のエネルギーEは、
E = hν = hc/λ
で表されます。
つまり、二つの準位のエネルギー差が決まれば、放出される光の周波数νや波長λも決まります。
NISTの原子分光データベースには、多数の元素について、こうした遷移に対応する波長とエネルギー準位が整理されています。
なぜ元素ごとにスペクトル線の組み合わせが違うのか
元素が違えば、原子核の電荷や電子数、電子配置が違います。
そのため、持っているエネルギー準位の並び方も異なります。
すると、準位間遷移で生じるエネルギー差も元素ごとに異なり、発光する波長の組み合わせも変わります。
一つのスペクトル線だけが完全にその元素専用とは限りませんが、複数の線の位置と強度を組み合わせれば、元素を高い信頼性で識別できます。
炎色反応と分光分析はどうつながるのか
ナトリウムが黄色、銅化合物が青緑色に見える炎色反応も、原子が特定波長の光を出す現象です。
しかし肉眼では色が重なったり、弱い成分を見落としたりします。
分光器を使えば、光を波長ごとに分離して個々のスペクトル線として測定できます。
J-STAGEの「原子分光分析法の原理と発展」でも、炎色反応から原子発光・吸光・蛍光分析へ発展した流れが説明されています。
発光スペクトルでは何を見ているのか
原子や分子を炎、放電、プラズマなどで励起すると、高いエネルギー状態へ移った電子が低い状態へ戻るときに光を出します。
その光を分光すると、特定の波長に鋭いピークが現れます。
ピークの位置は主に「何の元素か」という情報を持ち、条件を整えればピーク強度は「どれくらい含まれているか」という情報にも使えます。
ICP発光分光分析などは、この原理を使って多元素を同時に分析します。
吸収スペクトルでも物質を見分けられるのはなぜか
原子や分子は、放出できるエネルギー差に対応する光を吸収することもできます。
連続的な波長を含む光を試料へ通すと、特定の波長だけが弱くなることがあります。
その欠けた波長を調べれば、どのエネルギー遷移が起きたかを知ることができます。
発光スペクトルが「出した光」を見るのに対し、吸収スペクトルは「失われた光」を見る方法です。
太陽のスペクトルに暗い線があるのはなぜか
太陽の高温部分からは幅広い波長の光が出ています。
その光が比較的低温の太陽大気を通ると、原子が特定波長を吸収します。
そのため連続スペクトルの中に暗い吸収線が現れます。
これらの波長を地上で測定した原子スペクトルと比較すると、太陽大気にどんな元素があるかを推定できます。
天文学で遠くの星の組成を調べられるのも、同じ分光学の考え方です。
「色を見る」のと「スペクトルを見る」のは何が違うのか
人の目が感じる色は、可視光全体を三種類の錐体応答へまとめた結果です。
そのため、スペクトルが大きく違う二つの光でも、目には同じような色に見えることがあります。
分光器は光を波長ごとに分けて直接測定するため、肉眼では区別しにくい違いまで見分けられます。
同じ白色に見える太陽光、蛍光灯、LEDでも、スペクトルを測ると形は大きく異なります。
プリズム分光器では赤と紫の間隔は均等なのか
均等ではありません。
プリズムの屈折率n(λ)は波長に対して直線的に変化するわけではないため、波長ごとの角度分離も一定ではありません。
一般には短波長側で分散が大きくなりやすく、紫や青の波長域がより広く引き伸ばされることがあります。
そのため、測定では「位置」と「波長」の対応を既知のスペクトル線で校正します。
分光器はどうやって波長を正確に決めるのか
あらかじめ波長が正確に分かっているランプやレーザーなどを使い、検出器上の位置と波長の関係を求めます。
これを波長校正と呼びます。
NISTでは、多数の原子・イオンについて精密に評価されたスペクトル線波長が公開されており、分光器の校正や分析の基準として使えます。
プリズムだけでなく回折格子も分光器に使われるのはなぜか
現代の分光器では、プリズムだけでなく回折格子が広く使われています。
回折格子では、多数の細い溝から出る光の干渉によって波長ごとに進む方向が変わります。
その原理はプリズムの屈折率分散とは異なりますが、「波長ごとに異なる方向へ光を分ける」という目的は同じです。
回折格子は高い分解能を得やすく、広い波長範囲を扱えるため、多くの分析装置で使われています。
プリズム分光器の利点は何か
プリズムは光学構造が直感的で、重なった光を屈折率分散によって連続的に分けられます。
回折格子のような回折次数の重なりがなく、特定用途では迷光を抑えやすい利点もあります。
一方で、分散量が波長によって不均一で、材料自身の吸収によって使える波長域が制限されます。
そのため用途に応じてプリズムと回折格子を使い分けます。
分解能とは何か
非常に近い二つの波長を別々の線として見分ける能力を分解能と呼びます。
分解能が低いと、近接する二本のスペクトル線が一つの太い線に見えます。
分解能を高くするには、スリット幅、光学系の焦点距離、プリズムや回折格子の性能、検出器の画素サイズなどを適切に設計する必要があります。
物質同定では、特徴的な線を混同しないために十分な分解能が重要です。
ピークが同じ場所にあれば同じ物質と断定できるのか
一本だけでは断定しにくい場合があります。
別の元素や分子が近い波長に線を持つこともあります。
実際の分析では、複数の特徴線、相対強度、試料条件、他の元素の妨害などを総合して判断します。
NISTの原子スペクトルデータベースのような標準データと照合することで、誤同定を減らせます。
なぜ濃度も測れるのか
条件が一定なら、ある元素の量が増えると、その元素に対応する発光線や吸収線の強さも変化します。
既知濃度の標準試料を測って検量線を作れば、未知試料の線強度から濃度を推定できます。
ただし、自己吸収、温度、共存元素、装置感度などの影響があるため、精密分析では補正や標準化が必要です。
分光分析はどこで使われているのか
分光分析は非常に幅広い分野で使われています。
- 金属や半導体中の微量元素分析
- 水質や環境試料の分析
- 医薬品や化学物質の品質管理
- 星や惑星の元素組成の推定
- 炎・プラズマ・レーザーの診断
- 食品や色材の品質評価
- 美術品や文化財の非破壊分析
「光を分けて見る」だけで、物質の種類や状態に関する多くの情報を読み取れるためです。
なぜ遠く離れた星の物質まで見分けられるのか
分光分析には、試料を直接手元へ持ってくる必要がないという大きな利点があります。
星から届いた光を望遠鏡で集め、分光器で波長ごとに分ければ、その光に含まれる発光線や吸収線を測定できます。
その線を地上の原子スペクトルと比較すれば、何光年も離れた天体の元素組成を推定できます。
分光学が天文学の基本技術になっているのはこのためです。
スペクトル線が太くなることもあるのか
あります。
原子の熱運動によるドップラー効果、周囲の粒子との衝突、圧力、電場や磁場などによってスペクトル線は幅を持ちます。
この線幅や形を詳しく測ると、温度や圧力、粒子密度などを推定できる場合があります。
つまり、スペクトル線は物質の種類だけでなく、物質が置かれた状態の情報も含んでいます。
既存の「波長によって屈折率が変わり色に分かれる」記事とは何が違うのか
既存の分散記事では、なぜ屈折率が波長によって異なり、プリズムで白色光が色に分かれるのかという一般原理を扱っています。
本記事ではその原理を前提に、プリズムで波長を空間的に分離し、原子・分子固有の発光線や吸収線を測ることで、物質の種類を識別する分光分析の仕組みに焦点を限定しています。
つまり、一方は「なぜ分散するか」、もう一方は「分散した光から何が分かるか」です。
まとめ
プリズム分光器が光を波長ごとに分けて物質を見分けられるのは、光の分散と物質固有のエネルギー準位という二つの性質を組み合わせているからです。
- プリズムでは屈折率が波長によって異なるため、光が色ごとに異なる角度へ分かれる
- 分光器ではスリットと光学系を使い、波長ごとの位置と強度を測る
- 原子や分子は固有のエネルギー準位を持つ
- 準位間遷移に対応した特定波長の光を発光・吸収する
- スペクトル線の組み合わせは物質ごとに特徴がある
- 標準スペクトルと照合することで元素や分子を識別できる
- 線強度を使えば濃度分析にも応用できる
- 遠くの星のように直接触れられない対象も光だけで分析できる
つまり、分光器は「光を虹色に分ける装置」ではなく、波長ごとに分けた光を物質固有のスペクトル情報として読み取り、物質の正体や状態を調べる分析装置なのです。
関連記事
参考資料
- 村上雅彦「原子分光分析法の原理と発展―炎色反応から誘導結合プラズマ発光分析法まで―」化学と教育
- 藤原祺多夫「高感度原子分光分析の現状」応用物理
- NIST Atomic Spectra Database
- NIST Atomic Spectroscopy: Introduction

コメント