夏と冬で鉄道レールや橋の長さはわずかに変わります。金属のふたを温めると開けやすくなり、精密機械では室温が少し変わるだけでも寸法誤差が問題になることがあります。こうした熱膨張は、どのくらいの大きさになるのでしょうか。
結論からいうと、温度変化がそれほど大きくない範囲では、固体の長さの変化は膨張係数・温度変化・元の寸法の積で近似できます。代表的な式が、
ΔL = αLΔT
です。ここでΔLは長さの変化、αは線膨張係数、Lは元の長さ、ΔTは温度変化です。この式は、同じ材料でも長い物体ほど大きく伸び、同じ長さでも温度変化が大きいほど大きく伸び、材料ごとのαが大きいほど膨張量も大きくなることを示しています。
ただし、αは厳密には温度によって変化し、結晶では方向によって異なる場合があります。また、膨張しようとする物体を拘束すると、寸法変化の代わりに熱応力が生じます。熱膨張の法則は、単なる「温めると伸びる」という現象説明ではなく、寸法変化や応力を定量的に予測するための道具です。
熱膨張係数とは何を表しているのか
産業技術総合研究所は、熱膨張を、一定圧力のもとで温度が変化したときに物質の長さや体積が膨張または収縮する現象として説明しています。
長さ方向の変化を表す線膨張係数αは、より厳密には、
α = (1/L)(dL/dT)
と定義できます。
これは「温度を1 K変えたとき、元の長さに対してどれだけの割合で長さが変化するか」を表す量です。単位は1/Kです。
たとえばαが20×10-6/Kの材料なら、温度が1 K上がると、長さはおよそ元の長さの20百万分の1だけ増えることになります。
なぜΔL = αLΔTと書けるのか
線膨張係数の定義式を、αが温度範囲内でほぼ一定とみなせる場合に積分すると、
ΔL ≈ αLΔT
という近似式が得られます。
OpenStaxも、線膨張について長さの変化が元の長さL、温度変化ΔT、材料固有の線膨張係数αに比例する形で整理しています。
この式は非常に便利ですが、近似であることが重要です。温度範囲が広い場合や、相転移・組織変化が起こる場合には、αを一定とはみなせないことがあります。
元の長さが長いほど膨張量が大きいのはなぜか
熱膨張は、物体の各部分で起こる微小な寸法変化が全体に積み重なったものです。
1 mの棒と10 mの棒が同じ材料でできていて、同じ温度変化を受けるなら、各部分の膨張割合は同じです。しかし10 mの棒には1 mの棒の10倍の長さがあるため、全体の長さ変化も約10倍になります。
これが式のLに対応します。
そのため、短い部品では無視できる膨張率でも、長い橋、配管、鉄道レール、大型望遠鏡などでは大きな変位になります。
温度変化が大きいほど膨張量が増えるのはなぜか
多くの通常材料では、温度上昇によって原子や分子の熱運動が大きくなり、平均的な原子間距離が増えます。
狭い温度範囲でその増え方がほぼ一定なら、温度変化ΔTが2倍になれば寸法変化ΔLもおよそ2倍になります。
ただし、線膨張係数α自体が温度によって変わる材料では、広い温度範囲で単純な比例関係からずれることがあります。その場合には、温度ごとのα(T)を積分して長さ変化を求めます。
なぜ材料によってαが違うのか
固体では、原子やイオンは結晶格子の平衡位置付近で振動しています。温度が上がると振動の振幅が大きくなります。
もし原子間ポテンシャルが完全な放物線で左右対称なら、振幅が大きくなっても平均位置は変わりません。しかし現実の原子間ポテンシャルは非対称です。原子同士が近づきすぎる側では反発が急激に強くなり、離れる側では変化が比較的ゆるやかです。
そのため振動が大きくなると、平均原子間距離が少し広がります。産総研も、固体の熱膨張の主な要因として原子・イオンの熱振動を規定するポテンシャルの非調和項を挙げています。
日本物理学会誌でも、熱膨張など有限温度で現れる物性を理解するには、調和振動だけでなく非調和フォノンを考えることが重要とされています。
材料によって原子間結合、結晶構造、格子振動の性質が異なるため、線膨張係数も異なります。
体積の熱膨張はどう表すのか
物体は一方向だけでなく、通常は三次元的に膨張します。体積変化を表す量が体膨張係数βです。
β = (1/V)(dV/dT)
温度範囲が狭くβを一定とみなせる場合には、
ΔV ≈ βVΔT
と書けます。
熱膨張が等方的で、膨張量が小さい固体では、
β ≈ 3α
という関係が成り立ちます。
これは、長さ・幅・高さの三方向がそれぞれおよそαΔTの割合で増えるためです。OpenStaxと産総研も、等方的な材料では体膨張係数が線膨張係数のおよそ3倍になる関係を示しています。
β = 3αはいつでも成り立つのか
いいえ。β ≈ 3αは、等方的で膨張が小さい材料を想定した近似です。
単結晶や繊維強化複合材料のように、方向によって構造が異なる材料では、熱膨張係数も方向によって変わります。
たとえば結晶のa軸方向には大きく伸びても、c軸方向にはあまり伸びない、あるいは縮むことがあります。
この場合、単一のαだけでは表せず、方向ごとの膨張係数や熱膨張テンソルとして扱います。
線膨張係数は一定値ではない
材料表に載っている線膨張係数は、特定の温度または温度範囲での代表値であることが多くあります。
NISTも、CTEは温度の関数になり得るため、資料の値を使う場合には、どの温度範囲の平均値なのかを確認する必要があると説明しています。
たとえば20℃付近ではある値だった材料が、数百℃では異なる膨張率を示すことがあります。高精度設計では、目的の温度範囲に対応したデータを使う必要があります。
温度依存が大きい場合には、
ΔL/L = ∫α(T)dT
のように、温度ごとの膨張係数を積分して扱います。
平均線膨張係数と瞬間的な線膨張係数は何が違うのか
産総研は、熱膨張率の測定では有限の温度範囲に対する長さ変化を測るため、実用上は平均線膨張率を用いることがあると説明しています。
瞬間的な線膨張係数α(T)は、ある温度での微小な温度変化に対する寸法変化率です。
一方、20℃から100℃までの平均線膨張係数は、その80 Kの範囲を通じた平均的な膨張率です。
精密な設計では、この二つを混同しないことが重要です。
温度差ではなく「温度分布」が問題になる場合がある
物体全体が一様に温まれば、自由に膨張できる限り、比較的単純に寸法が変わります。
しかし一部分だけが熱くなると、場所ごとに膨張量が異なります。熱い部分は大きく伸びようとし、冷たい部分はあまり伸びません。
この不均一な熱膨張が、内部応力や反り、亀裂の原因になります。
冷たいガラスへ急に熱湯を入れると割れることがあるのは、内側と外側の温度差によって膨張量が異なり、材料内部に大きな熱応力が生じるためです。
自由に膨張できないと熱応力が生じる
棒が自由に伸びられる場合、温度上昇による熱ひずみは、単純化すると、
εth = αΔT
と表せます。
しかし両端を完全に固定すると、棒は本来の熱ひずみを実現できません。その代わり、材料内部に応力が生じます。
一次元・線形弾性・完全拘束という単純な条件なら、熱応力の大きさはおおよそ、
σ = EαΔT
と表せます。Eはヤング率です。
つまり、膨張係数が大きい材料、温度変化が大きい条件、弾性率が高い材料ほど、拘束時の熱応力が大きくなりやすくなります。
異なる材料を接合すると何が起こるのか
金属とセラミックス、半導体チップと基板、ガラスと金属など、異なる材料を接合すると、それぞれの膨張係数が違う場合があります。
温度が変わると、一方は大きく伸びようとし、もう一方はあまり伸びないため、接合面に応力が生じます。
NISTも、隣接する層の熱膨張係数の不一致が応力やひずみの重要な原因になると説明しています。
電子部品では、加熱・冷却を何度も繰り返すことでこの応力が繰り返され、はんだ接合部や界面の疲労、剥離、亀裂につながることがあります。
バイメタルは膨張係数の差を利用する
熱膨張係数の違いは、問題になるだけでなく利用することもできます。
バイメタルは、膨張係数の異なる二種類の金属を貼り合わせたものです。
温度が上がると、一方の金属がより長く伸びようとします。しかし二枚は接合されているため自由に伸び分けることができず、全体が曲がります。
この曲がりを利用して、サーモスタット、温度スイッチ、保護装置などを動作させられます。
ここではΔL = αLΔTの違いが、そのまま機械的な変位へ変換されています。
なぜ精密測定では20℃が重要なのか
精密な長さ測定では、温度が少し違うだけで部品も測定器も膨張・収縮します。
NISTの寸法計測資料では、製造部品の長さを比較する標準温度として20℃が使われ、標準温度以外で測った寸法を正しく補正するには各材料の熱膨張係数が必要だと説明されています。
たとえば1 mの部品でも、膨張係数が10-5/K程度なら、1 Kの温度差で10 µm程度の寸法変化が生じます。
一般工作では小さく見える量でも、精密加工や計量では大きな誤差です。
熱膨張係数はどう測るのか
産総研は、線膨張率の測定法として、光干渉法、X線回折法、押し棒式膨張計などを紹介しています。
基本的には、試料温度を正確に変化させながら、そのときの長さ変化を高精度に測ります。
押し棒式膨張計では、試料の伸びを機械的に検出します。光干渉法では、光の干渉を利用して非常に小さな寸法変化を測定できます。
X線回折法なら、物体全体の長さではなく、結晶内部の格子間隔が温度でどう変化するかを調べられます。
測定対象や必要な精度、温度範囲によって適切な方法を選びます。
負の熱膨張ではαはどうなるのか
多くの材料ではαは正で、温度上昇とともに伸びます。しかし一部の材料では、特定の温度範囲でαが負になり、温めると縮むことがあります。
この場合も、熱膨張係数という法則の枠組みは同じです。
αが負なら、ΔTが正のときΔLが負になります。
負の熱膨張は、特定の格子振動、結晶構造の変化、磁気・電子状態の変化などによって生じます。正の膨張材料と組み合わせれば、全体の熱膨張を非常に小さくする材料設計にも利用できます。
なぜ穴も温めると大きくなるのか
金属板に開いた穴を加熱すると、穴の周囲の材料が膨張するため、穴も大きくなります。
穴だけが何かに押し広げられるわけではありません。板全体を一様に拡大コピーしたように各寸法が増えると考えると分かりやすくなります。
OpenStaxも、円形の穴を含む物体では、温度上昇によって穴の直径も材料の他の寸法と同様に増加すると説明しています。
この考え方は、熱した金属リングへ部品をはめ込み、冷却して固定する焼きばめにも利用されます。
熱膨張係数だけ分かれば設計できるのか
実際の設計では、熱膨張係数だけでは十分でないことがあります。
熱膨張による変形を求めるには温度分布が必要です。温度分布を求めるには、熱伝導率、比熱容量、密度、対流・放射条件なども関係します。
さらに応力を求めるには、ヤング率、ポアソン比、支持条件、接合条件などの機械的性質も必要です。
つまり熱膨張係数は重要な物性値ですが、実際の熱変形・熱応力は、熱問題と構造問題を組み合わせて評価します。
「なぜ多くの物質は温めると熱膨張するのか?」の「なぜ膨張するか」と何が違うのか
熱膨張を理解する問いには、大きく二つの段階があります。
一つは、「なぜ温めると多くの物質が膨張するのか」という微視的な原因です。これは原子間ポテンシャルの非調和性や分子構造から説明します。
もう一つは、「どれだけ膨張するのか」という定量的な問題です。こちらは線膨張係数α、体膨張係数β、元の寸法、温度変化を使って計算します。
本記事で中心に扱っているのは後者です。原因を理解したうえで、実際の寸法変化や熱応力を予測するための法則へ進むことが目的です。
まとめ
熱膨張の大きさが膨張係数・温度変化・元の寸法で決まるのは、線膨張係数が単位温度変化あたりの相対的な長さ変化として定義されるからです。
温度範囲が狭くαを一定とみなせる場合には、
ΔL = αLΔT
で長さ変化を近似できます。体積についてはΔV = βVΔTで表し、等方的な固体ではβ≈3αとなります。
ただし、膨張係数は温度や方向によって変わることがあり、物体を拘束すると熱膨張は熱応力へ変わります。異種材料の接合では膨張係数差が界面応力の原因になります。
熱膨張の法則は、橋や配管の伸縮、精密計測、電子部品の信頼性、バイメタル、焼きばめなど、温度による寸法変化を定量的に予測するための基本的な道具なのです。
参考資料
- 産業技術総合研究所「熱膨張率とは?」
- 日本物理学会誌「非調和フォノン理論が拓く有限温度物性の第一原理計算」
- OpenStax University Physics Volume 2 “Thermal Expansion”
- NIST “Metallurgy – Thermal Expansion”

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