なぜ日本海溝はあれほど深いのか?

日本海溝があれほど深いのは、太平洋プレートが日本列島側のプレートの下へ沈み込む直前に、大きく下向きへ曲げられているからです。海底をつくる硬いプレートが海溝へ近づくにつれてしなり、その最も低くなった部分が細長い深い溝として海底に現れます。

日本海溝では水深8,000mを超える場所があり、JAMSTECは日本海溝沿いの調査で水深7,445〜8,023mの地点から海底堆積物を採取しています。産業技術総合研究所も、日本海溝を太平洋プレートが沈み込むプレート境界で、水深7km以深の超深海として扱っています。

ただし、「プレートが沈み込むから」という一言だけでは、なぜ海溝がそれほど深くなるのかは十分にわかりません。日本海溝の深さには、太平洋プレートの下向きの曲がり、プレートの古さと冷たさ、海底にもともとある深さ、断層による弱まり、海溝を埋める堆積物の量などが組み合わさっています。

目次

日本海溝は「海底に開いた穴」ではない

日本海溝という名前から、海底に巨大な裂け目や穴が開いているように想像するかもしれません。しかし実際には、地球の表面を覆うプレートが境界付近で大きくたわんでできた、細長い谷状の地形です。

地球の表層は、地殻と上部マントルの一部からなる硬い岩板、つまりプレートに分かれています。日本の東側では太平洋プレートが西向きに進み、東北日本の下へ沈み込んでいます。

NOAAは、2枚のプレートが近づく収束境界では、一方のプレートが下へ曲がって沈み込み、深い海溝が形成されると説明しています。日本海溝もその代表例です。

したがって、日本海溝の深さを理解する第一歩は、海底を「水平な床」と考えないことです。海底そのものを載せた太平洋プレートが、海溝のところで地球内部へ向かって折れ曲がり始めているのです。

太平洋プレートが下向きに曲がることで海底が深くなる

太平洋プレートは硬い岩板ですが、完全に曲がらないわけではありません。数十kmという厚さを持つ巨大なプレートでも、何百kmという長い距離で見れば、力を受けてゆっくり曲がります。

日本海溝へ近づいた太平洋プレートは、沈み込みに伴って下向きへ曲げられます。海溝の外側では、曲がる前に少し盛り上がった「アウターライズ」と呼ばれる地形ができ、その先で海底が急激に低くなって海溝軸へ至ります。

JAMSTECは、日本海溝へ沈み込む太平洋プレートが折れ曲がることでアウターライズが形成され、その曲げに伴う引っ張りの力によって正断層が発達すると説明しています。USGSの日本海溝調査でも、海溝外側の太平洋プレートに見られる正断層は、プレートの下向きの屈曲によって生じることが示されています。

つまり、日本海溝の深さは「プレートとプレートの境界だから突然へこんでいる」のではなく、沈み込む巨大な岩板が長い距離をかけて曲がり、その曲率が最大になる付近が深い海溝になっていると考えるとわかりやすいでしょう。

太平洋プレートは古く、冷えて重くなっている

日本海溝へ沈み込む太平洋プレートの性質も重要です。海洋プレートは中央海嶺でつくられた直後は高温ですが、海嶺から離れて長い時間がたつにつれて冷えていきます。

冷えると岩石は熱収縮し、海洋プレート全体の密度も高くなります。また、冷えて厚くなった海洋リソスフェアは、若く暖かい海洋プレートより海面に対して低い位置に落ち着きやすくなります。つまり、古い海洋プレートの海底は、海溝へ入る前から比較的深いのです。

日本海溝へ沈み込む太平洋プレートは非常に古い海洋プレートです。長い年月をかけて太平洋を移動する間に冷え、厚い海洋リソスフェアへ成長してきました。

世界の海溝を比較した研究でも、沈み込むプレートの年代は海溝の深さを左右する主要な要因の一つとされています。一般に古いプレートほど冷えて密度が高く、もともとの海底も深いため、その上にプレートの曲げによる落ち込みが加わると、海溝は非常に深くなりやすくなります。

「重いから沈む」と「海溝が深い」は同じ話ではない

ここで少し注意が必要です。「古く冷えた太平洋プレートは重いから、日本海溝が深い」とだけ説明すると単純化しすぎます。

プレートが冷えて密度を増すことは沈み込みを支える重要な要素ですが、海溝の実際の深さは、それだけで決まるわけではありません。プレートがどれくらい強く曲がるか、海溝斜面がどんな形をしているか、堆積物がどの程度たまっているかなども関係します。

海溝深度は、沈み込むプレートの年代、プレートの傾斜、海溝内の堆積物の厚さ、地殻の厚さなど複数の条件によって変わります。

したがって、日本海溝の深さは一つの原因で決まったのではなく、古く深い太平洋プレートが、沈み込み境界で強く曲げられるという条件を中心に、複数の地質条件が重なった結果なのです。

海溝を埋める堆積物の量も深さを変える

海溝には、陸や海底から運ばれてきた泥や砂、生物の殻などの堆積物がたまります。もし海溝の中に大量の堆積物が積み重なれば、地形的なくぼみは埋められ、水深は浅くなります。

逆に、堆積物が比較的少なければ、プレートの曲げによってできた深い谷の形が保たれやすくなります。

日本海溝では、地震によって斜面の堆積物が海溝底へ運ばれ、再堆積することも確認されています。一方で、沈み込む堆積物の一部はプレート境界に沿って地下へ運ばれ、陸側の地盤が削られる構造侵食も指摘されています。こうした長期的な地質作用も海溝周辺の急な地形に関係します。

海溝の外側に断層が多いのはなぜか

硬い板を曲げると、曲がった外側は引っ張られます。太平洋プレートでも同じことが起きます。

日本海溝へ向かってプレートが下向きに曲がると、その外側にあたる海洋地殻の上部には引っ張る力がかかります。その結果、海底には海溝とほぼ平行な正断層が発達します。

USGSは、日本海溝外側で新しい正断層が形成されることを、太平洋プレートの下向きの屈曲の直接的な結果として説明しています。こうした断層は、プレートが海溝へ入る前からすでに強く変形している証拠です。

つまり、日本海溝の急激な落ち込みは、単にプレート全体がなめらかに曲がっているだけではなく、その途中で断層をつくりながら変形している結果でもあります。

日本海溝が深いのは、周りの海底もすでに深いから

海溝の「絶対的な水深」を考えるときは、海溝だけを見るのではなく、その外側の海底がどのくらい深いかを見る必要があります。

古い太平洋プレートは長い時間をかけて冷え、海底そのものが深くなっています。その深い海底が、日本海溝へ近づくにつれてさらに下向きにたわみます。

したがって、日本海溝の8,000m級という深さは、もともと深い古い海洋底に、沈み込み直前の曲げによる追加の落ち込みが加わった結果と考えることができます。

これは、陸上で高原の中に谷がある場合と似ています。谷の底の標高だけを決めるのは谷の掘れ込みだけではなく、谷が存在する土地全体の高さも関係します。海溝の場合は逆に、周囲の海底がもともと深いところへさらに谷状の落ち込みが加わるため、海面から見ると非常に大きな水深になります。

なぜマリアナ海溝は日本海溝よりさらに深いのか

日本海溝は8,000mを超える非常に深い海溝ですが、世界最深ではありません。マリアナ海溝のチャレンジャー海淵は1万mを超えます。

この違いからも、「沈み込み帯なら全部同じ深さになるわけではない」ことがわかります。

海溝の深さには、沈み込むプレートの年代だけでなく、プレートの曲がり方、断層による弱まり、海溝の幅、上盤側の地形、堆積物の量などが影響します。同じ太平洋プレートが沈み込む地域でも、これらの条件が違えば、海溝の深さは変わります。

日本海溝の深さは巨大地震とも関係しているのか

日本海溝は、2011年の東北地方太平洋沖地震が発生したプレート境界でもあります。ただし、「海溝が深いから巨大地震が起きる」という単純な因果関係ではありません。

巨大地震は、沈み込む太平洋プレートと陸側プレートの境界が長い期間固着し、プレート運動によるひずみが蓄積された後、一気にすべることで起こります。

海溝の深さと地震は、どちらもプレートの沈み込みという共通の仕組みに関係しています。海溝はプレートが曲がって沈み込む地形的な表現であり、地震はそのプレート境界や沈み込むプレート内部で起こる力学的な現象です。

実際、日本海溝の外側では、プレートが曲がることで生じる引っ張りの力により「アウターライズ地震」が発生することもあります。海溝の形と地震活動は、同じプレート変形を別の角度から見た現象だといえます。

「海水が重いから深くなった」わけではない

水深8,000mともなると、海底には非常に大きな水圧がかかります。そのため「大量の海水の重さで海底が押し下げられたのでは」と考える人もいるかもしれません。

しかし、日本海溝ができた主因は水の重さではありません。海底地形をつくる基本的な力はプレート運動です。太平洋プレートが沈み込み帯へ向かって移動し、下向きに曲がることで海溝が形成され、そのできたくぼみに海水が満たされています。

水圧は深さの結果として大きくなるのであって、日本海溝という地形を最初につくった原因ではありません。

結局、なぜ日本海溝はあれほど深いのか

日本海溝が深い理由を整理すると、次のようになります。

  • 太平洋プレートが沈み込み直前に下向きへ大きく曲がる:その最も低い部分が海溝軸となる。
  • 太平洋プレートが古く冷えている:古い海洋プレートは密度が高く、海溝へ入る前の海底も比較的深い。
  • プレートの曲げで断層が発達する:海溝外側に正断層が生まれ、プレートが変形しながら沈み込む。
  • 堆積物が海溝の深さを調整する:大量の堆積物があれば海溝は埋まりやすい。
  • 上盤側の地形やプレートの性質も影響する:海溝の深さは沈み込み速度だけでは決まらない。

日本海溝は、古く深い太平洋プレートが日本列島の下へ沈み込み始めるところで、海底そのものが大きく折れ曲がってできた地形です。もともと深い海洋底に、プレートの屈曲による落ち込みが加わるため、水深8,000mを超える超深海になります。

したがって、日本海溝の深さは単なる「海の深さ」ではなく、地球表面を覆う巨大なプレートが動き、曲がり、地球内部へ沈み込んでいることを目に見える地形として示したものなのです。

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参考資料

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