果物の中には、収穫したあとにやわらかくなり、色や香りが変わり、食べやすくなるものがあります。バナナ、キウイフルーツ、洋ナシ、モモ、アボカドなどが代表的です。このように、収穫後に成熟が進んで食べ頃へ近づく変化を「追熟」と呼びます。
ただし、すべての果物が同じように追熟するわけではありません。ブドウ、イチゴ、柑橘類などでは、収穫後にやわらかさや香りが多少変わっても、樹上での成熟と同じように食味が向上するとは限りません。
追熟が起こる果物では、収穫後も果実の細胞が生きており、エチレンという植物ホルモンを中心とした成熟の仕組みが働き続けます。その結果、細胞壁、色素、糖や酸、香気成分などが変化し、果物らしい食べ頃が作られます。
結論:追熟は、収穫後も続く果実の成熟プログラムによって起こる
果物で追熟が生じる主な理由は、次のように整理できます。
- 収穫後も果実の細胞が生きており、代謝が続く
- 一部の果物ではエチレン生成が急増し、成熟関連の遺伝子や酵素が働く
- 細胞壁が変化して果肉がやわらかくなる
- クロロフィルの分解や別の色素の蓄積で色が変わる
- デンプンや糖、有機酸の代謝が変化し、甘味や酸味の印象が変わる
- 揮発性成分の生成が進み、熟した果物らしい香りが現れる
つまり追熟は、収穫後に偶然「傷んでやわらかくなる」現象ではありません。果実が本来持っている成熟の仕組みが、収穫後も一定期間続くことで起こります。
収穫したあとも、果実は生きている
果実は植物から切り離されると、根や葉から新しい水分や糖を受け取れなくなります。しかし、細胞がすぐに死ぬわけではありません。
収穫後も呼吸を続け、蓄えていた糖や有機酸などを使ってエネルギーを作ります。酵素反応や遺伝子発現も続くため、果肉の軟化、色の変化、香りの形成などが進むことがあります。
果実成熟の研究では、成熟は色、硬さ、糖、酸、香気成分などが協調して変化する発達段階として扱われています。
追熟できる果物では、この成熟プログラムが収穫時点でまだ終わっておらず、果実が植物体から離れたあとも進行できるのです。
追熟の中心になる「エチレン」とは?
エチレンは、植物自身が作る気体状の植物ホルモンです。植物の成長、老化、落葉、傷害応答などさまざまな現象に関係し、一部の果実では成熟を強く促します。
バナナ、リンゴ、洋ナシ、モモ、アボカド、キウイフルーツなどでは、成熟期にエチレン生成量が大きく増え、それとともに呼吸速度も上昇することがあります。
このような果実は、伝統的に「クライマクテリック型果実」と呼ばれます。成熟期のエチレン増加と呼吸上昇が、追熟の大きな特徴です。
一方、ブドウ、イチゴ、柑橘類などは、典型的な大きなエチレン急増や呼吸上昇を示さず、「非クライマクテリック型果実」と呼ばれます。
エチレンは、自分自身の生成をさらに促すことがある
クライマクテリック型果実の重要な特徴は、成熟が始まるとエチレンがエチレン自身の生成を促す「自己触媒的」な仕組みが働くことです。
少量のエチレンを感じると、果実の中でエチレン合成に関わる酵素や成熟関連遺伝子の働きが高まり、さらに多くのエチレンが作られます。
古くから行われているバナナの研究では、緑熟果にエチレンを与えると追熟が誘導され、クロロフィルの退色、糖含量の増加、呼吸の増大などが起こることが確認されています。
この連鎖反応によって、収穫後でも成熟がまとまって進みやすくなります。
キウイフルーツがエチレンで追熟するのはなぜ?
キウイフルーツは、追熟とエチレンの関係が分かりやすい果物です。
農研機構の研究では、キウイフルーツ「ヘイワード」が完熟する過程で、エチレン生成系の誘導、果肉の軟化、デンプンの糖化、呼吸の上昇、酸の減少、香気の生成などが起こることが示されています。
これらの変化はエチレンによって促進されます。ただし、すべての変化が同じ速さ、同じ感受性で進むわけではありません。
「ヘイワード」は自然にはエチレン生成系が誘導されにくい性質があり、そのため収穫後に放置するだけでは追熟が進みにくい個体があります。流通現場でエチレン処理が利用されることがあるのは、この成熟のスイッチをそろえて入れるためです。
追熟すると、なぜ果肉がやわらかくなる?
果肉の硬さには、細胞壁や、細胞同士をつなぐペクチンなどが関係しています。
追熟が進むと、ペクチンや細胞壁成分を変化させる酵素の働きが高まり、細胞同士の結び付きが弱くなります。その結果、果肉がやわらかくなります。
この軟化は「腐ったから崩れる」こととは区別する必要があります。適度な追熟では、成熟プログラムに沿った細胞壁の再構成によって、食べやすい硬さになります。
ただし、成熟が進みすぎると組織が弱くなり、微生物の影響も受けやすくなります。追熟と過熟・腐敗は連続していますが、同じ現象ではありません。
追熟すると、なぜ色が変わる?
未熟な果実では、クロロフィルによる緑色が目立つことがあります。
成熟が進むとクロロフィルの分解が進み、緑色が弱くなります。同時に、カロテノイドやアントシアニンなど別の色素が蓄積し、黄、橙、赤、紫などの色が目立つ果物もあります。
成熟に関するレビューでは、色素の蓄積とクロロフィル分解は、軟化や香り形成と並ぶ代表的な成熟変化とされています。
色の変化は、人や動物に「食べ頃」を伝える視覚的な手がかりにもなります。
追熟すると、なぜ甘く感じることがある?
果物によっては、追熟中にデンプンが糖へ分解され、甘味が強くなることがあります。バナナやキウイフルーツなどでは、この変化が食べ頃の形成に関係します。
一方、すべての果物で収穫後に糖が大きく増えるわけではありません。植物体から切り離されると、葉から新しい糖が運ばれてくる経路は失われます。
そのため、追熟による甘味の変化は、果実内部に蓄えていたデンプンや糖の代謝、酸の減少、水分状態などによって起こります。
「置いておけば、どの果物でも糖が増えて甘くなる」という理解は正しくありません。
酸味が弱くなることも、食べ頃につながる
未熟な果物では、有機酸が多く酸味が強いことがあります。
追熟中には、リンゴ酸やクエン酸などが呼吸や代謝に使われ、酸含量が減る果物があります。
酸味が弱くなると、糖量が大きく変わらなくても、相対的に甘味が強く感じられることがあります。
キウイフルーツの追熟研究でも、成熟に伴う酸の減少が確認されています。甘味と酸味のバランスが変わることで、未熟な果実から食べ頃の果実へ味の印象が変化します。
追熟すると、熟した果物らしい香りが生まれる
追熟では、エステル、アルコール、アルデヒド、テルペン類などの揮発性成分の合成や分解も変化します。
未熟な果実では青い香りが強く、成熟すると甘く華やかな香りが増えることがあります。
果実成熟に関する研究では、エチレンや他の植物ホルモン、転写因子などが、香り形成を含む多数の成熟関連遺伝子を調整すると考えられています。
そのため、硬さだけがちょうどよくなっても、香りの形成が十分でなければ「完熟した味」と感じにくい場合があります。
すべての果物が収穫後においしくなるわけではない
ここが追熟を理解するうえで最も重要な点です。
ブドウ、イチゴ、柑橘類などの非クライマクテリック型果実では、収穫後にも老化や軟化などの変化は起こりますが、クライマクテリック型果実のように、収穫後に大きく食味が向上するとは限りません。
これらの果物では、糖の蓄積など重要な品質形成の多くが、植物につながっている間に進みます。早く収穫しすぎると、その後に置いても十分な甘味や香りが得られないことがあります。
したがって、「追熟できる果物」と「収穫時に食べ頃に近いことが重要な果物」を区別する必要があります。
クライマクテリック型と非クライマクテリック型は完全な二択ではない
教科書的には、果物はクライマクテリック型と非クライマクテリック型に分けられます。
しかし、近年の研究では、この境界は完全に明確ではないことも分かっています。同じ種類でも品種によって呼吸やエチレン生成の特徴が異なる場合があり、非クライマクテリック型とされる果物でもエチレンの影響を受ける成熟反応があります。
2024年のレビューでも、非クライマクテリック型果実の軟化や成熟にエチレンの生合成・シグナル伝達が関与する例が整理されています。
そのため、「エチレンが働くか働かないか」の二択ではなく、「どの程度エチレンに依存して成熟が進むか」という連続的な違いとして見るほうが正確です。
温度によって追熟の速さが変わる
追熟に関わる呼吸や酵素反応は、温度の影響を受けます。
一般に、適温の範囲では温度が高いほど追熟が速く進み、低温では遅くなります。そのため、流通では低温を利用して追熟を遅らせ、販売時期に合わせて温度やエチレン処理を調整することがあります。
一方、熱帯・亜熱帯由来の果物の中には、低すぎる温度で低温障害を起こし、正常な追熟が妨げられるものがあります。
「冷やせば長持ちする」と「正常に追熟できる」は必ずしも同じではありません。
他の果物が出すエチレンで追熟が早まることもある
エチレンは気体なので、果実から外へ放出され、周囲の果物にも届きます。
そのため、エチレンを多く出す熟した果物と、エチレンに反応しやすい未熟な果物を一緒に置くと、成熟が早まることがあります。
家庭で、硬いキウイフルーツをリンゴやバナナの近くに置く方法が知られているのは、この性質を利用したものです。
ただし、追熟速度は果物の品種、収穫時の成熟度、温度、エチレンへの感受性によって変わるため、必ず同じ速さで進むわけではありません。
追熟と腐敗はどう違う?
追熟では、果実自身の成熟プログラムによって、やわらかさ、色、香り、糖や酸などが変化します。
腐敗では、微生物の増殖や組織の崩壊によって、異臭、ぬめり、カビ、異常な変色などが起こります。
追熟が進みすぎた過熟果は組織が弱くなり、腐敗しやすくなるため、両者は連続して見えることがあります。しかし、追熟そのものは正常な発達現象です。
食べ頃を見極めるには、硬さや色だけでなく、香り、表面状態、異臭やカビの有無なども確認することが大切です。
まとめ
果物の中に収穫後も追熟するものがあるのは、収穫後も果実の細胞が生きており、成熟のための代謝と遺伝子制御が続くからです。
特にクライマクテリック型果実では、エチレン生成が増えることで成熟反応が進み、果肉の軟化、色の変化、糖や酸の代謝、香りの形成などがまとまって起こります。
一方、すべての果物が収穫後においしくなるわけではありません。非クライマクテリック型果実では、収穫後の食味改善が限定的で、樹上で十分に成熟してから収穫することが重要なものがあります。
つまり追熟とは、「置いておけば果物が甘くなる現象」ではなく、果物の種類ごとに異なる成熟プログラムが、収穫後もどの程度進められるかによって起こる現象なのです。
参考資料
- 農研機構:キウイフルーツ「ヘイワード」が追熟しにくいわけ
- 園芸学会雑誌:果実追熟に対するエチレン効果の機作に関する研究(第1報)
- Different regulatory mechanisms of plant hormones in the ripening of climacteric and non-climacteric fruits
- Ethylene biosynthesis and signal transduction during ripening and softening in non-climacteric fruits

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