なぜレム睡眠は脳幹の神経回路によって始まり、脳と体を独特な状態へ切り替えるのか?

レム睡眠では、眠っているのに脳波は覚醒時に近い活発な状態になり、眼球はすばやく動きます。その一方で、手足や体幹の骨格筋は強く力が抜けます。脳と体が一見ちぐはぐな状態になるため、レム睡眠は「逆説睡眠」と呼ばれることもあります。

結論から言うと、レム睡眠は脳幹を中心とする複数の神経回路が協調して作り出す睡眠状態です。レム睡眠を始めるREM-on神経群と、それを抑えるREM-off神経群の力関係が切り替わり、橋や延髄から大脳・海馬・脊髄へ異なる信号が送られることで、脳の活性化、急速眼球運動、筋緊張低下などが同時に現れます。

ただし、レム睡眠を一つの「中枢」がすべて作るという単純な構造ではありません。近年の研究では、橋・延髄・中脳・視床下部・大脳皮質など複数領域が関わり、レム睡眠への移行を許可したり、維持したり、終了させたりする分散型のネットワークとして理解されるようになっています。

目次

レム睡眠とはどのような状態か

レム睡眠のREMはRapid Eye Movementの略で、急速眼球運動を意味します。

レム睡眠では、脳波は低振幅で速い成分が増え、覚醒時に近い活動パターンを示します。海馬ではシータ波が目立ち、自律神経活動も変動しやすくなります。

その一方、首や手足などの姿勢筋はほとんど力が抜けた状態になります。夢が鮮明になりやすい睡眠段階としても知られています。

このように「脳は活動的なのに体は動きにくい」という組み合わせが、レム睡眠の大きな特徴です。

レム睡眠はノンレム睡眠のあとに周期的に現れる

人の睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠を一晩の中で何度も繰り返します。

一般には、入眠後まずノンレム睡眠へ入り、深い睡眠を経て再び浅くなった後にレム睡眠へ移ります。その後またノンレム睡眠へ戻り、この周期を繰り返します。

つまりレム睡眠は、突然ランダムに現れるのではなく、ノンレム睡眠から一定の条件が整ったときに移行する状態です。

この切り替えを理解するために、睡眠研究ではREM-onとREM-offという二つの神経群の関係が重要視されています。

REM-on神経とREM-off神経がレム睡眠のスイッチを作る

REM-on神経とは、レム睡眠の直前から活動が高まり、レム睡眠中に活発になる神経細胞群です。

一方、REM-off神経は覚醒やノンレム睡眠中に活動し、レム睡眠へ入ると活動が大きく低下する神経群です。

古典的なモデルでは、この二つの神経群が互いに抑え合うことで、レム睡眠を「入る」「入らない」のどちらかへ切り替えやすくするフリップフロップ型の回路を作ると考えられています。

実際の脳ではもっと複雑ですが、この相互抑制はレム睡眠が比較的はっきりした状態として現れる理由を理解する基本になります。

レム睡眠の中心的な回路は橋にある

レム睡眠の発生機構を調べる研究では、脳幹の橋が古くから重要視されてきました。

橋の背側部には、レム睡眠中に活動する神経群が集まっています。動物研究では、この領域を損傷するとレム睡眠が減ったり、レム睡眠中の筋無緊張が失われたりすることが示されています。

とくにげっ歯類では、外側背側被蓋核周辺やsub-laterodorsal nucleusと呼ばれる領域が、レム睡眠の中核回路の一つとして研究されています。

この領域から上向きと下向きの異なる経路が伸び、レム睡眠の脳側の特徴と体側の特徴を分けて作ります。

上向きの経路は大脳と海馬を活性化する

レム睡眠中に脳波が覚醒時に近くなるのは、大脳皮質や海馬へ向かう上行性の神経回路が活発になるためです。

橋やその周辺のREM-on神経は、視床、基底前脳、海馬に関係する領域などへ信号を送ります。

その結果、大脳皮質では速い脳波が増え、海馬ではシータリズムが強くなります。

眠っているにもかかわらず脳が活発に情報処理しているような状態になるのは、この上行性の回路が働くためです。

下向きの経路は骨格筋を強く抑える

レム睡眠のもう一つの特徴が、姿勢を保つ骨格筋の強い筋緊張低下です。

橋のREM-on神経の一部は、延髄や脊髄へ向かって信号を送ります。

とくにsub-laterodorsal nucleus周辺のグルタミン酸作動性神経が、延髄の抑制性神経や脊髄の介在神経を活性化し、最終的に運動ニューロンを抑えます。

この下行性の抑制回路によって、夢の中で走ったり手を動かしたりしても、実際の大きな骨格運動は起こりにくくなります。

筋肉を抑える主役はGABAとグリシン

脊髄の運動ニューロンを抑えるときには、GABAやグリシンといった抑制性神経伝達物質が重要です。

延髄や脊髄の抑制性神経からGABAやグリシンが放出されると、運動ニューロンは活動しにくくなります。

その結果、首、体幹、手足などの筋肉は力が抜けた状態になります。

レム睡眠中の筋無緊張は単なる「筋肉の疲れ」ではなく、脳幹から能動的に送られる抑制信号によって作られています。

筋無緊張は夢の行動化を防ぐ安全装置のように働く

レム睡眠中には鮮明な夢が多く報告されます。

もし脳内の運動指令がそのまま脊髄へ伝われば、夢の中の動作を実際に体で再現してしまう可能性があります。

通常はレム睡眠中の筋無緊張があるため、大きな運動は抑えられます。ただし、呼吸筋や眼球運動に関わる筋などは完全には止まりません。

この筋無緊張回路がうまく働かないと、夢に合わせて手足を動かすレム睡眠行動障害が起こることがあります。

レム睡眠行動障害から筋無緊張回路の重要性がわかる

レム睡眠行動障害では、本来レム睡眠中に起こるはずの筋緊張低下が不十分になります。

その結果、睡眠中に大声を出したり、殴る・蹴るような動きをしたりすることがあります。

この病態や動物実験の研究から、橋から延髄、脊髄へ続く筋抑制回路が、正常なレム睡眠に不可欠であることが確認されています。

つまり、筋肉が動かないことはレム睡眠に付随する偶然の現象ではなく、脳幹回路が積極的に作っている特徴です。

ノルアドレナリン神経はレム睡眠中にほぼ沈黙する

青斑核のノルアドレナリン神経は、覚醒時に活発で、注意や覚醒度の維持に関わります。

ノンレム睡眠に入ると活動が低下し、レム睡眠ではほとんど活動しなくなります。

このため、青斑核は代表的なREM-off神経系の一つと考えられてきました。

近年の研究では、ノンレム睡眠中の青斑核活動がゆっくり変動し、その活動が十分低くなった時間帯にレム睡眠へ入りやすくなることが示されています。

セロトニン神経もレム睡眠では活動が低下する

縫線核のセロトニン神経も、覚醒中に活動し、ノンレム睡眠で低下し、レム睡眠ではほぼ活動を停止する神経群です。

ノルアドレナリン系やセロトニン系からの覚醒性入力が弱まることで、橋のREM-on回路が活動しやすくなります。

つまりレム睡眠は、REM-on神経が強くなるだけでなく、REM-off神経の抑制が外れることでも成立します。

「始める回路」と「止めていた回路」の両方を見ることが重要です。

アセチルコリンはレム睡眠中の脳活性化に関わる

レム睡眠では、橋の脚橋被蓋核や外背側被蓋核などのコリン作動性神経が活発になります。

アセチルコリンは、大脳皮質や視床などの活動を高め、レム睡眠中の覚醒に似た脳波形成へ関わります。

かつてはコリン作動性神経がレム睡眠の中心的な発生源と考えられていました。

現在では、コリン作動性神経だけでレム睡眠を説明するのは不十分で、グルタミン酸作動性・GABA作動性神経を含む複数回路が協調するという理解へ変わっています。

オレキシンはレム睡眠の境界を安定させる

視床下部のオレキシン神経は、覚醒を安定して維持する働きを持ちます。

オレキシン神経はREM-off側の回路にも影響し、覚醒中にレム睡眠が突然入り込まないよう状態の境界を安定させます。

ナルコレプシーではオレキシン神経が失われることが多く、覚醒中にレム睡眠に似た筋脱力や夢様体験が入り込みやすくなります。

このことからも、レム睡眠の発生には「始める仕組み」だけでなく「不適切な時刻には始めない仕組み」が必要だとわかります。

近年はドーパミンや扁桃体もレム睡眠開始に関わることが示されている

近年のマウス研究では、レム睡眠へ移行する直前に特定のドーパミン信号が増え、扁桃体の一部を介してレム睡眠開始へ関与する可能性が示されています。

日本の研究グループは、眠っている動物の脳内活動をリアルタイムに観察することで、従来の橋中心のモデルだけでは説明できなかったレム睡眠開始の調節機構を報告しています。

これはレム睡眠が一つの固定回路だけで作られるのではなく、感情・動機づけに関わる領域からも調節される可能性を示します。

レム睡眠回路の全体像は、現在も更新され続けています。

延髄にもレム睡眠を促す回路がある

最近の研究では、延髄にもレム睡眠を促す神経群があることが示されています。

延髄の一部の興奮性神経は、レム睡眠中に活発になり、レム睡眠の量や橋で生じる特徴的な活動を調節します。

このような結果から、レム睡眠は橋だけで完結する現象ではなく、橋・延髄・中脳・視床下部などがネットワークとして働く状態と考えられます。

中心となる脳幹回路はありますが、それを上流・下流の複数領域が調整しています。

大脳皮質もレム睡眠を受け身で受け取るだけではない

以前は、レム睡眠は脳幹で始まり、その信号を大脳皮質が受け取ると考えられることが多くありました。

しかし近年の動物研究では、前頭前野や後頭部の皮質活動を操作するとレム睡眠の開始や維持が変化することが示されています。

つまり大脳皮質も、レム睡眠中に単に活動するだけではなく、下位の睡眠回路へフィードバックしてレム睡眠を調整する可能性があります。

レム睡眠は「脳幹から大脳への一方向命令」より、脳全体の相互作用として捉える方が現在の知見に近いと考えられます。

急速眼球運動はレム睡眠回路の一部として生じる

レム睡眠の名前の由来である急速眼球運動も、脳幹の活動と関係します。

橋では、眼球運動や視覚系へ影響する短い活動がレム睡眠中に繰り返し起こります。動物ではPGO波やP波と呼ばれる特徴的な活動が研究されています。

これらの信号は、眼球運動や視覚関連領域の活動と同期することがあります。

ただし、急速眼球運動そのものがレム睡眠を作るわけではありません。レム睡眠回路が動くことで現れる複数の現象の一つです。

レム睡眠中には「ずっと同じ状態」が続くわけではない

一回のレム睡眠の中でも、脳と体の状態は一定ではありません。

比較的静かなトニックREMと、眼球運動や筋の小さなぴくつき、自律神経変動が増えるフェージックREMに分けて考えることがあります。

最近の研究では、大脳皮質の活動パターンにもレム睡眠内の段階的な変化があり、その進行に皮質回路が関与する可能性が示されています。

そのためレム睡眠は一枚岩の状態ではなく、内部にも複数のサブ状態があります。

レム睡眠が終わるとREM-off神経が再び活動する

レム睡眠が終わると、青斑核や縫線核などのREM-off神経活動が再び高まります。

これによりREM-on回路が抑えられ、脳波や筋緊張、自律神経の状態がノンレム睡眠または覚醒へ移ります。

この切り替えも単純な一方向の命令ではなく、複数の神経群の活動バランスによって起こります。

REM-onとREM-offの相互作用があることで、レム睡眠はある程度まとまった時間続いた後、比較的はっきり終了できます。

なぜレム睡眠が周期的に繰り返されるのかは完全には解明されていない

レム睡眠が一晩に何度も繰り返されることはよく知られています。

しかし、その周期を正確に何が測っているのかは現在も完全には解明されていません。

中脳や橋のREM-off神経の活動がゆっくり変動すること、レム睡眠を促す神経群の活動が次第に高まること、睡眠圧や体内時計からの影響などが組み合わさると考えられています。

2024年以降の研究では、青斑核活動の数十秒単位の変動や、脳幹ネットワーク全体のゆっくりした活動変化が、レム睡眠へ入れる時間窓を作る可能性も示されています。

レム睡眠の仕組みを知ることは睡眠障害の理解にもつながる

レム睡眠回路の異常は、いくつかの睡眠障害と関係します。

レム睡眠行動障害では筋無緊張回路が十分働かず、ナルコレプシーではオレキシン系の障害によって睡眠・覚醒とレム睡眠の境界が不安定になります。

また、レム睡眠中の呼吸筋や上気道筋の制御は睡眠時無呼吸にも関係します。

そのため、レム睡眠の神経回路を詳しく理解することは、睡眠の基礎科学だけでなく、病態や治療法を考えるうえでも重要です。

まとめ

レム睡眠が成立するのは、脳幹を中心とするREM-on神経群とREM-off神経群の活動バランスが切り替わり、脳と体へ別々の信号が送られるためです。

橋のREM-on回路から上向きの信号が大脳皮質や海馬を活性化すると、覚醒時に近い脳波やシータ活動が現れます。一方、下向きの信号は延髄や脊髄のGABA・グリシン作動性神経を介して運動ニューロンを抑え、骨格筋の筋無緊張を作ります。

同時に、青斑核のノルアドレナリン神経や縫線核のセロトニン神経などREM-off系の活動が低下し、レム睡眠へ入りやすい条件が整います。オレキシン、アセチルコリン、ドーパミン、延髄や皮質の回路も、この切り替えを安定化・調節します。

つまりレム睡眠は、一つの場所が作る単純な睡眠段階ではありません。脳幹を中心に脳全体の複数回路が協調し、「活発な脳」と「動きにくい体」という独特な組み合わせを周期的に作り出す神経状態なのです。

参考資料

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