なぜ山の侵食の速さは雨や植生によって変わるのか?

結論からいうと、山の侵食速度が雨や植生によって変わるのは、雨が土や岩を動かす力を生み、植生がその力を弱めたり、水の流れ方を変えたりするからです。 強い雨が降ると、雨滴が地表をたたき、地面を流れる水や川の流量が増えて、土砂を運ぶ力が大きくなります。一方、下草や落葉などで地表が覆われていると、雨滴の衝撃が弱まり、表面流も起こりにくくなるため、表土の侵食は抑えられやすくなります。

ただし、「雨が多いほど必ず侵食が速い」「木が多いほど必ず侵食が遅い」と単純には言えません。侵食には雨量だけでなく、雨の強さ、降り続く時間、斜面の急さ、土や岩の性質、地表の被覆率、川の流れなどが関係します。また、森林でも林床の下層植生や落葉が乏しければ、表面侵食が起こりやすくなる場合があります。

目次

そもそも山の「侵食速度」とは何か

侵食とは、地表の土や岩石が水、氷、風、重力などによって削られ、別の場所へ運ばれる作用です。

山では、雨滴による土粒子のはね飛ばし、斜面を流れる水による表面侵食、川による谷の侵食、崩壊や土石流による土砂移動などが同時に起こっています。

「侵食速度」は、こうした作用によって一定期間にどれだけ地表物質が失われたか、あるいは地表がどれだけ低下したかを表す考え方です。短期的には一度の豪雨で大量の土砂が動くことがあり、長期的には小さな侵食が何千年、何万年と積み重なって谷や斜面の形を変えていきます。

理由1:強い雨ほど雨滴の衝撃が大きくなる

雨が地面に当たると、雨滴の運動エネルギーによって土粒子がはね飛ばされます。これを雨滴侵食といいます。

林野庁は、裸地では雨滴の衝撃によって表面の土粒子が壊され、水を通しにくい膜のような状態ができることがあり、その結果、雨水が地中へしみ込みにくくなって表面流が増え、表面侵食が進みやすくなると説明しています。

一方、下草や落葉が地面を覆っていると、雨滴が土へ直接ぶつかりにくくなります。そのため、土粒子がはね飛ばされる量を減らすことができます。

つまり、同じ年間降水量でも、弱い雨が長く降る場合と、短時間に激しい雨が集中する場合では、地表への作用が同じとは限りません。

理由2:雨が多いと表面流が増え、土砂を運びやすくなる

地表に降った雨のすべてが地下へしみ込むわけではありません。雨の一部は地表を流れ、沢や川へ向かいます。

USGSは、降雨が地中へしみ込まず流出する量は、雨の強さ、雨量、降り続く時間、先行する降雨、植生、土壌、斜面などによって変わると説明しています。

特に短時間に強い雨が降り、土壌の浸透能力を超えると、地表を流れる水が増えます。流れる水には土粒子をはがし、下方へ運ぶ力があります。

斜面が急で流れが速いほど、土砂を運ぶ能力は大きくなりやすくなります。そのため豪雨時には、普段ほとんど変化しない斜面でも、一度に大量の土が失われることがあります。

理由3:川の水量が増えると谷を削る力も大きくなる

山に降った雨は、やがて沢や川へ集まります。雨が多いと河川流量が増え、流速も大きくなる場合があります。

流量や流速が大きくなると、川底や河岸の砂礫を動かす力が強まり、谷を削る侵食も活発になります。

特に豪雨時には、普段は動かない大きな礫や岩塊まで移動することがあります。土砂を多く含む流れは、谷底や谷壁をさらに削ることがあります。

このため、山の侵食速度は斜面上の雨滴や表面流だけでなく、流域全体から集まる河川の流れによっても変わります。

理由4:雨量だけでなく「雨の降り方」が重要

山の侵食を考えるときは、年間降水量だけでは十分ではありません。

たとえば年間1000mmの雨でも、弱い雨が多くの回数に分かれて降る場合と、数回の豪雨に集中する場合では、侵食の起こり方が異なります。

神奈川県丹沢山地の森林斜面を調べた研究では、土壌侵食量は降雨量や地表流流出量と関係し、特に地表流流出量との相関が高いことが示されています。また、夏季には土壌侵食量が多く、年間観測期間中の侵食量の大きな割合を占めていました。

つまり、侵食速度を左右するのは「雨が何mm降ったか」だけでなく、「どれくらい強く降り、どれだけ地表流が発生したか」なのです。

理由5:先に降った雨も侵食の起こりやすさを変える

同じ強さの雨でも、その前に雨が続いていたかどうかで斜面の状態は変わります。

土壌が乾いていると、雨水の多くが地中へしみ込むことがあります。しかし、すでに土壌が多くの水を含んでいると、新たな雨が地表流になりやすくなります。

USGSも、流出量を左右する要因として、先行する降雨とそれによる土壌水分を挙げています。

そのため、弱い雨が何日も続いた後に強い雨が降ると、一気に流出が増え、侵食や斜面崩壊が起こりやすくなる場合があります。

植生はなぜ表面侵食を抑えられるのか

植生が侵食へ与える影響で特に重要なのが、地表面の被覆です。

林野庁は、森林の下草や落葉などが雨滴の衝撃を吸収し、土壌の浸透能を高く保つことで表面流を抑え、表面侵食の防止に役立つと説明しています。

地表を覆う植物や落葉には、主に次のような働きがあります。

  • 雨滴が直接土へ当たるのを防ぐ
  • 地表面を粗くして、水の流れを遅くする
  • 落葉や有機物が水を一時的に保持する
  • 土壌表面が固く締まり、浸透しにくくなるのを防ぐ

このため、同じ傾斜・同じ雨でも、裸地より地表がよく覆われた斜面のほうが表土を失いにくい場合が多くあります。

「木があるか」より林床被覆が重要なことがある

森林ならどこでも表面侵食が少ないわけではありません。

林野庁の資料では、表面侵食防止には樹木の存在だけでなく、地表近くの下層植生や落葉・落枝による被覆が特に重要とされています。

たとえば樹冠が閉じて林内が暗くなり、下草が少なく、落葉も地表に残りにくい森林では、地面が露出して雨滴侵食や表面流侵食が起こることがあります。

つまり「森林か裸地か」という二択ではなく、実際に地表が何でどれくらい覆われているかを見ることが重要です。

丹沢では林床被覆が低いほど侵食量が増えた

神奈川県丹沢山地では、シカの採食によって林床植生が衰退した森林斜面で土壌侵食が研究されています。

日本森林学会誌に掲載された研究では、林床植生とリターを合わせた林床被覆率が低いほど、雨量1mm当たりの土壌侵食量が大きくなる明瞭な関係が確認されました。

別の調査でも、植生被覆率が低いプロットでは年間を通じて土壌侵食量が多く、特に林床被覆が低下し、降雨の多い夏季に侵食量が増えていました。

この例は、同じ森林地域でも、植生の状態が変わると侵食速度が変わり得ることを示しています。

植物の根はどんな役割を持つのか

植物の根は、地表近くの土を絡め、土粒子や小さな岩片をつなぎとめる働きを持っています。

林野庁は、樹木の根が土砂や岩石を固定し、隣接する根どうしが絡み合うことで、表層崩壊を抑える働きがあると説明しています。

ただし、根の効果と表面侵食を抑える効果は同じではありません。雨滴や表面流による侵食には、下層植生や落葉による地表被覆の影響が大きく、深い地すべりでは根が届く範囲を超えて崩れることもあります。

つまり植生は、地表を覆う作用と根で土を支える作用の両方を持ちますが、その効果は侵食や崩壊の種類によって異なります。

植生が失われると侵食速度はどう変わるのか

植生や落葉が失われると、雨滴が地表へ直接当たりやすくなり、表面流も速くなります。

USGSが半乾燥地域の斜面で行った降雨実験では、自然植生が残る区画、地上部を刈った区画、植生と落葉を除去した裸地区画を比較したところ、裸地区画の土壌損失量は自然区画より非常に大きくなりました。

この結果は、植物体だけでなく、地表を覆う落葉や有機物が侵食を抑えるうえで重要であることを示しています。

山火事、過度な採食、伐採後の裸地化、工事などで地表被覆が急に失われると、その後の強い雨で侵食が急増することがあります。

ただし植生があれば侵食が止まるわけではない

森林や草地にも侵食は起こります。

非常に強い豪雨では、植生があっても土壌の浸透能力を超えて表面流が発生することがあります。川が増水すれば河岸や谷底の侵食も進みます。

また、急斜面では地下水位が上昇し、根より深い場所から地すべりや崩壊が起きることもあります。

植生は侵食を抑える重要な要因ですが、降雨の強さ、地質、地形など他の条件を無効にするものではありません。

雨が多い地域でも植生が豊かなら侵食は遅くなるのか

表面土壌の侵食だけを見れば、地表被覆が豊かなほど抑えられやすい傾向があります。

しかし、山全体の長期的な侵食速度はもっと複雑です。

雨が多い地域では植物がよく育ち、表土を守る一方、河川流量も多くなり、深い谷を刻む力が強くなることがあります。さらに温暖湿潤な環境では化学的風化が進み、岩石が弱くなる場合もあります。

そのため、植生は主に地表近くの土壌侵食を抑えていても、流域全体では河川侵食や風化が活発という場合があります。

「山の侵食速度」を考えるときは、表面土壌、斜面崩壊、河川による岩盤侵食など、どの現象を見ているかを区別する必要があります。

植生は逆に風化を進めることもある

植物は侵食を抑えるだけでなく、岩石の風化を助ける側面もあります。

植物の根が岩の割れ目へ入り込むと、成長によって亀裂が広がることがあります。また、土壌中の二酸化炭素や有機酸は鉱物の化学反応を進めます。

ただし、風化によって岩石が弱くなることと、その物質が実際に運び去られる侵食は別の過程です。

植生は岩石を土へ変える風化を助けながら、地表を覆って土が流されるのを抑えることもあります。自然界では、この二つの作用が同時に進んでいます。

斜面の急さによって雨と植生の効果は変わる

同じ雨量・同じ植生でも、斜面が急であるほど水は下方へ流れやすくなります。

急斜面では重力の影響も強いため、表土がはがれた後に下方へ移動しやすくなります。また、谷に近い場所やくぼ地では周囲から水が集まり、侵食が集中することがあります。

そのため、林床被覆率だけで侵食量が決まるわけではありません。日本の森林斜面を調べた研究でも、侵食の発生には林床被覆だけでなく地形条件が関係していました。

土や岩の性質でも侵食速度は変わる

雨と植生の影響は、土質や地質によっても変わります。

粘土が多い土、砂質の土、火山灰土、風化した花こう岩などでは、水のしみ込みやすさや粒子の結びつきが違います。

水がしみ込みにくい地面では表面流が生じやすく、逆に水がしみ込みやすくても、地下水が特定の層にたまれば斜面崩壊につながる場合があります。

同じ植生・同じ雨でも、地質が違えば侵食速度は同じになりません。

山の侵食速度が速くなる条件を整理すると

  • 強い雨:雨滴の衝撃と表面流を強める
  • 長時間の雨:土壌を湿らせ、流出や地下水を増やす
  • 先行降雨:土壌がすでに湿っていると、新しい雨が流出しやすくなる
  • 林床被覆の低下:雨滴が土へ直接当たり、表面流が増えやすくなる
  • 急斜面:水と土砂が下方へ移動しやすい
  • 集水地形:水が集中し、侵食力が増しやすい
  • 風化した地質:弱くなった土や岩が運ばれやすい

反対に、下層植生や落葉で地表がよく覆われ、雨水が地中へ浸透しやすく、表面流が少ない斜面では、表面土壌の侵食は抑えられやすくなります。

気候変動で山の侵食速度も変わる可能性がある

気候変動によって大雨の頻度や強度、植生の分布が変われば、山の侵食速度も変化する可能性があります。

強い降雨が増えれば、表面流、河川流量、崩壊、土石流などによる土砂移動が増える地域があります。一方、気温や乾燥の変化、シカなどの食害、森林管理によって林床植生が減れば、雨滴や表面流による土壌侵食が増えることがあります。

このため、将来の山地侵食を考えるときは、降水量の変化だけでなく、森林や草地の状態も同時に見る必要があります。

まとめ

山の侵食速度が雨や植生によって変わる最大の理由は、雨が土砂を動かすエネルギーを与え、植生がそのエネルギーを受け止めたり、水の流れを変えたりするからです。

  • 強い雨は雨滴の衝撃で土粒子をはがす
  • 雨量や降雨強度が増えると表面流や河川流量が増え、土砂を運ぶ力が強くなる
  • 先行降雨で土が湿っていると流出が増えやすい
  • 下層植生や落葉は雨滴を受け止め、表面流を抑えて表面侵食を減らす
  • 森林でも林床被覆が乏しければ侵食が起こりやすくなる
  • 植物の根は表層土を支えるが、深い崩壊まですべて防げるわけではない
  • 山全体の長期侵食速度は、雨・植生だけでなく地質、斜面、河川、風化などの組み合わせで決まる

つまり、山の侵食は「雨が削る」「森林が守る」という単純な二つの作用ではありません。雨の降り方、地表を覆う植生、土や岩の性質、斜面の形、水の集まり方が組み合わさることで、場所ごとに異なる侵食速度が生まれているのです。

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