「宇宙空間は何度ですか?」という質問には、実は一つの数字だけでは答えられません。
宇宙には非常にまばらな粒子があり、光や赤外線などの放射が飛び交い、そこに人工衛星や宇宙服のような物体も存在します。ところが、粒子の温度、放射の温度、物体の温度は同じものではありません。
そのため、宇宙空間の「温度」を理解するには、何の温度を測っているのかを最初に区別する必要があります。
温度は「物質の状態」を表す量
日常では、気温や水温のように、周囲の物質が十分に密集している環境で温度を測ります。
気体では、分子や原子がどのくらい激しく熱運動しているかが温度と関係します。
地上の空気では分子同士が頻繁に衝突するため、エネルギーが交換され、ある場所の空気を一つの温度で表しやすくなります。
宇宙では粒子が少なすぎて、地上の「気温」の感覚が使いにくい
宇宙空間は高真空で、地上の空気に比べて粒子密度が極端に低くなります。
たとえばNASAの太陽系基礎資料では、地球付近の惑星間空間は1立方センチメートルあたり数個程度の粒子しかない例が示されています。
粒子一個一個が高速で動いていて「粒子温度」が高くても、そもそもの粒子数が少ないため、大きな物体へ渡せる熱エネルギーは限られます。
粒子温度が高くても、宇宙船が同じ温度になるわけではない
NASAは、宇宙の希薄な粒子について、粒子温度が数千Kや100万Kになる領域があっても、大きな物体の温度はその値にはならないと説明しています。
理由は、温度と「実際に渡せる熱量」が同じではないからです。
粒子が非常に少なければ、たとえ一粒一粒のエネルギーが大きくても、宇宙機へ衝突して運べる総エネルギーは小さくなります。
太陽コロナが100万度でも探査機がすぐ溶けないのはなぜか
太陽コロナは非常に高い粒子温度を持ちます。
NASAはParker Solar Probeについて、コロナの粒子は非常に高温でも密度が低いため、探査機へ渡す熱は温度の数字だけから想像するほど大きくないと説明しています。
探査機の熱設計で重要なのは、「周囲の粒子温度」だけでなく、粒子密度、太陽光から受ける放射、探査機自身の放熱を合わせたエネルギー収支です。
宇宙には「粒子の温度」と「放射の温度」がある
宇宙には物質粒子だけでなく、電磁波も存在します。
十分に遠い深宇宙では、宇宙背景放射がほぼ全方向から届いています。そのスペクトルは約2.7Kの黒体放射に対応します。
このため「宇宙の温度は約3K」と説明されることがあります。
ただし、これは宇宙空間に浮かぶすべての物体が約3Kになるという意味ではありません。
約3Kは「宇宙背景放射の放射温度」
約2.7Kという値は、宇宙背景放射のエネルギー分布を黒体温度で表したものです。
太陽光を強く受けている人工衛星や惑星表面は、当然それよりはるかに高温になります。
反対に、太陽光を遮り、内部発熱も小さく、深宇宙へ効率よく放熱できる機器なら非常に低温へ近づくことができます。
物体の温度は「入ってくる熱」と「出ていく熱」で決まる
宇宙機の温度を考えるとき、最も重要なのはエネルギー収支です。
NASAの宇宙機熱制御資料では、宇宙機の温度は主に、直接太陽光、惑星からの反射光、惑星の赤外放射、機器の内部発熱と、宇宙機自身が赤外線として放出する熱のバランスで決まると説明されています。
入ってくるエネルギーが多ければ温度は上がり、放出するエネルギーが多ければ下がります。
真空では外部との対流がほぼない
地上では、暖かい物体の周囲で空気が温まり、その空気が移動する対流によって熱が運ばれます。
しかし宇宙の高真空では、周囲の気体が極端に少ないため、外部との対流はほとんど起こりません。
NASAの熱制御資料でも、真空中で外部との熱交換は主に放射で行われると説明されています。
そのため宇宙機では、表面から赤外線として熱を逃がせるかどうかが非常に重要になります。
太陽光が当たれば、真空でも物体は加熱される
太陽光は電磁波なので、真空を通って宇宙機へ届きます。
表面がその光を吸収すれば、光のエネルギーが内部エネルギーへ変わり、温度が上がります。
JAXAは、地球周回軌道の物体表面では、日陰側が約マイナス150℃、太陽光が当たる側が約プラス120℃になる例を紹介しています。
同じ「宇宙空間」にいても、光を受ける条件で物体温度は大きく変わるのです。
だから「宇宙は寒い場所」とだけ言うのは正確ではない
宇宙空間には冷たい空気が満ちているわけではありません。
むしろ空気がほとんどないため、地上のように周囲の空気温度へ物体が近づくことがありません。
日なたでは太陽光を吸収して高温になり、日陰では赤外線として熱を放出して低温になるという、放射中心の熱環境になります。
同じ場所でも、表面材料が違えば温度が変わる
宇宙機表面では、太陽光をどれだけ吸収するかと、赤外線をどれだけ放射しやすいかが温度を左右します。
JAXAは、表面材料によって太陽光の吸収と熱放射の性質が異なるため、人工衛星は材質を組み合わせて温度を制御すると説明しています。
同じ軌道、同じ太陽光でも、黒い面、白い面、金属膜、断熱材では平衡温度が変わります。
宇宙機には「平衡温度」がある
物体は温度が上がるほど赤外線を強く放射します。
太陽光などから受け取るエネルギーと、自分が放射するエネルギーが釣り合うと、それ以上は大きく温度が変わりにくくなります。
この状態の温度を熱平衡温度として考えることができます。
ただし、太陽との距離、姿勢、表面材料、内部発熱が変われば、その平衡温度も変わります。
地球周回軌道では、太陽だけでなく地球も熱源になる
地球を回る人工衛星は、太陽からの直接光だけでなく、地球が反射した太陽光や、地球自身が放つ赤外線も受け取ります。
そのため、衛星が地球をどの方向に見ているかでも熱収支が変わります。
NASAの熱モデルでも、太陽光、アルベド、惑星赤外線を別々の入熱として扱っています。
内部の電子機器も「自分で熱を作る」
宇宙機のコンピューター、通信機器、バッテリー、観測装置は電力を使い、その一部を熱へ変えます。
真空だから自然に冷えるのではなく、この熱も最終的にはラジエータなどから赤外線として宇宙へ放出する必要があります。
放熱が足りなければ、日陰側でも機器は過熱することがあります。
ISSの中には空気があるので「室温」を作れる
ISSの与圧室内には空気があります。
そのため船内では、地上と同じように空気を循環させ、熱交換器で熱を集めることができます。
JAXAは、ISS内部の発熱を空気循環や水冷プレートで回収し、最終的に外部ラジエータから宇宙空間へ放熱すると説明しています。
「宇宙空間の温度」と「宇宙船の室温」は別のものです。
太陽から遠ざかるほど、物体の温度条件は変わる
太陽から届く光の強さは、距離が遠くなるほど小さくなります。
そのため、水星探査機では過熱対策が重要になり、木星・土星など外側の太陽系では低温対策が重要になります。
同じ宇宙機でも、太陽からの距離によって必要な熱設計は変わります。
星間空間でも場所によって粒子温度は違う
NASAの太陽系基礎資料では、太陽系近傍の星間空間でも、領域によって粒子密度と粒子温度が大きく違う例が示されています。
数千K程度の比較的低温な星間雲もあれば、100万K級の非常に希薄な領域もあります。
つまり「宇宙粒子の温度」だけを見ても、宇宙全体を一つの値で表すことはできません。
プラズマでは電子とイオンで温度が違う場合もある
宇宙空間の多くの領域では、物質は電子とイオンに分かれたプラズマとして存在します。
衝突が少ないプラズマでは、電子とイオンの間でエネルギーが十分に交換されず、それぞれ異なる温度を持つ場合があります。
さらに、進行方向によって速度分布が異なれば、方向ごとに別の温度を使って記述することもあります。
高真空・低衝突の宇宙では「温度」という概念そのものが地上の気体より複雑になります。
温度計を宇宙へ置けば「宇宙そのものの温度」が測れるわけではない
温度計も一つの物体です。
宇宙空間へ置けば、太陽光を吸収し、地球や他の天体からの放射を受け、自分でも赤外線を放出します。
したがって温度計が示す値は、その装置自身の熱収支で決まります。
それをそのまま「宇宙空間の温度」と呼ぶことはできません。
宇宙の温度を測るには、何を知りたいかで観測方法が変わる
| 知りたいもの | 主な測り方 |
|---|---|
| 希薄気体・プラズマの温度 | 粒子の速度分布やエネルギー分布を測る |
| 宇宙背景放射の温度 | 電磁波スペクトルを測って黒体温度として求める |
| 宇宙機の表面温度 | 温度センサーや赤外放射を測る |
| 惑星表面の温度 | 赤外観測や着陸機のセンサーで測る |
W01354との違いは「温度差の原因」ではなく「温度という量の意味」
W01354では、宇宙機の日なたと日陰で大きな温度差が生まれる理由を、真空中の熱移動と放射収支から説明します。
本記事W01364では、さらに基礎へ戻り、「宇宙の温度」と呼ばれるものがなぜ一種類ではないのかを整理します。
つまりW01354が「物体の温度がどう変化するか」、W01364が「粒子温度・放射温度・物体温度をどう区別するか」を扱う記事です。
W01361との違いは「分子の衝突」ではなく「温度の定義」
W01361では、高真空で気体分子同士の衝突が減り、平均自由行程が長くなる仕組みを扱います。
本記事では、そのような低衝突環境では局所的な熱平衡が成立しにくく、地上のように一つの温度で表すことが難しくなる点へ進みます。
宇宙の「温度」を整理すると分かりやすい
| 温度の種類 | 何を表すか | 注意点 |
|---|---|---|
| 粒子温度 | 原子・イオン・電子の運動エネルギー | 高温でも密度が低ければ物体へ渡す熱は小さい |
| 放射温度 | 電磁波のスペクトルを黒体温度で表したもの | 宇宙背景放射は約2.7K |
| 物体温度 | 宇宙機・惑星など実体の温度 | 入射放射・内部発熱・放熱の収支で決まる |
| 室温 | ISS内部など与圧された気体の温度 | 人工的な環境制御で維持される |
まとめ
宇宙空間の「温度」を一つの数値で表せないのは、宇宙では粒子、放射、物体がそれぞれ別の方法でエネルギーを持ち、しかも高真空のため互いにすぐ熱平衡にならないからです。
- 希薄な粒子の温度は、粒子の速度分布から決まります。
- 粒子温度が高くても、密度が低ければ宇宙機へ渡す熱は小さいことがあります。
- 約2.7Kという値は宇宙背景放射の放射温度で、すべての物体の温度ではありません。
- 宇宙機の温度は、太陽光・惑星放射・内部発熱と赤外放熱のエネルギー収支で決まります。
- 高真空では外部との対流がほぼないため、地上の「気温」の感覚をそのまま使えません。
- 同じ場所でも、材質・姿勢・太陽からの距離が違えば物体温度は変わります。
つまり「宇宙は何度?」という問いには、まず「何の温度を知りたいのか?」と問い返す必要があります。宇宙では、粒子の運動、飛び交う放射、そこに置かれた物体の熱収支が別々に存在するため、一つの温度だけでは宇宙環境を表せないのです。
参考資料
- JAXA「宇宙では、どの位温度が高温になったり低温になったりするのですか」
- JAXA「ISS与圧室ではどうやって温度制御するのですか」
- NASA Science「Chapter 1: The Solar System」
- NASA「7.0 Thermal Control」

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