魚の群れには、何千匹もの個体が密集して同じ方向へ泳ぐものもあれば、数匹から数十匹がゆるく集まるものもあります。同じ魚種でも、捕食者が多い場所では群れが密になり、濁った水や低酸素の環境では群れが広がったり崩れたりすることがあります。
この違いは、「魚は群れる種類か、群れない種類か」という二択だけでは説明できません。群れの大きさ、個体間距離、進行方向のそろい方、群れを作る時間帯や成長段階は、魚種の性質と、そのときの環境条件の両方によって変化します。
つまり魚の群れは固定された形ではなく、捕食の危険、餌の分布、光や水の透明度、酸素量、水流、個体の成長段階などに応じて変わる柔軟な集団なのです。
「群れ」といっても、まとまり方には段階がある
魚が同じ場所に集まっていても、全個体が同じ向きへ整然と泳いでいるとは限りません。比較的ゆるい社会的な集合では、個体同士は近くにいても進行方向がばらばらなことがあります。一方、個体間距離を保ちながら進行方向をそろえる群泳では、集団全体が一つのまとまりとして動きます。
魚類の集団行動を扱う研究では、こうした社会的集合は非常に多様で、群れの形や密度は生態的な状況によって変化すると考えられています。
海外の魚群行動レビューでも、魚の社会的集合は捕食回避、採餌、移動など複数の機能を持ち、自然環境の条件によって集団の形が変わることが整理されています。
したがって「群れを作る魚」という一つのカテゴリーの中にも、強く方向をそろえる種類、ゆるく集まる種類、特定の成長段階だけ群れる種類など、大きな違いがあります。
魚種によって「群れやすさ」が違う
魚類全体では、群れ行動は広く見られますが、すべての魚が同じ強さで群れるわけではありません。
イワシやニシンなどのように外洋や沿岸で大きな群れを作る魚がいる一方、縄張りを持って単独で生活することが多い魚もいます。底生魚の中には、餌場や繁殖場所では集まっても、日常的には分散している種類もいます。
さらに、同じ魚種でも仔魚・稚魚・成魚で群れ行動が変わる場合があります。日本水産学会誌の益田玲爾による総説では、魚類の群れ行動は発達に伴って変化し、感覚や遊泳能力、社会的な反応が成長とともに形成されていくことが論じられています。
つまり群れの違いには、魚種の進化的な生活様式だけでなく、個体の成長段階も関係しています。
捕食者が多い場所では、群れが大きく密になることがある
群れを作る代表的な利点の一つは、捕食される危険を減らせることです。
個体数が増えると、一匹あたりが狙われる確率が下がる「希釈効果」が生じる場合があります。また、多数の魚が同時に動けば、捕食者が特定の一匹を追い続けにくくなる混乱効果も期待できます。
実際にグッピーの自然集団を比較した研究では、捕食圧の高い環境に由来する魚は、捕食圧の低い環境の魚より大きく、より結束した群れを形成しました。これは捕食者の存在が、個体間の接近・離反の反応そのものに長期的な影響を与え得ることを示しています。
ただし、捕食者がいれば常に巨大な群れになるわけではありません。大きな群れは見つかりやすくなる可能性があり、餌の競争も増えます。そのため、捕食回避の利益と集団生活のコストのバランスによって適した群れサイズが変わります。
餌がまとまっているか、散らばっているかでも群れ方が変わる
群れは捕食回避だけでなく、餌を見つけることにも役立ちます。
餌がまばらな場所では、複数の個体が別々の方向を探索することで、誰かが餌場を見つける確率が上がることがあります。ある個体の採餌行動を見て、ほかの個体が餌の場所を知ることもできます。
一方、見つけた餌が少量しかなければ、群れの個体数が多いほど競争が激しくなります。その場合、群れを維持する利益より、仲間と餌を取り合う不利益が大きくなることがあります。
そのため、餌が大きな群として存在する海域では大規模な魚群が維持されやすい一方、小さな餌場が分散する環境では、より小さな群れや一時的な集合が有利になる場合があります。
魚群行動のレビューでも、群れによる採餌情報の共有には利益がある一方、餌をめぐる競争というコストがあることが指摘されています。
水が濁ると、群れのまとまり方が変わる
多くの魚は、近くの仲間の位置や向きを視覚で確認しています。そのため、水が濁って見通しが悪くなると、群れの調整が難しくなる場合があります。
グッピーを使った実験では、濁った水では個体が周囲の魚の位置情報を利用しにくくなり、透明な水に比べて群れが分断されやすくなりました。
一方、魚は視覚だけで仲間を感知しているわけではありません。側線によって近距離の水流変化を感じるため、視界が悪くても一定の距離調節や衝突回避は可能です。
それでも、遠めの個体まで見渡して方向をそろえるには視覚が重要な魚種が多いため、水の透明度は群れの密度や方向のそろい方に影響します。
したがって、透明な外洋と濁りやすい河川・沿岸では、同じ種類の魚でも群れのまとまり方が変わる可能性があります。
低酸素になると、密集した群れを保てないことがある
魚が密集すれば、同じ水塊の中で多くの個体が呼吸するため、酸素消費も大きくなります。水中の酸素が十分なら問題にならなくても、低酸素環境では群れの維持そのものが負担になることがあります。
低酸素と魚群の関係をまとめたレビューでは、酸素濃度が下がると群れの体積が大きくなり、個体間距離が広がり、さらに厳しい低酸素では群れが崩れることがあると整理されています。
魚は低酸素になると、えらへ水を多く通したり遊泳行動を変えたりします。密集したままでは仲間同士の位置調整に使える空間が少なく、局所的な酸素消費も増えるため、群れを広げることが有利になる場合があります。
つまり、捕食者が多いと群れを密にする方向へ働くことがある一方、低酸素は群れを広げる方向へ働くことがあります。自然界では、こうした複数の条件が同時に作用しています。
水温も群れの大きさや活動性へ影響する
魚は外温動物なので、水温が変わると代謝や遊泳能力、反応速度が変化します。
水温が適温範囲内で上がれば活動性が高まることがありますが、高温になりすぎれば酸素需要が増え、低酸素への耐性が下がる場合があります。
群れを維持するには、周囲の魚へ素早く反応し、速度や方向を合わせ続ける必要があります。そのため水温による運動能力や代謝の変化は、個体間距離や群れの結束度にも影響し得ます。
近年の研究では、水温、低酸素、海洋酸性化などの環境ストレスが、魚の社会性や群れのまとまりへどのような影響を与えるかが研究されています。
ただし、水温の影響は魚種ごとの適温によって異なります。冷水性魚と熱帯性魚で同じ温度変化への反応を一律に説明することはできません。
流れの強い場所では、群れの形や個体間距離が変わる
水流も群れの形を左右します。流れが強い川や波のある沿岸では、魚は仲間だけでなく水そのものから常に力を受けます。
魚は流れに対して体の向きをそろえたり、流れの弱い場所へ移動したりします。その結果、静水中の群れとは異なる細長い配置や間隔が生じることがあります。
また、群泳する魚同士が作る渦や流れを利用して、条件によっては遊泳コストを減らせる可能性も研究されています。しかし、どの位置が最も省エネルギーになるかは、魚種、尾びれの運動、泳ぐ速度、個体間距離によって変わります。
したがって「群れれば必ず省エネルギー」というわけではありません。流体力学的な利益は、群れの配置条件に強く依存します。
開けた場所と複雑な場所では、群れの作りやすさが違う
外洋や広い湖のように障害物が少ない場所では、多数の個体が大きな群れを作り、同じ方向へ移動しやすくなります。
一方、サンゴ礁、岩場、水草帯、倒木の多い川では、障害物によって魚同士が見えなくなったり、一列や小集団に分かれたりします。隠れ場所が多ければ、捕食者から身を守るために大きな群れへ参加する必要性が下がる場合もあります。
逆に、隠れ場所から離れて開けた空間へ出るときだけ群れが密になる魚もいます。
このように「群れの大きさ」は魚の性質だけでなく、利用できる隠れ場所や移動空間の広さにも左右されます。
同じ魚種でも、成長すると群れ方が変わる
魚の群れ行動は、生涯同じとは限りません。
仔魚の段階では遊泳能力や視覚が未発達で、成長とともに周囲の個体へ反応できる距離や速度が変わります。稚魚期には捕食されやすいため大きな群れを作り、成長して体が大きくなると小群や単独生活へ移る魚もいます。
反対に、繁殖期や回遊期だけ大規模な群れを形成する魚もいます。
益田玲爾の総説でも、群れ行動は発生・成長の過程で形成され、単純な反射的反応から、より複雑な社会的行動へ発達していくことが論じられています。
したがって魚種を比較するときは、成魚だけでなく、どの成長段階の群れを見ているかも重要です。
群れの大きさには「利益」と「コスト」の両方がある
大きな群れには、捕食危険の希釈、捕食者の早期発見、餌情報の共有などの利点があります。
一方で、餌の競争、酸素消費、病原体や寄生虫の伝播、仲間との衝突などのコストも増える可能性があります。
そのため、群れは大きければ大きいほど有利とは限りません。環境によって利益とコストの釣り合う点が変わり、それが群れサイズや密度の変化につながります。
さらに、群れの端と中心では捕食危険や餌への到達しやすさが違います。個体は単に群れへ参加するだけでなく、集団の中でどこに位置するかによっても利益とコストが変わります。
なぜ魚の群れは、種類や生息環境によって大きさやまとまり方が違うのか
答えは、群れを作る利益とコストが、魚種と環境によって違うからです。
捕食圧が高い環境では、大きく密な群れが一匹あたりの捕食危険を下げる場合があります。餌の分布によっては仲間から情報を得られる一方、競争が強くなれば小さな群れの方が有利になることもあります。
濁りは視覚的な仲間認識を難しくし、低酸素では密集した群れを維持する生理的負担が大きくなります。水温、水流、障害物の多さ、成長段階も群れの大きさや結束度を変えます。
つまり魚の群れは、種類ごとに決まった一つの形ではありません。魚が持つ感覚・運動能力と、捕食者、餌、水質、流れなどの条件が組み合わさり、その場で利益の大きい集団形態へ変化する動的な社会行動なのです。
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参考文献・出典
- 益田玲爾「魚類の群れ行動の個体発生:反射の連鎖から社会の形成まで」日本水産学会誌(2011)
- Sumpter D.J.T. et al. “From behavioural analyses to models of collective motion in fish schools”(2012)
- Herbert-Read J.E. et al. “How predation shapes the social interaction rules of shoaling fish”(2017)
- Domenici P. et al. “The effect of hypoxia on fish schooling”(2017)

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