昆虫の社会性は、種類ごとに完全に固定されているとは限りません。アリやミツバチのように高度な真社会性をもつ昆虫では、基本的な社会構造は一年を通して維持されます。一方、コハナバチの仲間などには、同じ種でも季節の長さや気温、発育できる時間によって、単独で子育てする場合と、娘がワーカーとして母親を助ける社会生活をする場合がある種類が知られています。
この違いの鍵は、社会生活そのものの「好き嫌い」ではありません。第一世代の娘をワーカーとして働かせ、その後に第二世代の繁殖個体を育てるには、十分な暖かさと長い活動期間が必要だからです。
つまり「昆虫の社会性が季節や環境で変化する」とは、すべての社会性昆虫が毎年社会をやめたり始めたりするという意味ではなく、環境条件によって社会生活を完成できるかどうかが変わる種や、季節によってコロニー内の役割構成が変わる種がいるという意味です。
社会性は季節によって本当に変わるの?
変わる例があります。特に研究が進んでいるのが、コハナバチ科の一部です。
社会性を示すコハナバチでは、春に越冬した雌が一匹で巣をつくり、最初の子を育てます。その第一世代の娘の一部が巣に残ってワーカーとなり、母親を助けて第二世代を育てれば真社会性の生活環になります。
しかし、活動できる季節が短いと、第一世代が成虫になるころには第二世代を育てる時間が残っていません。その場合、娘はワーカーにならず、そのまま繁殖個体として越冬へ向かうほうが有利になります。
同じ種でも「ワーカー世代を一回はさめるだけの時間があるか」が、単独性と社会性の分かれ目になることがあるのです。
北海道でも同じ種が単独性と社会性を示すの?
示します。北海道で研究されたシオカワコハナバチ Lasioglossum baleicum は、社会性の環境依存を示す代表例です。
研究では、涼しく活動期間が短い場所では単独性を示す一方、より暖かい場所では真社会性を示しました。さらに同じ地域の中でも、日当たりのよい暖かい場所では社会性の巣が見られ、日陰の涼しい場所では単独性の巣が見られました。
この違いは、気温の積算値、つまり発育に利用できる有効積算温度と関係していました。暖かい場所では第一世代の娘が十分早く羽化し、ワーカーとして働いた後に第二世代を育てる時間を確保できます。
逆に涼しい場所では第一世代の羽化が遅く、社会生活を成立させるだけの季節時間が不足します。
なぜ「季節の長さ」が社会性に重要なの?
社会生活には時間が必要だからです。
単独性なら、春に巣をつくった雌が一世代の子を育て、その子が次の年へつながれば繁殖を完了できます。
しかし真社会性では、まず第一世代の娘を育て、その娘がワーカーとして母親を助け、その後さらに第二世代の繁殖個体を育てます。少なくとも二段階の育児期間が必要です。
そのため、寒冷地、高標高、日陰などで活動できる期間が短いと、ワーカーをつくる時間的な利益が小さくなります。第一世代の娘が働き始めても、冬までに第二世代を完成できなければ、ワーカーとして繁殖を手伝う意味が小さくなるからです。
気温が高ければ必ず社会性になるの?
必ずではありません。気温は重要ですが、社会性を決める唯一の条件ではありません。
社会性多型を示す Lasioglossum calceatum の研究では、社会性の集団は一般に活動季節が長い地域に多く、単独性の集団は季節が短い地域に多い傾向が示されています。
一方、北方の単独性集団を南方へ移した実験では、多くの巣がそのまま単独性を示しました。これは、現在の気温だけで社会性が瞬時に切り替わるわけではなく、長い世代を通じた遺伝的な違いも社会性の表現へ関わることを示しています。
つまり、環境可塑性が強い種もあれば、地域集団ごとに社会性が遺伝的に固定されつつある種もあります。
同じ種でも昔と今で社会性の程度が変わることはあるの?
あります。北海道の別のコハナバチ Lasioglossum duplex を調べた研究では、札幌で1950〜1960年代に調査された集団と、2001年に調査された集団の間で、コロニー構造や女王とワーカーの分化の程度に違いが見られました。
また、札幌と道南の厚沢部でも、巣の大きさや性比、女王とワーカーの体サイズ差などに地域差が見られています。
このような結果は、社会性が単純な「ある・なし」ではなく、ワーカーがどれほど繁殖を抑えるか、女王とどれほど形態差があるか、巣に何個体いるかといった複数の要素で変化することを示します。
アリやミツバチも冬になると単独生活へ戻るの?
通常は戻りません。高度な真社会性をもつアリやミツバチでは、社会生活そのものが季節ごとに単独性へ切り替わるわけではありません。
ただし、コロニーの内部構成や仕事の量は大きく季節変化します。春から夏には育児や採餌が活発になり、繁殖期には雄や新女王がつくられます。冬には育児や採餌が減り、コロニー全体の代謝や活動が低下する種類もあります。
社会性昆虫では、女王とワーカーの繁殖分業に加え、ワーカー同士でも育児、採餌、防衛などの仕事が分担されます。この仕事分担は固定的ではなく、個体の年齢、コロニーの需要、餌資源、外敵などによって変化します。
つまり高度な真社会性昆虫では、季節で「社会性そのもの」が消えるより、社会の中の人数と仕事配分が変わると考えるほうが正確です。
餌が多い場所では社会性が強くなるの?
餌資源も重要ですが、単純に餌が多ければ社会性が強くなるわけではありません。
社会生活では、多数の幼虫と成虫を支えるために安定した餌が必要です。花粉や蜜が長期間得られる環境なら、ワーカーを維持して第二世代を育てる利益が大きくなる可能性があります。
一方、餌が短期間しか得られない環境では、大きなコロニーを維持することが不利になる場合があります。また、巣場所の安全性、寄生者、捕食者、天候なども社会生活のコストと利益を変えます。
したがって社会性の環境応答は、温度だけではなく、季節の長さと餌・巣・敵などを組み合わせて考える必要があります。
社会性が環境に応じて変わるのは「表現型可塑性」なの?
環境条件によって同じ遺伝型から異なる社会行動が現れる場合は、広い意味で表現型可塑性と考えられます。
昆虫では、日長や温度によって休眠、翅型、季節型などが変化する表現型可塑性が広く知られています。社会性多型も、環境条件に応じて発育や行動の選択肢を変えるという点では同じ考え方で理解できます。
ただし社会性は、翅の長さのような一個体の形だけで決まる性質ではありません。母親と娘の行動、発育時期、繁殖状態、巣の寿命など複数個体の関係から成り立ちます。
そのため社会性の可塑性は、個体レベルの発育可塑性と、コロニーレベルの生活史変化が組み合わさった現象です。
気候変動で昆虫の社会性も変わる可能性があるの?
可能性はあります。温暖化によって春の活動開始が早まり、秋までの活動期間が長くなれば、これまで一世代しか育てられなかった地域で、二世代目まで育てられるようになる可能性があります。
逆に、干ばつや極端な高温で花資源が減れば、活動期間が長くても社会生活の利益が小さくなることがあります。
また、社会性が遺伝的に強く固定された集団では、数年の気温変化だけで生活様式がすぐ変わるとは限りません。環境への応答速度は種や地域集団によって異なります。
そのため気候変動による社会性の変化を予測するには、気温だけでなく、季節長、餌資源、遺伝的可塑性を合わせて調べる必要があります。
昆虫の社会性が季節や環境で変わる理由を一言でまとめると?
一部の昆虫で社会性の現れ方が季節や環境によって変わるのは、ワーカー世代をつくり、その助けを利用して次の繁殖世代まで育てるために必要な時間と資源が、気温や季節の長さによって変わるからです。
暖かく活動期間が長い環境では社会生活を完成しやすく、寒冷地や日陰など活動期間が短い環境では単独繁殖のほうが有利になる種類があります。一方、高度な真社会性昆虫では社会そのものより、季節に応じてコロニー人数や仕事分担が変化します。
つまり昆虫の社会性は、完全に固定された一つの行動ではありません。遺伝的な社会システムを土台に、季節の時間制約や生態条件へ合わせて社会の作り方や役割構成を変えることがある生活史戦略なのです。
参考資料
- 比較生理生化学「社会性昆虫における労働分業の維持機構」
- 日本生態学会誌「季節適応としての昆虫の表現型可塑性」
- Social polymorphism in the sweat bee Lasioglossum calceatum
- Degree-day accumulation controlling variations in the sociality of Lasioglossum baleicum
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