昆虫の越冬は、毎年まったく同じ日に始まり、同じ状態のまま春まで続くわけではありません。同じ種類でも、秋に経験する日長、気温、低温への順化、餌条件、地域の季節の長さなどによって、休眠へ入る時期、休眠から覚める時期、寒さへの強さが変わることがあります。
この変化は、冬が来てからその場しのぎで起こるだけではありません。多くの昆虫は、日が短くなることや気温が下がることを手がかりに、冬が本格化する前から発育や繁殖を止め、体内の代謝やエネルギー配分を越冬向けへ切り替えます。
つまり「昆虫の越冬が季節や環境によって変化する」とは、越冬の基本戦略そのものが毎年別物になるというより、越冬へ入るタイミング、休眠の深さ、耐寒性、春の活動再開時期が環境情報に応じて調節されることを意味します。
昆虫はどうやって「冬が近い」と判断するの?
重要な手がかりの一つが日長です。気温は日ごとに大きく変わりますが、日の長さは季節に応じて規則的に変化します。
そのため多くの昆虫は、日が短くなると秋が進んでいると判断し、休眠へ入る準備を始めます。短日条件で卵巣発達を止めるカメムシ類や、幼虫発育を停止する昆虫がその例です。
滋賀県のホソハリカメムシでは、成虫に休眠を誘導する臨界日長が13〜14時間程度とされ、野外でも9月になると休眠雌が増えることが報告されています。
つまり日長は、昆虫にとって「今寒いか」ではなく、「この先に冬が来るか」を予測する季節カレンダーとして働くのです。
気温が下がるだけでは休眠に入らないの?
種によります。温度だけで強く反応する昆虫もいますが、多くの種では日長と温度を組み合わせて判断します。
日長は季節の進み具合を予測するのに優れていますが、その年が平年より暖かいか寒いかまではわかりません。温度は現在の発育可能性や寒さの強さを直接反映します。
この二つを組み合わせることで、昆虫は「冬が近い」という長期的な情報と、「今どれくらい寒いか」という短期的な情報を同時に利用できます。
そのため、同じ短日条件でも高温では休眠が浅く、低温では休眠が深くなる種や、日長条件を満たしていても一定の低温を経験しないと越冬状態が完成しない種があります。
なぜ低温を経験すると寒さに強くなることがあるの?
昆虫には、急に強い寒さへさらされるより、秋から少しずつ低温を経験したほうが寒さに耐えやすくなる種類があります。これが低温順化です。
低温順化では、細胞膜の脂質組成を変えたり、糖や糖アルコールなどの低分子物質を蓄積したり、タンパク質発現や代謝を変化させたりして、低温による細胞損傷を減らします。
2023年の Annual Review of Entomology の総説では、昆虫の越冬準備として、休眠と低温順化が遺伝子発現を大きく再編成し、耐寒性の向上、凍結保護物質の蓄積、エネルギー保存などに関わることが整理されています。
つまり秋の冷え込みは単なるストレスではなく、冬に備えて体を作り替えるための情報として働く場合があります。
暖かい秋だと越冬準備が遅れることもあるの?
あります。短日を強く利用する種では、日長が十分短くなれば暖かくても休眠へ入ることがありますが、温度の影響が大きい種では、暖秋によって休眠開始や耐寒化が遅れる可能性があります。
問題は、暖かい状態が長く続いた後に急な寒波が来る場合です。十分な低温順化を終えていない昆虫では、本来なら耐えられる温度でも損傷を受ける可能性があります。
一方、暖かさによって活動期間が長くなることで、より多く摂食し、越冬用のエネルギーを蓄えられる場合もあります。
そのため暖秋の影響は一方向ではなく、休眠開始、耐寒化、エネルギー蓄積のどれが律速になるかによって変わります。
冬の途中でも耐寒性は変わるの?
変わることがあります。昆虫の耐寒性は、一度決まったら春まで固定されるとは限りません。
気温の低下が続けばさらに順化が進み、寒さに強くなる場合があります。逆に暖かい日が続くと、順化によって得た耐寒性の一部が失われることがあります。これを脱順化と呼びます。
つまり同じ個体でも、初冬、厳冬期、春先では低温への耐え方が違う可能性があります。
このため野外で「最低何度まで耐えるか」を調べるときは、その昆虫が直前にどんな温度を経験していたかを考える必要があります。
春は何を合図に越冬を終えるの?
越冬終了にも、温度と日長が関係します。
冬を越した後、気温が上がるだけで活動を再開する種もいますが、一定の長日条件が必要な種もあります。
ホソハリカメムシの研究では、越冬雌の休眠覚醒には冬を経過することに加え、春の長日条件が重要で、日長が十分でないと産卵開始が遅れることが示されています。
これは、春先の一時的な暖かさだけで繁殖を始めると、その後の寒の戻りで失敗する危険があるためです。日長も利用すれば、「一日だけ暖かい」のか「本当に春が来た」のかをより安全に判断できます。
地域によって休眠へ入る日長が違うこともあるの?
あります。同じ種でも、高緯度と低緯度では冬の到来時期が違います。
高緯度では秋が早く、冬も長いため、まだ比較的日が長い時期から休眠準備を始める必要があります。そのため高緯度集団ほど、長い日長を休眠開始の基準にする傾向が多くの昆虫で知られています。
2026年の Annual Review of Entomology の総説でも、昆虫の休眠誘導に使われる臨界日長は緯度に沿って進化し、高緯度集団ほど早い時期に休眠へ入る傾向が整理されています。
つまり「短日になれば休眠する」という仕組みも、どれくらいの日長を短いと判断するかは地域集団ごとに違うことがあります。
同じ種でも南と北で越冬のしかたが違うの?
違うことがあります。
ヨモギハムシの研究では、気候の異なる屋久島集団と松本集団を比較すると、成虫休眠に対する日長や温度の反応が異なることが示されています。
これは、長い年月の中で各地域の冬の長さや温度条件へ適応した結果です。
したがって、同じ昆虫名でも、分布域全体で同じ時期に休眠へ入り、同じ強さの耐寒性をもつとは限りません。越冬の環境応答には、個体がその年に経験した条件による可塑性と、地域集団ごとの遺伝的適応の両方が関わります。
休眠しない昆虫でも越冬状態は変わるの?
変わることがあります。越冬と休眠は同じ意味ではありません。
休眠を持たない昆虫でも、低温に慣れることで耐寒性を高めたり、体色や体サイズが冬型へ変わったりする場合があります。
たとえばオウトウショウジョウバエ Drosophila suzukii では、温帯域で短日・低温条件を経験すると、夏型とは異なる冬型成虫が現れます。冬型は一般に大型で色が濃く、低温耐性が高いことが報告されています。
この例のように、休眠へ入らなくても、季節条件に応じて越冬に適した表現型をつくることができます。
暖冬だと昆虫は冬を越しやすくなるの?
必ずしもそうではありません。
極端な低温が減れば凍結や低温障害による死亡は減る可能性があります。一方、冬が暖かいと代謝が上がり、餌が少ない時期にエネルギーを早く使い果たす危険があります。
また、休眠解除のタイミングが早まりすぎると、春の餌植物や獲物がまだ十分に現れていない時期に活動を再開してしまうことがあります。
そのため暖冬は「寒くないから有利」と単純には言えず、寒さによる死亡とエネルギー消費、季節同期のずれを同時に考える必要があります。
気候変動で越冬の条件も変わっていくの?
変わる可能性があります。気温は上昇しても、日長の季節変化そのものは変わりません。
そのため、短日を主な手がかりに休眠へ入る昆虫では、昔と同じ日長で休眠準備を始めても、その時点の気温が以前より高くなっている可能性があります。
この「日長と温度の組み合わせのずれ」が、休眠開始、耐寒化、春の覚醒時期へ影響することが考えられます。
一方、地域集団が臨界日長や温度反応を進化的に変化させる可能性もあります。昆虫の将来分布を予測するには、平均気温だけでなく、こうした季節応答の可塑性と進化も重要です。
昆虫の越冬が環境で変化する理由を一言でまとめると?
昆虫の越冬開始・終了や耐寒性が季節や環境によって変わるのは、日長で冬や春の到来を予測し、温度で現在の寒さを判断し、低温順化や代謝調節によって体を越冬向けへ切り替えるからです。
同じ種でも、地域やその年の秋冬の条件によって休眠開始時期、覚醒時期、耐寒性が変わることがあります。また、休眠をしない種でも冬型や低温順化によって越冬能力を高める場合があります。
つまり昆虫の越冬は、固定された「冬眠スイッチ」ではありません。季節を予測する日長反応と、その年の実際の気温へ合わせる生理的可塑性を組み合わせた、柔軟な季節適応システムなのです。
参考資料
- 関西病虫害研究会報「滋賀県におけるホソハリカメムシ雌の休眠誘起と越冬後の繁殖活動開始時期」
- 生物環境調節「分布域の異なるヨモギハムシの成虫休眠におよぼす日長と温度の影響」
- Annual Review of Entomology「Molecular Mechanisms of Winter Survival」
- Plasticity Is Key to Success of Drosophila suzukii Invasion
関連記事
- なぜ昆虫の翅は、温度・日長・密度などによって長翅型・短翅型に分かれることがあるのか?
- なぜ昆虫の変態の時期は、日長・温度・栄養などの環境条件で早まったり遅れたりするのか?
- なぜ昆虫の触角は、個体密度や餌・におい環境によって感覚子の数や分布が変わることがあるのか?

コメント