なぜ睡眠にはレム睡眠という独特な段階が繰り返し現れるのか?

眠っている間、脳と体はずっと同じ状態にあるわけではありません。人の睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠という異なる状態を一晩の中で何度も行き来します。レム睡眠では、目がすばやく動き、脳活動は覚醒時に近いほど活発になる一方、腕や脚などの骨格筋は強く抑制されます。

結論から言うと、睡眠にレム睡眠が現れるのは、脳幹を中心とする神経回路がノンレム睡眠とは異なる活動状態を周期的につくり出すためです。ただし、「なぜ進化の過程でレム睡眠が必要になったのか」という究極的な機能は、現在も完全には確定していません。

研究では、レム睡眠が記憶や情動の処理、脳の発達、感覚運動系の調整などに関わる可能性が示されています。しかし、どの働きがレム睡眠の中心的な役割なのかについては議論が続いています。レム睡眠を理解するには、まず「どのような状態なのか」と「どの神経回路がつくるのか」を分けて考えることが重要です。

目次

レム睡眠はノンレム睡眠とは異なる睡眠段階

人の睡眠は大きく、ノンレム睡眠とレム睡眠に分けられます。

ノンレム睡眠には浅い段階から深い徐波睡眠までがあり、とくに深いノンレム睡眠では脳波がゆっくりした大きな波になります。一方、レム睡眠では脳波が覚醒時に近い混合周波数を示し、脳の一部が活発に活動します。

REMはRapid Eye Movementの略で、日本語では急速眼球運動睡眠と呼ばれます。閉じたまぶたの下で眼球がすばやく動くことが名前の由来です。

眠っているのに脳活動が活発なため、レム睡眠はかつて「逆説睡眠」とも呼ばれました。

レム睡眠では脳は活発なのに体の筋肉は強く抑えられる

レム睡眠の大きな特徴の一つが、脳活動と体の状態の組み合わせです。

脳では、橋や視床、視覚関連領域、扁桃体、海馬など複数の領域が活動します。一方、姿勢を保ったり手足を動かしたりする骨格筋には、脳幹から強い抑制がかかります。

そのため、多くの人ではレム睡眠中に夢の中で走ったり戦ったりしていても、実際の手足は大きく動きません。この筋緊張の低下はレム睡眠を特徴づける重要な生理現象です。

ただし呼吸に必要な筋肉など、生命維持に必要なすべての筋活動が止まるわけではありません。

レム睡眠とノンレム睡眠は一晩に何度も交代する

睡眠は、寝始めから朝まで一直線に深くなったり浅くなったりするだけではありません。

一般に、ノンレム睡眠からレム睡眠へ移り、再びノンレム睡眠へ戻る周期が一晩に何度も繰り返されます。米国国立心肺血液研究所は、睡眠周期が通常およそ80〜100分で繰り返され、一晩に4〜6周期ほど見られると説明しています。

前半の夜には深いノンレム睡眠が多く、後半になるほどレム睡眠の割合が増える傾向があります。

つまりレム睡眠は、睡眠の最後に一度だけ現れる特殊な状態ではなく、睡眠全体のリズムに組み込まれた反復する段階です。

レム睡眠は脳幹の神経回路によってつくられる

レム睡眠の発生には、脳幹、とくに橋周辺の神経回路が重要です。

睡眠研究では、レム睡眠を始めやすくする神経群と、レム睡眠を抑える神経群が互いに作用し、睡眠状態を切り替える仕組みが調べられてきました。

レム睡眠になると、ノルアドレナリンやセロトニンなどを放出する神経系の活動が大きく低下する一方、アセチルコリン系などは比較的活発になります。

こうした神経伝達物質の組み合わせが、覚醒ともノンレム睡眠とも違うレム睡眠特有の脳状態をつくります。

筋肉が動かなくなるのも脳幹回路の働き

レム睡眠中の筋緊張低下は、単なる「体の休息」ではありません。

脳幹から脊髄へ伝わる抑制性の信号によって、運動ニューロンの活動が抑えられます。これにより大きな骨格筋の力が抜け、夢に対応した複雑な運動がそのまま外へ出にくくなります。

この仕組みがうまく働かないと、レム睡眠中に夢の内容に合わせるような動きが現れることがあります。これはレム睡眠行動障害などの研究からも、筋抑制回路の重要性がわかっています。

レム睡眠は、脳を活性化する回路と体の運動を抑える回路が同時に働く特殊な状態なのです。

なぜノンレム睡眠だけではなくレム睡眠も必要なのか

ここから先は、レム睡眠の「仕組み」ではなく「機能」の問題になります。

レム睡眠そのものは多くの哺乳類や鳥類で見られ、進化的に広く保たれた睡眠状態です。そのため何らかの重要な生物学的役割があると考えられています。

しかし、レム睡眠を完全に除去してその影響だけを調べる実験は難しく、動物実験ではレム睡眠を妨げる操作そのものがストレスやノンレム睡眠へ影響することがあります。

そのため「レム睡眠の役割はこれ一つ」と断定できる段階ではありません。

記憶の整理に関わるという仮説がある

レム睡眠の有力な機能仮説の一つが、学習した情報や記憶の整理への関与です。

睡眠全体が記憶の固定に重要であることは多くの研究で支持されています。レム睡眠についても、特定の課題学習や情動を伴う記憶の保持と関連する研究結果があります。

とくに海馬や大脳皮質など記憶に関わる領域がレム睡眠中にも特徴的な活動を示すことから、覚醒中に得た情報を睡眠中に再編成する過程へ関わる可能性が考えられています。

ただし、記憶固定にはノンレム睡眠も重要であり、「記憶はレム睡眠だけで固定される」という説明は正確ではありません。

情動を伴う記憶の処理との関係も研究されている

レム睡眠では、扁桃体や海馬、内側前頭前野など、感情や記憶に関係する脳領域が活動します。

この特徴から、レム睡眠が恐怖や不安などの情動を伴う記憶を処理したり、翌日の感情反応を調整したりする可能性が研究されています。

日本の研究レビューでも、レム睡眠中の情動関連脳活動と、情動記憶の固定や恐怖反応の調整など複数の仮説が紹介されています。

一方、研究結果にはばらつきもあり、情動記憶に対するレム睡眠の効果がすべての実験で一貫して確認されているわけではありません。

夢が多いこととレム睡眠の機能は同じ問題ではない

レム睡眠は鮮明な夢と強く結びついています。

実際、レム睡眠中に起こすと、物語性や視覚性の高い夢を報告することが多くあります。しかし、夢はノンレム睡眠中にも起こります。

そのため「レム睡眠が存在するのは夢を見るため」と単純に考えることはできません。

夢の内容が記憶や感情の処理と関係する可能性は研究されていますが、夢そのものがレム睡眠の主要機能なのか、それともレム睡眠中の脳活動に伴って生じる現象なのかについては、現在も研究が続いています。

脳の発達に関わる可能性もある

新生児や乳児は、成人より睡眠時間が長く、レム睡眠に似た活動睡眠の割合も大きいことが知られています。

このことから、レム睡眠が発達中の神経回路形成に関与する可能性が考えられています。

動物研究では、レム睡眠中に見られる小さな筋収縮が感覚入力として脳へ戻り、運動系と感覚系の回路発達に役立つ可能性が示されています。

成人のレム睡眠と乳幼児期の活動睡眠がまったく同じ役割を持つとは限りませんが、発達期にレム睡眠が多いことは、その機能を考えるうえで重要な手がかりです。

レム睡眠中は体温調節のしかたも変わる

レム睡眠では、覚醒時やノンレム睡眠時とは異なり、体温調節能力が低下します。

外気温に応じて震えたり汗をかいたりする反応が弱まりやすく、体は環境温度の影響を受けやすくなります。

米国国立心肺血液研究所も、寒い環境ではレム睡眠が少なくなることがあり、レム睡眠中は体温調節が十分に行われにくいと説明しています。

この特徴からも、レム睡眠は単なる浅い睡眠ではなく、自律神経や運動系を含めて全身の制御状態が切り替わる独自の睡眠段階だとわかります。

レム睡眠が後半の夜に多いことにも意味があるのか

一晩の前半には深いノンレム睡眠が多く、後半にはレム睡眠が長くなる傾向があります。

この配置がなぜ必要なのかは完全には解明されていません。

睡眠圧が高い寝入りばなには深いノンレム睡眠が優勢になり、その後、睡眠圧が下がりながら体内時計の影響も重なることで、レム睡眠が増えていくと考えられています。

しかし、「前半は体を休め、後半は記憶を整理する」というような単純な役割分担で説明できるわけではありません。睡眠段階は互いに作用しながら一晩の睡眠を構成しています。

レム睡眠を減らせばすぐに特定の能力が失われるわけではない

レム睡眠の機能を考えるときには、研究上の不確実性も重要です。

一部の薬剤はレム睡眠を大きく減らすことがありますが、それによって必ず明確な記憶障害が起こるとは限りません。また、レム睡眠を選択的に妨げる実験では、操作によるストレスや他の睡眠段階への影響を完全に除くことが難しい場合があります。

そのため、レム睡眠と記憶・情動・発達との関連は有力であっても、それぞれの機能について因果関係をどこまで言えるかは慎重に判断する必要があります。

レム睡眠とノンレム睡眠は競争ではなく一つの睡眠を構成する

レム睡眠とノンレム睡眠は、どちらか一方だけが重要なのではありません。

深いノンレム睡眠では大きな徐波が見られ、睡眠恒常性や記憶処理などに関わることが研究されています。レム睡眠では覚醒に近い脳活動、急速眼球運動、筋緊張低下など別の特徴が現れます。

人の睡眠は、この異なる二つの状態を周期的に行き来することで成立しています。

睡眠の機能を理解するには、「レム睡眠は何のためか」だけでなく、ノンレム睡眠からレム睡眠へ、そして再びノンレム睡眠へ移る全体の構造を見る必要があります。

レム睡眠が正常に現れることは睡眠構造の一部

健康な成人では、レム睡眠は一晩の睡眠構造の中に自然に組み込まれています。

年齢によって割合は変わり、新生児ではレム睡眠に相当する状態が多く、成人では一定割合に落ち着きます。加齢や薬剤、睡眠不足、睡眠障害などでもレム睡眠の量や出現パターンは変化します。

ただし、家庭用のウェアラブル機器だけでレム睡眠を正確に診断できるとは限りません。医療で睡眠段階を詳しく調べる場合には、脳波、眼球運動、筋活動などを記録する睡眠検査が用いられます。

夢を演じるような動きがある場合は通常のレム睡眠と区別する

通常のレム睡眠では、骨格筋の緊張が強く抑えられています。

ところが、睡眠中に大声を出したり、夢の内容に合わせるように手足を激しく動かしたりすることが繰り返される場合には、通常の寝返りや夢とは別に評価が必要なことがあります。

レム睡眠行動障害などでは、レム睡眠中の筋抑制が十分に働かないことがあります。

本人や同室者がけがをするほどの動きが続く場合や、睡眠中の行動が気になる場合には、自己判断だけでなく睡眠を扱う医療機関へ相談することが大切です。

まとめ

睡眠にレム睡眠という独特な段階が繰り返し現れるのは、脳幹を中心とする神経回路が、ノンレム睡眠とは異なる脳と体の状態を周期的につくるためです。

レム睡眠では脳活動が覚醒時に近づき、急速眼球運動が見られる一方、骨格筋は強く抑制されます。ノンレム睡眠とレム睡眠は一晩に何度も交代し、後半の夜ほどレム睡眠が長くなる傾向があります。

その生物学的な役割については、記憶の整理、情動処理、神経回路の発達、感覚運動系の調整など複数の仮説があります。しかし、レム睡眠の機能は一つに確定しておらず、記憶や情動への作用もノンレム睡眠を含む睡眠全体との関係で考える必要があります。

つまりレム睡眠は、単に「夢を見る時間」ではありません。睡眠中に脳と体の制御を大きく切り替える、進化的に保たれた重要な睡眠状態であり、その詳しい役割は現在も研究が続いているのです。

参考資料

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