人は眠ると、ずっと同じ深さの睡眠が続くわけではありません。眠り始めには浅い睡眠があり、その後、脳波がゆっくりした深い睡眠へ進み、さらにレム睡眠へ移るという変化を一晩の中で繰り返します。
このうち、急速眼球運動が目立つレム睡眠ではない睡眠をまとめてノンレム睡眠と呼びます。現在の一般的な睡眠段階分類では、ノンレム睡眠はN1、N2、N3の3段階に分けられ、N3は深い睡眠、または徐波睡眠と呼ばれます。
結論から言うと、人の睡眠にノンレム睡眠があるのは、脳が覚醒状態から睡眠状態へ切り替わるときに、神経活動を段階的に変化させ、睡眠圧を下げながら全身の生理状態を休息向きへ調整するためです。とくに深いノンレム睡眠では、大脳皮質の神経活動が大きく同期した徐波を示し、記憶処理や睡眠恒常性との関係も研究されています。
ただし、「ノンレム睡眠はこの一つの目的のために存在する」と完全に確定しているわけではありません。睡眠には複数の機能があり、ノンレム睡眠も脳・自律神経・内分泌・免疫・記憶など多くの仕組みと関係しています。
ノンレム睡眠とは何か
睡眠は大きく、ノンレム睡眠とレム睡眠に分けられます。
ノンレム睡眠では、レム睡眠に特徴的な急速眼球運動は目立たず、脳波は覚醒時とは異なるパターンへ変化します。睡眠が深くなるほど、脳波にはゆっくりした大きな波が増えていきます。
現在よく用いられる分類では、ノンレム睡眠はN1、N2、N3の3段階です。N1は覚醒から睡眠へ入る移行期、N2はより安定した睡眠、N3は最も深いノンレム睡眠です。
人は通常、入眠後まずノンレム睡眠へ入り、その後にレム睡眠へ移ります。これらの段階が約80〜100分前後の周期で一晩に何度も繰り返されます。
N1は覚醒から睡眠への入り口
N1は、起きている状態から睡眠へ移る最初の段階です。
この段階では、まだ周囲の音などで比較的簡単に目覚めます。筋肉は少しずつ緩み、目の動きもゆっくりになり、脳波は覚醒時のパターンから睡眠らしい活動へ変化し始めます。
本人には「まだ起きていた」と感じられることもありますが、睡眠検査では脳波などから睡眠開始が判定されます。
N1は短いことが多く、睡眠が安定するとN2へ進みます。ノンレム睡眠は最初から深い睡眠になるのではなく、脳の状態を段階的に切り替えながら進んでいきます。
N2では睡眠紡錘波やK複合が現れる
N2になると、N1よりも睡眠が安定します。
脳波には、睡眠紡錘波と呼ばれる短い周期的な波や、K複合と呼ばれる大きな波が現れます。これらはノンレム睡眠を特徴づける脳活動です。
睡眠紡錘波は、視床と大脳皮質の回路によってつくられると考えられています。外部からの感覚情報を睡眠中の脳へどの程度通すかという調節や、記憶処理との関係が研究されています。
成人では、一晩の睡眠のかなりの時間がN2で占められます。つまりノンレム睡眠は「深い睡眠だけ」を指すのではなく、浅い段階から深い段階までを含んでいます。
N3ではゆっくりした大きな脳波が増える
N3は、深いノンレム睡眠です。徐波睡眠とも呼ばれます。
この段階では、脳波に低い周波数の大きな徐波が多く現れます。大脳皮質の多数の神経細胞が、比較的そろって活動しやすくなることが、このゆっくりした波として観察されます。
N3では外部刺激への反応が弱くなり、目覚めさせるために比較的強い刺激が必要になることがあります。
一晩の中では、深いノンレム睡眠は睡眠前半に多く現れる傾向があります。朝へ近づくにつれてN3は減り、レム睡眠や浅いノンレム睡眠の割合が増えていきます。
深いノンレム睡眠が前半の夜に多いのは睡眠圧と関係する
ノンレム睡眠、とくに徐波睡眠は睡眠恒常性と強く関係しています。
人は起きている時間が長くなるほど睡眠圧が高まります。睡眠不足や長時間の覚醒の後には、その後の睡眠で徐波活動が強くなることが知られています。
反対に、十分に眠って睡眠圧が低下していくと、夜の後半では深い徐波睡眠が減っていきます。
この性質から、徐波活動は「それまでどれくらい睡眠が必要な状態だったか」を反映する指標の一つと考えられています。
ノンレム睡眠は睡眠圧を下げる過程と結びついている
睡眠圧は、起きている間に少しずつ高まり、睡眠中に下がります。
とくに深いノンレム睡眠では、睡眠圧が高いときほど徐波活動が強くなるため、睡眠恒常性との関連がわかりやすく現れます。
徹夜や睡眠不足の後に最初の数時間で深く眠りやすいのは、この仕組みと関係します。
ただし、睡眠圧がどのような分子・神経回路で完全に表現されているかは一つの仕組みだけでは説明できません。アデノシンなど複数の物質や神経回路が関与していると考えられています。
ノンレム睡眠では大脳皮質の活動パターンが大きく変わる
覚醒中の大脳皮質では、多くの神経細胞がそれぞれ異なるタイミングで活発に情報処理を行っています。
深いノンレム睡眠では、それとは異なり、多数の神経細胞が活動する状態と静かな状態を比較的そろって繰り返します。この同期した活動が脳波の徐波として現れます。
このため、ノンレム睡眠は「脳が完全に停止している状態」ではありません。むしろ覚醒時とは異なる規則的なネットワーク活動へ切り替わっている状態です。
睡眠中も脳は活動しており、その活動様式が睡眠段階によって変わります。
睡眠紡錘波・徐波・海馬の活動が連携することがある
ノンレム睡眠中には、徐波だけでなく睡眠紡錘波や、海馬で生じる鋭波リップルと呼ばれる活動が見られます。
研究では、これらの脳波パターンが特定のタイミングで協調すると、覚醒中に得た情報を海馬から大脳皮質へ再編成する過程に関係する可能性が示されています。
たとえば、新しく覚えた出来事を長期記憶として安定させる過程では、ノンレム睡眠中の海馬と大脳皮質の情報交換が重要だというモデルがあります。
ただし、記憶はノンレム睡眠だけで処理されるわけではありません。レム睡眠も含めた睡眠全体が、異なる形で記憶処理へ関与すると考えられています。
ノンレム睡眠と記憶の関係は有力だが機能は一つではない
ノンレム睡眠、とくに徐波や睡眠紡錘波は、宣言的記憶などの固定との関係が多く研究されています。
睡眠中の徐波活動を音刺激などで強めた研究では、翌日の一部の記憶成績が改善した例も報告されています。
一方、睡眠中の記憶処理は非常に複雑で、課題の種類、年齢、睡眠段階、実験方法によって結果が異なることがあります。
そのため、「ノンレム睡眠は記憶のためだけに存在する」と考えるのは正確ではありません。記憶は重要な候補機能の一つです。
ノンレム睡眠では自律神経も休息向きへ変化する
ノンレム睡眠では、一般に覚醒時より心拍数や血圧が低下しやすく、副交感神経が優位になる方向へ変化します。
とくに深いノンレム睡眠では、心血管系の活動が比較的安定した状態になります。
これに対しレム睡眠では、心拍や呼吸が変動しやすくなるなど、自律神経の状態が異なります。
睡眠段階が変わるということは、脳波だけが変化するのではなく、心臓や呼吸、ホルモンなど全身の生理状態も段階に応じて変わるということです。
深いノンレム睡眠では成長ホルモン分泌が増えやすい
入眠後の深いノンレム睡眠と、成長ホルモン分泌には強い時間的な関係があります。
成長ホルモンは子どもの成長だけでなく、成人でも代謝や組織維持などに関わります。
ただし、「深い睡眠に入れば必ず成長ホルモンだけが出る」という単純な関係ではありません。ホルモン分泌は体内時計や年齢、栄養状態など複数の要因に調節されています。
それでも、ノンレム睡眠が内分泌系を含む夜間の生理調節と結びついていることを示す代表的な例です。
免疫系とも相互作用している
睡眠と免疫は互いに影響し合っています。
感染や炎症が起こると眠気が強くなったり、ノンレム睡眠が増えたりすることがあります。逆に睡眠不足が続くと、免疫機能や炎症調節へ影響が出ることがあります。
炎症性サイトカインの一部にはノンレム睡眠を促進する作用が知られています。
このことから、ノンレム睡眠は神経系だけで完結する現象ではなく、免疫・内分泌系ともつながった全身性の生理状態と考えられます。
「脳を休める睡眠」という説明は便利だが少し単純化されている
ノンレム睡眠は一般向けには「脳を休める睡眠」と説明されることがあります。
たしかに、深いノンレム睡眠では外界への反応が弱くなり、覚醒時とは大きく異なる脳活動になります。
しかし脳そのものが活動を停止しているわけではありません。徐波、睡眠紡錘波、海馬活動など、睡眠中だからこそ見られる複雑な神経活動が続いています。
そのため「脳の活動が止まる」より、「覚醒中の情報処理モードから、睡眠中の調整・再編成モードへ切り替わる」と表現する方が実態に近いと考えられます。
ノンレム睡眠が深くなりすぎるのではなく段階的に変化する理由
睡眠中の脳は、ずっとN3の深い状態に保たれるわけではありません。
一晩の中でN1、N2、N3、レム睡眠が繰り返され、睡眠前半と後半で割合も変わります。
これは、睡眠圧が夜の間に低下することや、体内時計が朝へ向けて覚醒しやすい方向へ変化すること、レム睡眠をつくる神経回路との相互作用などによって説明されます。
睡眠は「深ければ深いほどよい」という単純な現象ではなく、複数の段階が適切な順序と割合で現れる睡眠構築として成り立っています。
年齢によって深いノンレム睡眠の量は変わる
ノンレム睡眠の割合や深さは、生涯を通して一定ではありません。
子どもでは深い徐波睡眠が多く見られますが、思春期以降は徐々に減少し、成人から高齢期にかけてさらに少なくなる傾向があります。
そのため、高齢者が若い頃より浅い睡眠が増えたり、夜中に目覚めやすくなったりすることの一部には、睡眠構築の加齢変化が関係します。
深いノンレム睡眠が少ないことだけで直ちに病気とは判断できず、年齢や個人差を含めて考える必要があります。
睡眠不足の後に深いノンレム睡眠が増えるのは恒常性の表れ
前夜に睡眠時間が短かったり、長時間起き続けたりすると、次の睡眠では深いノンレム睡眠が増えやすくなります。
これは、体が失われた睡眠を単純に時間だけで取り戻すのではなく、睡眠圧の高さに応じて睡眠の深さも変えることを示しています。
とくに徐波活動は、睡眠不足後の回復睡眠で増加しやすいため、睡眠恒常性の代表的な指標として研究されています。
この性質は、ノンレム睡眠が「前日の覚醒量」と強く結びついた睡眠段階であることを示します。
深いノンレム睡眠から急に起こされるとぼんやりすることがある
N3の深いノンレム睡眠から急に目覚めると、しばらく頭がぼんやりしたり、判断や反応が遅れたりすることがあります。
このような目覚め直後の一時的な認知機能低下は睡眠慣性と呼ばれます。
深い睡眠ほど外界への反応が弱くなっているため、覚醒状態へ完全に切り替わるまで時間がかかることがあります。
これはノンレム睡眠が単に「目を閉じている状態」ではなく、脳全体の活動様式が覚醒とは大きく異なる状態であることを示しています。
ノンレム睡眠中に起こる睡眠時遊行や夜驚もある
ノンレム睡眠、とくに深い睡眠から不完全に覚醒すると、睡眠時遊行症や夜驚症などが起こることがあります。
これらは子どもに比較的多く、深いノンレム睡眠が多い睡眠前半に起こりやすい傾向があります。
本人の脳が完全な覚醒状態へ移っていないため、歩いたり声を出したりしても記憶が残らないことがあります。
頻繁に起こる場合、けがの危険がある場合、成人で急に始まった場合などには、他の睡眠障害との区別も必要になるため医療機関へ相談することが大切です。
ノンレム睡眠の役割は一つに決められていない
睡眠研究では、ノンレム睡眠の役割として、睡眠恒常性、神経回路の再調整、記憶固定、代謝調節、免疫・内分泌調節など多くの候補が研究されています。
これらは互いに排他的ではありません。睡眠のように毎日長時間使う生理状態は、複数の機能を同時に担っている可能性があります。
そのため、「ノンレム睡眠は脳を休ませるためだけ」「記憶を整理するためだけ」と一つに限定するのは現在の科学的理解には合いません。
ノンレム睡眠は、覚醒中とは異なる脳と全身の状態をつくり、その時間を使って複数の調整過程を進める睡眠段階と考えるのが適切です。
まとめ
人の睡眠にノンレム睡眠があるのは、覚醒から睡眠へ脳と全身の状態を切り替え、睡眠圧に応じて神経活動を段階的に変化させるためです。
ノンレム睡眠はN1、N2、N3に分かれ、深いN3では大脳皮質の神経活動が同期した徐波が増えます。睡眠不足後ほど徐波活動が強くなることから、深いノンレム睡眠は睡眠恒常性と強く結びついています。
また、ノンレム睡眠中には睡眠紡錘波、徐波、海馬の活動などが協調し、記憶の固定に関わる可能性が研究されています。自律神経、成長ホルモン、免疫系なども睡眠段階に応じて変化します。
つまりノンレム睡眠は、脳が停止する時間ではありません。覚醒時とは異なる活動様式へ切り替わり、睡眠圧を下げながら、脳と全身の複数の調整を進める、睡眠を構成する基本的な段階なのです。

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