なぜ睡眠を調節する体内時計は約24時間のリズムを刻めるのか?

人は夜になると眠りやすくなり、朝になると目覚めやすくなります。しかも、そのリズムは毎日かなり安定して繰り返されます。では、脳の中には本当に「時計」のような仕組みがあり、どうやって約24時間を測っているのでしょうか。

結論から言うと、睡眠を調節する体内時計は、脳の視交叉上核を中心に、時計遺伝子がつくる分子レベルのフィードバック回路によって約24時間の周期を生み出しています。さらに、視交叉上核の多数の神経細胞が互いに同期し、網膜から入る光情報で毎日外界の昼夜へ時刻を合わせます。

つまり体内時計は、一つの「時計器官」が針を動かしているのではありません。細胞の中の遺伝子回路、細胞同士の神経ネットワーク、光による時刻合わせ、全身への時刻情報の伝達が重なって働くシステムです。

目次

睡眠の体内時計とは何か

睡眠に関わる体内時計は、約24時間周期で睡眠と覚醒のしやすさを変える仕組みです。

この約24時間の周期を概日リズム、またはサーカディアンリズムと呼びます。睡眠・覚醒だけでなく、体温、ホルモン分泌、自律神経、代謝など多くの生理機能にも概日リズムがあります。

重要なのは、体内時計が外の明るさに反応しているだけではないことです。外界の時刻情報を弱くしても、しばらくは約24時間のリズムが続きます。

つまり体の中には、自分自身で周期を作り出す「発振器」があります。

中枢時計は脳の視交叉上核にある

哺乳類の中枢時計として最も重要なのが、視床下部にある視交叉上核です。英語ではsuprachiasmatic nucleus、略してSCNと呼ばれます。

視交叉上核は非常に小さな神経核ですが、睡眠・覚醒、体温、ホルモン、自律神経など多くの概日リズムをまとめる役割を持ちます。

視交叉上核の神経細胞は、それぞれが約24時間周期の分子時計を持っています。そして、それら多数の細胞が互いに同期することで、個体全体に安定した時刻情報を送ります。

体内時計は「一個の時計細胞」ではなく、多数の時計細胞が協調するネットワークです。

体内時計の周期は時計遺伝子がつくる

視交叉上核の神経細胞では、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群が周期的に働いています。

代表的なものにCLOCK、BMAL1、PER、CRYなどがあります。これらの遺伝子が作るたんぱく質は、次の遺伝子の働きを促したり、自分たちの働きを抑えたりします。

この「作る→増える→抑える→減る→再び作る」という一連の反応に時間がかかるため、細胞内におよそ一日周期の振動が生まれます。

体内時計が時間を刻める根本には、この転写・翻訳の周期的なフィードバックがあります。

CLOCKとBMAL1が時計遺伝子のスイッチを入れる

概日時計の代表的な分子回路では、CLOCKとBMAL1というたんぱく質がペアを作ります。

この複合体はDNA上の特定の配列へ結合し、PERやCRYなどの遺伝子の転写を促します。

その結果、PERやCRYのRNAが作られ、さらにPER・CRYたんぱく質が細胞内に増えていきます。

最初はCLOCKとBMAL1が「時計を進める側」として働くわけです。

PERとCRYが増えると今度はCLOCKとBMAL1を抑える

PERとCRYのたんぱく質は、時間をかけて細胞質に蓄積します。

やがてPERとCRYは複合体を作り、細胞核へ入って、CLOCKとBMAL1による遺伝子の活性化を抑えます。

するとPERやCRY自身の新しい産生も減っていきます。さらに既存のPER・CRYたんぱく質が分解されると、抑制が弱まり、CLOCKとBMAL1が再び働けるようになります。

この負のフィードバックが一周するのにおよそ24時間かかるため、遺伝子発現に概日リズムが生まれます。

なぜぴったり数時間ではなく約24時間になるのか

分子時計の周期は、単に遺伝子のオン・オフだけで決まるわけではありません。

RNAの合成、たんぱく質の翻訳、リン酸化、細胞内での移動、複合体形成、分解など、多くの反応速度が周期を決めます。

とくにPERやCRYが作られてから核へ入り、抑制をかけ、その後分解されるまでには時間が必要です。

こうした複数段階の遅れが組み合わさることで、短い数分周期ではなく約24時間という長い周期が作られます。

時計遺伝子は一回動いて終わりではなく毎日振動する

時計遺伝子の特徴は、一度働いて終わるのではなく、ほぼ毎日同じ順序で発現量が増減することです。

ある時刻にはPER遺伝子の発現が高まり、別の時刻には低下します。BMAL1などはPERとは異なる位相で変化します。

こうした複数遺伝子の周期が組み合わさることで、細胞は「今が生物学的な朝か夜か」に応じた状態を作れます。

このリズムは睡眠だけでなく、代謝やホルモンなど多くの出力遺伝子へ伝わります。

一個一個の時計細胞にもリズムがある

視交叉上核の組織全体だけがリズムを持つのではありません。

研究では、視交叉上核の一つ一つの神経細胞でも時計遺伝子の発現が周期的に変化することが示されています。

つまり各細胞が小さな時計のように動いています。

しかし各細胞の周期や位相には少しばらつきがあります。そのままでは全体の時刻情報がぼやけるため、視交叉上核では細胞同士が互いに同期する仕組みが重要になります。

視交叉上核では約2万個の神経細胞が同期する

視交叉上核には多数の神経細胞があり、それぞれが独自の分子時計を持っています。

これらの細胞は、神経伝達物質や神経ペプチドを使って情報を交換し、時刻をそろえます。

海外レビューでは、細胞単独の時計機構に加えて、視交叉上核の回路レベルの相互作用が、多数のニューロンを安定した一つの概日時計としてまとめると説明されています。

細胞同士の同期があるため、多少の分子ノイズがあっても個体全体では強い約24時間リズムを維持できます。

細胞同士の同期が体内時計を丈夫にする

もし各細胞が完全に独立していれば、少しずつ周期がずれ、時間がたつほど全体のリズムは弱くなります。

視交叉上核では、VIPなどの神経ペプチドを含む細胞間シグナルが、細胞時計の位相をそろえるのに重要です。

このネットワークによって、体内時計は環境変化や細胞ごとのばらつきがあっても、安定した周期を保ちやすくなります。

体内時計の精度は、時計遺伝子だけでなく、時計細胞同士の連携によって支えられています。

体内時計はそのままでは外の24時間と少しずれる

人の体内時計は「約24時間」であって、外界の一日と完全に同じ周期とは限りません。

外部から時刻情報がなければ、睡眠・覚醒や体温のリズムは毎日少しずつずれることがあります。

そこで必要なのが、外界の昼夜へ体内時計を合わせる同調です。

人では光が最も重要な同調因子の一つで、毎日の光入力によって体内時計が地球の24時間周期へ修正されます。

光は網膜から視交叉上核へ直接伝わる

光による時刻合わせでは、目は「ものを見る」以外の役割も果たします。

網膜にはメラノプシンを持つ光感受性網膜神経節細胞があり、周囲の明るさを検出します。

その情報は網膜視床下部路を通って視交叉上核へ送られます。

この経路によって、私たちは時計を見なくても、朝の明るさや夜の暗さを体内時計へ伝えることができます。

光は時計遺伝子の位相をリセットする

視交叉上核へ光情報が届くと、細胞内のシグナル伝達を通してPERなど一部の時計遺伝子の発現が変化します。

その結果、分子時計の位相が前へ進んだり後ろへ遅れたりします。

つまり光は、体内時計を直接止めたり作り直したりするのではなく、時計遺伝子の周期の位置をずらして外界の時刻へ合わせます。

この仕組みがあるため、多少ずれやすい内因性の時計でも毎日24時間の昼夜に同調できます。

光の効果は浴びる時刻によって反対になる

同じ明るさの光でも、いつ浴びるかによって体内時計への作用が変わります。

多くの場合、朝の光は体内時計を前へ進める方向に働き、夜遅い時間の光は後ろへずらす方向に働きます。

これは、光が入ったときの時計遺伝子回路の位相が違うためです。

そのため「光を浴びればいつでも体内時計が整う」のではなく、光の時刻が重要になります。

体内時計は睡眠だけでなく全身へ時刻を伝える

視交叉上核で作られた時刻情報は、睡眠・覚醒だけに使われるわけではありません。

視床下部の他の領域、自律神経、内分泌系などを通じて、体温、血圧、ホルモン分泌、食欲、代謝などへ影響します。

そのため一日の中で、同じ行動をしていても生理状態は同じではありません。

体内時計は、活動する時間、休息する時間、食べる時間などに合わせて全身の機能を時間的に配置する役割を持っています。

全身の臓器にも「末梢時計」がある

体内時計は脳の視交叉上核だけに存在するわけではありません。

肝臓、腸、心臓、筋肉、脂肪組織など、多くの臓器や細胞にも時計遺伝子による約24時間リズムがあります。

これらは末梢時計と呼ばれます。

末梢時計も基本的にはCLOCK、BMAL1、PER、CRYなどの分子機構で時を刻みますが、視交叉上核からの神経・ホルモン信号や、食事、運動などによって時刻を調整されます。

中枢時計と末梢時計がずれることもある

夜中に強い光を浴びながら食事をしたり、夜勤で活動時間を大きく変えたりすると、視交叉上核と末梢時計が同じ速さで適応しないことがあります。

視交叉上核は光の影響を強く受けますが、肝臓などの末梢時計は食事時刻にも強く影響されます。

そのため生活時刻が急に変わると、体内の各時計が一時的に異なる時刻を示す可能性があります。

時差ぼけや交替勤務で体調が乱れやすい背景には、外界の時刻だけでなく、体内の複数時計の再同調に時間がかかることも関係します。

体内時計は睡眠を直接オン・オフするだけの装置ではない

視交叉上核が「眠れ」という命令を出すだけで睡眠が始まるわけではありません。

睡眠には、起きているほど高まる睡眠圧と、脳の睡眠促進系・覚醒系の切り替えも関わります。

体内時計の主な役割は、一日のどの時間に覚醒を保ちやすくし、どの時間に睡眠へ移りやすくするかという時間情報を与えることです。

つまり体内時計は、睡眠の「量」そのものより、睡眠と覚醒を配置する「時刻」を強く調整します。

夜にメラトニンが増えるのも体内時計の出力の一つ

夜になると松果体からメラトニンが増えます。

このリズムも視交叉上核からの時刻情報によって調整されます。暗い時間帯にメラトニンが増えることで、体へ「生物学的な夜」が来たことが伝えられます。

ただしメラトニンが体内時計そのものなのではありません。

視交叉上核の時計が時刻を作り、その出力の一つとしてメラトニン分泌が周期的に変わる、と考える方が正確です。

時計遺伝子の異常で睡眠時刻が大きくずれることがある

時計遺伝子やその関連遺伝子の変化によって、概日リズムの周期や位相が変わることがあります。

人では、一部の家族性睡眠相前進症候群などで、時計関連遺伝子の変異が早寝早起きの極端な体質と関連することが知られています。

これは、睡眠時刻が単なる習慣だけでなく、分子時計の性質にも影響されることを示します。

ただし、多くの人の朝型・夜型は一つの遺伝子だけで決まらず、多数の遺伝的要因と生活環境が関係します。

夜更かしが続くと体内時計そのものが後ろへずれる

夜遅くまで明るい光を浴び、朝の光を十分に浴びない生活が続くと、体内時計は後ろへずれやすくなります。

すると夜に眠気が来る時刻が遅くなり、朝に起きにくくなります。

これは意思の弱さだけで起こるのではなく、光入力が時計遺伝子回路の位相を実際に動かすためです。

体内時計を整えるには、就寝時刻だけを早めようとするより、朝の光と毎日の起床時刻を安定させることが重要です。

体内時計が乱れても一晩で完全には戻らない

時差移動や夜勤の後、外の時計はすぐ変わっても、視交叉上核や末梢時計の位相はすぐには変わりません。

時計遺伝子の振動は連続的に動いているため、新しい時刻へ少しずつ移動する必要があります。

そのため、現地では夜なのに眠れない、昼なのに強く眠いといった時差ぼけが起こります。

光、食事、活動時刻などの手がかりを繰り返し受けることで、複数の時計が徐々に新しい環境へ再同調します。

まとめ

睡眠を調節する体内時計が約24時間のリズムを刻めるのは、視交叉上核の神経細胞内で時計遺伝子が周期的なフィードバック回路を作っているためです。

CLOCKとBMAL1がPERやCRYの遺伝子を活性化し、増えたPER・CRYたんぱく質が今度はCLOCK・BMAL1の働きを抑えます。その後PER・CRYが分解されると抑制が解除され、次の周期が始まります。この一連の反応にかかる時間によって、約24時間の振動が生まれます。

さらに、視交叉上核の多数の時計細胞は互いに同期し、網膜から入る光情報で毎日外界の昼夜へ時刻を合わせます。視交叉上核からの時刻情報は、睡眠・覚醒、体温、ホルモン、自律神経、そして全身の末梢時計へ伝えられます。

つまり睡眠の体内時計とは、一つの時計器官ではありません。遺伝子の周期、神経細胞同士の同期、光によるリセット、全身への時刻伝達が組み合わさることで、毎日の睡眠と覚醒をほぼ24時間の地球環境へ合わせる生理システムなのです。

参考資料

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