多孔質断熱材には、グラスウール、発泡体、エアロゲル、真空断熱材の芯材など、内部に多数の空隙を持つ材料があります。こうした材料は、同じ固体材料でも、内部の気体圧力や細孔の大きさが変わると断熱性能が大きく変化します。
結論からいうと、多孔質断熱材の断熱性能が真空度と細孔径で変わるのは、有効熱伝導率が固体骨格の熱伝導だけでなく、細孔内の気体熱伝導や放射熱伝達にも左右されるからです。
とくに細孔内の気体については、圧力を下げて分子数を減らしたり、細孔を気体分子の平均自由行程に近い大きさまで小さくしたりすると、分子同士の衝突より壁との衝突が支配的になります。その結果、気体による熱輸送が弱くなり、断熱性能が高まります。
多孔質断熱材では熱は三つの経路で伝わる
多孔質断熱材の有効熱伝導率は、単純化すると、
keff = ksolid + kgas + krad
のように考えられます。
ksolidは固体骨格を通る熱伝導、kgasは細孔内の気体による熱伝導、kradは細孔や材料内部を通る放射熱伝達の寄与です。
J-STAGEの多孔質断熱材研究でも、断熱性能を高めるには固体伝導・気体伝導・放射伝熱をそれぞれ抑える必要があると整理されています。
空気を閉じ込めると断熱できるのはなぜか
空気は金属や多くの固体より熱伝導率が低いため、材料内部に細かな空気層を多数作ると、全体として熱を通しにくくできます。
ただし空隙が大きすぎると、空気が動いて対流を起こす可能性があります。
そのため多孔質断熱材では、空気を小さな細孔へ分割し、自由な対流を起こしにくくすることが重要です。
なぜ真空にするとさらに断熱性能が上がるのか
気体による熱伝導は、分子が高温側でエネルギーを受け取り、低温側へ移動して他の分子や壁へエネルギーを渡すことで起こります。
圧力を下げると、単位体積あたりの気体分子数が減ります。
すると熱を運ぶ分子そのものが少なくなり、気体による熱伝導は弱くなります。
NASAの真空断熱研究でも、気体圧力を下げるとガス伝導成分が小さくなり、高真空では放射と固体接触による熱輸送が主要になります。
真空にすれば熱伝導率はゼロになるのか
いいえ。
真空にしても、固体骨格を通る熱伝導は残ります。
さらに高温側から低温側への熱放射も残ります。
真空断熱材の外装材や支持部があれば、その部分を通じた固体熱伝導もあります。
そのため気体伝導を十分小さくした後は、固体伝導と放射伝熱が断熱性能の下限を決めます。
平均自由行程とは何か
気体分子は直線的に進みながら他の分子と衝突します。
ある分子が次の分子衝突までに進む平均距離を平均自由行程λと呼びます。
圧力が低いほど分子同士の間隔は広くなるため、平均自由行程は長くなります。
つまり真空度を上げるほど、気体分子は他の分子と衝突せずに長い距離を進めるようになります。
細孔径と平均自由行程の関係が重要なのはなぜか
細孔の代表長さをL、気体分子の平均自由行程をλとすると、
Kn = λ/L
というKnudsen数を使って、気体流れや熱輸送の状態を整理できます。
Knが十分小さいときは、分子同士の衝突が多く、気体を連続体として扱いやすくなります。
一方、Knが大きくなると、分子同士の衝突より細孔壁との衝突が重要になり、通常の気体熱伝導とは異なる希薄気体の挙動が現れます。
Knudsen効果とは何か
細孔径が平均自由行程と同程度、あるいはそれより小さくなると、気体分子は他の分子と十分衝突する前に壁へぶつかります。
すると高温側から低温側へ分子衝突を連鎖させてエネルギーを運ぶ仕組みが妨げられます。
このため気体の見かけの熱伝導率が低下します。
この希薄気体効果を利用すれば、同じ圧力でも細孔を小さくすることで気体熱伝導を抑えられます。
なぜナノ多孔質材料は低い真空度でも高性能になりやすいのか
細孔が非常に小さい材料では、比較的高い気体圧力でもλ/Lが大きくなりやすくなります。
つまり、極端な高真空にしなくてもKnudsen効果を得やすくなります。
シリカエアロゲルや微細多孔質芯材が高性能断熱材として使われる理由の一つは、この細孔スケールの小ささにあります。
NISTの高性能断熱材資料でも、マイクロ・ナノ多孔質材料と真空技術の組み合わせが高性能化の重要な方法として扱われています。
真空断熱材ではなぜ芯材が必要なのか
外装袋の中を単に真空にするだけでは、大気圧によって袋がつぶれてしまいます。
そこで真空断熱材では、多孔質の芯材を入れて形状を支えます。
芯材には、圧力に耐えながら固体熱伝導をできるだけ小さくし、さらに細孔を微細化して気体熱伝導も小さくする役割があります。
J-STAGEの真空断熱材研究では、芯材部分を通る熱と外装材を通る熱を分けて評価する必要があることが示されています。
真空度を上げればどこまでも性能が向上するのか
一定の圧力範囲では、圧力を下げるほど気体伝導が小さくなり、断熱性能は向上します。
しかし十分高い真空になると、もともと気体伝導がごく小さくなるため、さらに圧力を下げても総熱伝導率はあまり下がらなくなります。
この領域では固体伝導や放射が支配的です。
NASAの真空断熱研究でも、圧力低下に伴ってガス伝導は減少し、ある低圧領域からは放射や接触伝導が支配するため圧力効果が小さくなることが示されています。
細孔を小さくすればどこまでも良いのか
細孔を小さくすると気体熱伝導を抑えやすくなります。
しかし細孔壁を構成する固体の量やつながり方が増えると、固体骨格による熱伝導が増える場合があります。
また製造難易度、機械強度、コストも変化します。
したがって「細孔は小さいほど無条件に良い」のではなく、気体伝導と固体伝導のバランスを最適化する必要があります。
密度が高すぎても断熱性能が下がることがある
多孔質材料の密度を高くすると、固体骨格の接触点や断面積が増えるため、固体熱伝導が増えやすくなります。
一方、密度を低くしすぎると構造強度が不足したり、放射の透過が増えたりする場合があります。
そのため多孔質断熱材には、熱伝導率が最小になるような適切な密度範囲が存在することがあります。
放射熱伝達はなぜ真空にしても残るのか
熱放射は電磁波によるエネルギー移動なので、気体分子を必要としません。
そのため真空にして気体伝導を減らしても、放射はそのまま残ります。
高温になるほど放射の寄与は大きくなりやすいため、高性能断熱では低放射率膜や遮熱材を組み合わせます。
J-STAGEの超断熱材料研究でも、固体・気体伝導を抑えるだけでなく、低放射材料を積層して放射伝熱を減らす必要があるとされています。
多層断熱材ではなぜ真空が重要なのか
宇宙機や低温タンクで使われる多層断熱材は、低放射率の薄膜を何層も重ねた構造です。
高真空では層間の気体が少ないため、対流と気体伝導が大きく抑えられます。
すると各層の主な役割は放射交換を段階的に小さくすることになります。
NASAは、多層断熱材の性能が層間気体圧力やスペーサ材、層密度によって変化することを実験的に報告しています。
真空が悪化すると断熱性能が落ちるのはなぜか
真空断熱材の外装材は、完全な気体遮断膜ではありません。
長期間使用すると、微量の空気や水蒸気が外装材を透過して内部へ侵入することがあります。
内部圧力が上がると、細孔内の気体分子数が増え、気体熱伝導が大きくなります。
そのため真空断熱材の長期性能では、外装材のガスバリア性と内部圧力の維持が重要です。
なぜ小さな細孔は真空劣化への耐性を高められるのか
細孔が小さい材料では、圧力が多少上昇してもKnudsen効果が残りやすくなります。
つまり、同じ内部圧力でも細孔の大きい材料より気体熱伝導を低く保ちやすい場合があります。
このため微細多孔質芯材は、真空度のわずかな劣化に対して断熱性能を維持しやすい設計につながります。
大気圧ではなぜ普通の断熱材として振る舞うのか
大気圧では気体分子数が多く、平均自由行程は短くなります。
細孔が平均自由行程より十分大きければ、気体熱伝導は通常の連続体に近い挙動を示します。
そのため真空断熱材の外装が破れて大気が侵入すると、気体伝導が急増し、熱伝導率が大きく悪化することがあります。
真空断熱材とエアロゲルの違いは何か
真空断熱材は、外装材で内部を低圧に保ち、気体伝導を強く抑えます。
エアロゲルは非常に小さな細孔を持つため、大気圧でもある程度Knudsen効果を利用できます。
そのため真空が失われても一定の断熱性能を保ちやすいという利点があります。
一方、最高性能という点では、高真空の真空断熱材がより低い有効熱伝導率を実現できる場合があります。
温度が変わると最適な構造も変わる
高温では放射熱伝達が大きくなり、低温では気体伝導や固体伝導の相対的な比重が変わります。
また気体分子の平均自由行程や熱物性も温度に依存します。
そのため断熱材の最適な真空度、細孔径、密度、遮熱構造は、使用温度によって変わります。
熱伝導率はどう測るのか
断熱材の熱伝導率は、保護熱板法(GHP法)などで測定されます。
NISTは、断熱材料の熱伝導特性を広い温度・圧力範囲で測るため、制御気体雰囲気と真空に対応したGHP装置を開発しています。
J-STAGEの研究でも、大気圧から低圧まで雰囲気圧力を変えながら繊維質断熱材の熱拡散率・熱伝導率を測定しています。
こうした測定によって、圧力低下で気体伝導がどの程度減るかを実験的に評価できます。
なぜ真空度と細孔径を同時に考える必要があるのか
真空度は平均自由行程λを変え、細孔径Lは分子が壁へ到達するまでの代表距離を決めます。
両者の比、
Kn = λ/L
が希薄気体熱伝導の状態を決めます。
したがって、圧力だけを下げても細孔が大きすぎれば高性能化に必要な真空度は非常に高くなります。
逆に細孔を小さくできれば、比較的高い圧力でも同様のKnudsen効果を得られます。
利用例1:冷蔵庫の真空断熱材
冷蔵庫では、断熱層を厚くすると庫内容積が減ります。
そこで薄い厚さで大きな熱抵抗を得るため、真空断熱材が使われます。
微細多孔質芯材と低い内部圧力を組み合わせることで、通常の発泡断熱材より低い有効熱伝導率を実現できます。
利用例2:低温タンクと宇宙機
液体水素や液体窒素などの低温タンクでは、わずかな熱侵入でも蒸発損失につながります。
高真空と多層断熱材を組み合わせれば、気体伝導と放射を大きく減らせます。
NASAの低温断熱研究でも、高真空条件で多層断熱材が非常に低い見かけ熱伝導率を示すことが報告されています。
利用例3:建築用高性能断熱材
建築では、壁厚を増やさず高い断熱性能を得たい場所で真空断熱材が検討されています。
ただし外装材を傷つけると真空が失われ、性能が大きく低下するため、施工性や耐久性も重要です。
微細多孔質材料は、大気圧でも一定の性能を保ちやすいため、真空技術と組み合わせた高性能断熱材として研究されています。
まとめ
多孔質断熱材の断熱性能が真空度と細孔の大きさで変わるのは、有効熱伝導率の中に細孔内の気体熱伝導が含まれるからです。
圧力を下げると気体分子数が減り、平均自由行程λが長くなります。
さらに細孔径Lを小さくすると、
Kn = λ/L
が大きくなり、分子同士より壁との衝突が支配するKnudsen領域へ近づきます。
その結果、気体による熱輸送が弱くなり、断熱性能が高まります。
ただし高真空になれば最終的に固体伝導や放射が支配的になるため、真空度だけを上げても性能向上には限界があります。
つまり高性能な多孔質断熱材では、真空度、細孔径、固体骨格、密度、放射抑制を合わせて設計することが重要なのです。
参考資料
- 日本セラミックス協会「多孔質体/低放射膜を積層した真空断熱材の熱伝導率」
- 熱物性「真空断熱材芯材部分の熱伝導率推定方法」
- NIST “Fabrication of a Guarded-Hot-Plate Apparatus for Use Over an Extended Temperature Range and in a Controlled Gas Atmosphere”
- NASA Technical Reports Server “The performance of multilayer insulation in a rapidly depressurizing environment”

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