なぜ滑りやすい床では足で地面を強く後ろへ押せず、前向きの反作用も小さくなるのか?

人が歩いたり走ったりするとき、足は地面を後ろ向きに押し、地面は足を前向きに押し返します。

この一対の力は、ニュートンの第3法則による作用反作用です。

ところが、氷のような滑りやすい床では、足で地面を強く後ろへ押そうとしても滑ってしまい、前へ進みにくくなります。

なぜでしょうか。

理由は、作用反作用の法則そのものが弱くなるのではなく、足と床の間で伝えられる水平方向の接触力が静止摩擦の上限によって制限されるからです。

足が地面を後ろへ押せる力が小さくなれば、その反作用として地面が足を前へ押す力も同じ大きさだけ小さくなります。

目次

歩くとき、足は地面をどちら向きに押しているのか

前へ進むとき、足は地面を後ろ向きへ押します。

すると地面は足を前向きへ押し返します。

OpenStaxは、歩行や走行について、人が地面を後方へ押し、地面が人を前方へ押すことで前進すると説明しています。

IPUスポーツ科学センターも、人が歩いたり走ったりするためには地面反力が必要であり、人が地面を押すと、反対方向に同じ大きさだけ地面から押し返されると説明しています。

前向きの地面反力の正体は何か

水平な床の上で足が滑っていないとき、前後方向の地面反力は主に静止摩擦力です。

静止摩擦は、接触面で相対的に滑ろうとする動きを妨げる方向に働きます。

足が地面を後ろへずらそうとすれば、地面は足を前へ押します。

この前向きの摩擦力が、人の体を前方へ加速させる外力の一つになります。

静止摩擦力はいつもμNではない

静止摩擦力について最も重要なのは、常に

fs = μsN

ではないことです。

実際の静止摩擦力は、滑らないために必要な大きさまで変化し、

fs ≤ μsN

という範囲に収まります。

右辺の

μsN

は静止摩擦力の最大値です。

OpenStaxも、静止摩擦力は必要に応じて増加し、最大値を超えると滑りが始まると説明しています。

滑りやすい床では何が小さいのか

単純なモデルでは、滑りやすい床ほど静止摩擦係数μsが小さいと考えます。

すると、

fs,max = μsN

も小さくなります。

つまり、足が地面へ後ろ向きに伝えられる力の上限が小さくなります。

それ以上の力を出そうとしても、足と床の間で静止状態を保てず、足が後ろへ滑り始めます。

作用反作用の力は本当に小さくなるのか

「反作用が小さくなる」という表現には注意が必要です。

ニュートンの第3法則はいつでも、

Ffoot→ground = −Fground→foot

です。

つまり、足が地面へ50 Nを及ぼすなら、地面も足へ50 Nを反対向きに及ぼします。

滑りやすい床で変わるのは「作用反作用の等しさ」ではありません。

足と床の接触で実現できる水平方向の力そのものの最大値が小さくなるのです。

その結果、作用側も反作用側も同時に小さな値までしか発生できません。

乾いた床と氷の上を比べるとどうなるのか

同じ人が同じ垂直抗力Nで立っているとします。

乾いた床でμs=0.8なら、最大静止摩擦力は

0.8N

です。

一方、非常に滑りやすい面でμs=0.1なら、

0.1N

までしか水平力を伝えられません。

同じ体重でも、地面へ後ろ向きに伝えられる力の上限が大きく違うため、前向きの地面反力も大きく違います。

なぜ氷の上では足を強く蹴れないのか

歩行や走行では、足が地面に接している間に後ろ向きの力を地面へ伝えます。

しかし氷のようにμsが小さい場所では、少し強く蹴るだけで必要な摩擦力が最大静止摩擦力を超えてしまいます。

すると足は地面を後ろへ十分に押せず、後ろ向きに滑ります。

OpenStaxも、摩擦が人の移動を可能にすることは氷の上を歩けば明らかだと説明しています。

足が滑り始めると何が変わるのか

足と床の間に相対運動が始まると、静止摩擦から動摩擦へ移ります。

単純なモデルでは、

fk = μkN

で、一般にμkはμsより小さいことが多いため、滑り始めた後はさらに大きな水平力を伝えにくくなります。

このため、一度足が滑ると前へ加速するよりも足だけが後ろへ逃げやすくなります。

歩行中の床反力は実際に測れるのか

測れます。

床反力計を使うと、人が歩行中に床から受ける力を前後・左右・鉛直の成分に分けて測定できます。

J-STAGEの歩行研究でも、床反力は足底が地面に接している間に床から受ける反力として扱われ、前後・左右・上下方向の成分へ分けて評価されています。

歩行では、接地の前半に進行方向と反対向きの制動成分、後半には前向きの推進成分が現れます。

地面反力と作用反作用はどう結び付くのか

足が床へ力を加えると、床は足へ等しい大きさで反対向きの力を返します。

床反力計が測っているのは、まさに床から人体へ働くこの反力です。

J-STAGEの歩行時床反力研究でも、足底が床へ加える力と同等の反力が、床反力として各方向の成分に分けて測定されると説明されています。

なぜ滑りやすい床では前向き加速度も小さくなりやすいのか

人体全体を一つの物体として考えると、水平方向の加速度は

a = Fnet,x/m

で決まります。

前向きの地面反力が主な推進外力なら、その値が小さくなれば前向きの合力も小さくなり、加速度も小さくなります。

そのため滑りやすい床では、大きな加速度を出しにくくなります。

短距離走で強い地面反力が重要なのはなぜか

速く加速するには、短時間に大きな前向き外力を得る必要があります。

IPUスポーツ科学センターも、走行速度を高めるうえで前進する力を大きくすることが重要であり、その力は地面反力として得られると説明しています。

しかしその力を発生させるには、足が地面を十分に後ろへ押せなければなりません。

接地面が滑れば、その力を地面へ伝えきれません。

スパイクシューズはなぜ滑りにくいのか

スパイクや凹凸のある靴底は、路面との接触条件を改善し、より大きな水平力を伝えられるようにします。

単純な摩擦係数だけでは説明しきれない機械的な引っ掛かりも利用しています。

その結果、足が後ろへ滑りにくくなり、より大きな後ろ向きの力を地面へ伝えられるため、前向きの地面反力も大きくできます。

垂直抗力Nが大きいと摩擦の上限も大きくなる

最大静止摩擦力は

fs,max = μsN

なので、同じμsならNが大きいほど摩擦の上限も大きくなります。

走行中には、体重だけでなく上下方向の加速度によって床反力の鉛直成分が変化します。

そのため実際に伝えられる水平力の上限も、接地中ずっと一定とは限りません。

「体重が重いほど前へ進みやすい」とは限らない

体重が大きければNも大きくなり、摩擦の上限は増える方向です。

しかし同時に、加速させる質量mも大きくなります。

したがって「重い人ほど加速しやすい」と単純には言えません。

実際の走行では、筋力、接地時間、姿勢、脚の動き、靴と路面の条件など多くの要因が関わります。

壁を押して進む場合は摩擦がなくてもよいのか

プールの壁を蹴って進む場合を考えます。

足が壁に対して滑らず押せれば、壁への押す力と反対向きの反力で体を加速できます。

OpenStaxは、泳者が壁を押すと壁が反対向きに同じ大きさの力で泳者を押し返す例を、第3法則の典型として示しています。

ここでも重要なのは、相互作用を通じて十分な力を伝えられる接触条件があることです。

車が雪道で空転するのも同じ考え方か

基本的には同じです。

駆動輪は路面を後ろへ押し、路面から前向きの静止摩擦力を受けて車を加速させます。

路面が滑りやすく、必要な摩擦力が最大静止摩擦力を超えるとタイヤが空転します。

空転すると、車輪だけが回りやすくなり、車体を前へ加速する力を十分に得られません。

足が地面を押す力は筋力だけで決まるのか

決まりません。

筋肉が大きな力を出せても、床との摩擦上限が小さければ、その力を地面へ伝えられません。

つまり実際に使える推進力は、

  • 筋肉が出せる力
  • 姿勢や関節角度
  • 接地時間
  • 靴と床の接触条件
  • 静止摩擦の上限

などのうち、どこが制約になるかで決まります。

作用反作用は「条件が変わると法則が変わる」のではない

ここがこの記事の中心です。

滑りやすい床でも、ニュートンの第3法則

FAB = −FBA

は変わりません。

変わるのは、足と床の相互作用で実際に発生できる力の大きさです。

摩擦条件が悪いと大きな接線方向力を維持できず、作用も反作用も小さな値までしか実現できません。

したがって、「作用反作用が弱くなる」のではなく、「発生可能な相互作用力の上限が下がる」と表現する方が正確です。

既存の「作用反作用そのもの」の記事とは何が違うのか

作用反作用の基本記事では、物体AがBへ力を及ぼすとBもAへ同じ大きさ・反対向きの力を及ぼす、というニュートンの第3法則そのものを説明しています。

一方、この記事では、第3法則は常に成り立っていても、接触面の摩擦条件が悪いと、そもそも足と地面の間で大きな水平相互作用力を作れないことを扱っています。

つまり、前者は「力の対がなぜ等しいか」、本記事は「その等しい力の対がどこまで大きくなれるかを摩擦がどう制限するか」が主題です。

まとめ

滑りやすい床で足が地面を強く後ろへ押せず、前向きの反作用も小さくなるのは、ニュートンの第3法則が変わるからではありません。

足と床の間で滑らずに伝えられる水平力には、

fs ≤ μsN

という上限があります。

滑りやすい床ではμsが小さいため、最大静止摩擦力も小さくなります。

その上限を超える後ろ向きの力を足で地面へ加えようとすると、足が滑ってしまいます。

したがって、地面へ伝えられる後ろ向きの力が制限され、その作用反作用の相手である前向きの地面反力も同じ大きさまでしか発生できません。

つまり、滑りやすさは作用反作用の法則を変えるのではなく、作用反作用として実現できる接触力の最大値を小さくするのです。

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