なぜ発酵に使う乳酸菌の性質は食品や条件によって違うのか?

ヨーグルト、チーズ、漬物、キムチ、サワードウなどでは、いずれも乳酸菌が発酵に関わります。しかし、使われる乳酸菌の種類や菌株は同じではなく、同じ菌株でも温度や塩分、糖、pHなどの条件によって発酵の速さや酸味、香り、食感が変わります。

発酵に使う乳酸菌の性質が食品や条件によって違うのは、乳酸菌がもともと多様な菌群で、菌種・菌株ごとに利用できる糖、発酵形式、温度適性、塩耐性、酸耐性、香気生成、菌体外多糖生成などが異なるうえ、同じ菌でも周囲の環境に応じて代謝やストレス応答を変えるからです。そのため、食品ごとに「その環境で安定して増え、目的の品質を作れる乳酸菌」が選ばれます。

目次

乳酸菌は一種類の均一な微生物ではない

乳酸菌という名前は、糖を発酵して乳酸を主要な生成物とする多様な細菌群をまとめた呼び方です。Streptococcus、Lactococcus、Lactobacillusから再分類された複数の属、Leuconostoc、Pediococcus、Tetragenococcusなど、食品発酵に関わる属は数多くあります。

これらはすべて「乳酸菌」と呼ばれていても、利用できる糖、作る酸や香気成分、増殖しやすい温度、耐えられる塩分や酸性度が同じではありません。

さらに同じ菌種の中でも菌株差があります。乳酸生成速度が速い株、香りを作りやすい株、低温に強い株、塩に強い株などが存在します。食品製造でスターターを選ぶときには、菌種名だけでなく菌株の性質まで評価する必要があります。

食品によって乳酸菌が出会う環境が違う

牛乳、野菜、小麦生地、肉、しょうゆもろみでは、乳酸菌が利用できる栄養や受けるストレスが大きく異なります。

牛乳では乳糖と乳タンパク質が主要な栄養源になります。野菜発酵ではグルコースやフルクトースなど植物由来の糖を利用しながら、塩分や低温へ耐える必要があります。サワードウでは穀物由来の糖やアミノ酸を利用し、酵母との相互作用も重要になります。高塩の発酵食品では浸透圧への耐性が欠かせません。

つまり、食品が変わると「何を食べて増えるか」と「何に耐えなければならないか」が同時に変わります。その環境差が、適した乳酸菌の違いを生みます。

ヨーグルトでは二種類の乳酸菌の組み合わせが重要

一般的なヨーグルトでは、Streptococcus thermophilusとLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusが代表的なスターターとして使われます。

この二種類は、単に同じ牛乳中で別々に乳酸を作るだけではありません。一方が作る代謝産物や分解産物を他方が利用するなど、相互に生育を助ける関係があります。

また、スターターの菌株や混合比率が変わると、発酵時間、pH低下、粘度、水分保持性、揮発性香気成分なども変化します。2023年のヨーグルト研究でも、市販スターターの違いによって発酵速度や揮発性成分の構成が異なることが報告されています。

このため、ヨーグルトでは「乳酸を作れるか」だけではなく、牛乳中で互いに協調しながら目的の酸味・香り・食感を作れるかが重要です。

チーズでは発酵初期と熟成期で役割が違う

チーズでは、製造初期に乳酸を作ってpHを下げるスターター乳酸菌と、熟成中に増えて風味形成へ関わる非スターター性乳酸菌を分けて考えることがあります。

製造初期には、乳を速やかに酸性化してカード形成や雑菌抑制を助けることが重要です。一方、熟成が進むと、乳酸菌の酵素によるタンパク質やペプチドの分解が、アミノ酸や香気成分の形成へ影響します。

2025年の国産チーズスターターに関する報告では、各種発酵食品から多数の乳酸菌株を分離し、うま味増強や熟成促進などの性質を指標に、チーズ用の補助スターター候補を選抜しています。

同じ乳酸菌でも、ヨーグルトで重要な性質と、長期熟成チーズで重要な性質は一致しないことがあります。

漬物では低温と塩分への適性が重要になる

野菜の発酵では、乳製品とは違って塩が重要な環境因子になります。塩は雑菌を抑える一方で、乳酸菌自身にも浸透圧ストレスを与えます。

日本の発酵漬物に関する研究では、複数の乳酸菌株から、低温でよく増え、好ましい酸味や香りを作る菌株が選抜されています。Leuconostoc paramesenteroidesのある株は10℃で良好に発酵し、低食塩条件でも好ましい香気を作りました。

また、発酵野菜では温度によって優勢になる乳酸菌が変わることが知られています。低温ではLeuconostoc類が優勢になりやすく、より高い温度では乳酸桿菌などが増えやすい例があります。

このように、原料が同じ野菜でも温度と塩分が変わるだけで、優勢菌や酸生成のパターンが変化します。

高塩食品では耐塩性の乳酸菌が選ばれる

味噌、しょうゆ、魚醤などの高塩発酵では、一般的な乳酸菌には厳しい高浸透圧環境になります。

そのため、Tetragenococcus halophilusのような耐塩性乳酸菌が重要になることがあります。これらの菌は高塩条件でも細胞内の浸透圧を調整しながら生育でき、乳酸や香味関連成分の形成へ関わります。

一方、ヨーグルト用乳酸菌をそのまま高塩食品へ入れても、十分に増殖できるとは限りません。食品ごとの塩分条件が菌種・菌株を選別する大きな要因になります。

温度が違うと同じ菌でも発酵速度が変わる

乳酸菌の増殖と代謝は温度の影響を受けます。温度が低すぎると酵素反応や栄養輸送が遅くなり、発酵に時間がかかります。温度が適した範囲へ上がると増殖と酸生成が速くなりますが、高すぎると熱ストレスで生育が抑えられます。

乳酸菌は菌種・菌株によって温度適性が異なります。ヨーグルトで使われる菌は比較的高めの温度でよく働くものが多い一方、漬物のように低温で進める発酵では、低温でも活動できる菌が有利になります。

したがって、「乳酸菌の適温」は一つではありません。どの菌を使うかによって、設定すべき発酵温度も変わります。

塩分が増えると菌株差が現れやすい

塩分が高くなると、細胞外の浸透圧が上がり、乳酸菌は水分を失いやすくなります。細胞は適合溶質を取り込むなどして浸透圧を調整しますが、その能力には菌種・菌株差があります。

塩に弱い乳酸菌では増殖や乳酸生成が急に低下する一方、耐塩性の高い菌は比較的高い塩濃度でも活動できます。

漬物、味噌、しょうゆなどで見られる乳酸菌の違いは、原料だけでなく、食品中の塩分が長い時間をかけて菌叢を選択してきた結果とも考えられます。

糖の種類が違えば使える菌も変わる

乳酸菌はすべての糖を同じように利用できるわけではありません。乳糖、グルコース、フルクトース、マルトース、ペントースなどを利用する能力には差があります。

牛乳では乳糖を利用できることが重要ですが、植物発酵では植物に含まれる別の糖を利用する能力が重要になります。サワードウでは穀物由来のマルトースなどの利用特性が菌の競争力に影響します。

このため、ある食品でよく増える乳酸菌が、別の食品では十分な基質を利用できず増えにくいことがあります。

ホモ型とヘテロ型でも食品への影響が違う

乳酸菌には、糖から主に乳酸を作るホモ型発酵を行うものと、乳酸に加えて二酸化炭素、エタノール、酢酸などを作るヘテロ型発酵を行うものがあります。

ホモ型では速い酸性化が重要な食品に向く場合があります。一方、ヘテロ型の乳酸菌はガスや複数の代謝産物を作るため、サワードウや一部の野菜発酵で香りや組織へ特徴を与えることがあります。

どちらが優れているということではなく、目的とする食品の品質によって望ましい代謝形式が変わります。

酸性化が進むと酸耐性の差が重要になる

乳酸菌自身が乳酸を作ると、食品のpHは低下します。つまり、乳酸菌は自分で作った酸によって自分自身もストレスを受けます。

酸耐性の高い菌株は、細胞内pHを維持するためにプロトンを排出したり、細胞膜やタンパク質を保護したりして発酵を続けます。一方、酸耐性が弱い菌では、一定のpHまで下がると増殖や乳酸生成が早く低下します。

2024年の乳酸菌ストレス応答レビューでは、温度、浸透圧、pH、酸化ストレスなどに対して、乳酸菌が代謝の再編成、シャペロン、抗酸化系、細胞外多糖など複数の防御機構を使うことが整理されています。

こうしたストレス耐性の違いが、発酵終盤まで働ける菌と早く活動が弱まる菌の違いにつながります。

酸素への反応も乳酸菌によって異なる

乳酸菌は一般に発酵によってエネルギーを得ますが、酸素への耐性や利用の仕方は同じではありません。

酸素があると活性酸素が生じ、酸化ストレスを受ける場合があります。抗酸化機構が弱い菌は酸素にさらされると生育しにくくなる一方、比較的酸素耐性の高い菌もいます。

発酵槽の攪拌、包装、食品内部への空気の入り方によって酸素条件は変わるため、これも優勢菌やスターターの働きへ影響します。

菌株によって香りと食感も変わる

乳酸菌が作るのは乳酸だけではありません。アセトアルデヒド、ジアセチル、酢酸などの香味成分や、菌体外多糖を作る菌株もあります。

菌体外多糖はヨーグルトなどの粘度やなめらかさへ影響することがあります。チーズではタンパク質分解能やアミノ酸代謝の違いが熟成香やうま味へ影響します。漬物では有機酸と揮発性成分の組み合わせが、酸味や香りの個性になります。

そのため、食品工業では「よく増える菌」だけでなく、「目的の味・香り・食感を作る菌株」が選ばれます。

複数菌を組み合わせると単独培養とは違う結果になる

発酵食品では、乳酸菌が一種類だけで働くとは限りません。複数の乳酸菌を組み合わせたり、酵母や麹菌など他の微生物と共存したりします。

ヨーグルトでは二種類のスターターが栄養を補い合います。サワードウでは乳酸菌が作る酸や代謝産物が酵母へ影響し、酵母が作る栄養成分が乳酸菌の生育を助けることもあります。

自然発酵では、温度、塩分、pH、栄養条件が時間とともに変化するため、優勢な乳酸菌が交代する「微生物遷移」も起こります。

したがって、食品の乳酸菌の違いは、個々の菌の性質だけでなく、他の微生物との関係からも生まれます。

スターターは「その食品で働けるか」を試して選ぶ

スターター乳酸菌を選ぶときには、乳酸生成量だけで判断しません。

  • 目的の原料でよく増殖できるか
  • 必要な糖を利用できるか
  • 設定温度で十分に発酵できるか
  • 塩分や酸性度に耐えられるか
  • 望ましい香りや酸味を作るか
  • 食感に必要な菌体外多糖などを作るか
  • 保存や凍結乾燥後にも活性を維持できるか
  • 不要な代謝産物を過剰に作らないか

漬物用乳酸菌の研究では、36株から生育速度や香味などを比較して候補を絞り込み、実際のモデル漬物条件で評価しています。これは、菌株の性能は実際に近い食品環境で確かめる必要があることを示しています。

「菌種」と「条件」は掛け算で考える

発酵結果は、菌種・菌株だけでも、温度や塩分だけでも決まりません。

低温に強い菌でも塩分が高すぎれば増殖できないことがあります。耐塩性菌でも利用できる糖が少なければ発酵は進みません。同じ菌株でも、温度やpHを変えると香気や酸生成のバランスが変わります。

つまり、「どの乳酸菌を使うか」と「どの条件で発酵させるか」は切り離せません。食品の品質は、菌株と環境条件の組み合わせによって決まります。

まとめ

発酵に使う乳酸菌の性質が食品や条件によって違うのは、乳酸菌が多様な菌群であり、菌種・菌株ごとに糖利用、発酵形式、温度適性、塩耐性、酸耐性、香気生成、菌体外多糖生成などが異なるためです。

ヨーグルトでは牛乳中で互いに協調して酸と香りを作る菌、チーズでは酸性化と熟成に適した菌、漬物では低温や塩分へ耐えながら好ましい酸味や香りを作る菌、高塩発酵では耐塩性の高い菌が重要になります。

さらに、同じ菌株でも温度、塩分、糖、pH、酸素などが変わると、増殖速度、乳酸生成、ストレス応答、香味成分の生成が変わります。

したがって、乳酸菌の違いを理解するには、「どの菌種か」だけでなく、「どの菌株を、どの食品で、どの条件で働かせるか」を一つの組み合わせとして考えることが重要です。

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