ワイン、ビール、日本酒、パンでは、いずれも酵母のアルコール発酵が利用されています。それでも、発酵にかかる時間、糖の減り方、エタノールや二酸化炭素の生成量、香りの出方は同じではありません。
アルコール発酵の進み方が食品や条件によって違うのは、酵母が使う糖の種類と供給方法、酵母株、温度、窒素などの栄養、酸素、糖濃度、発酵中に増えるエタノールなどの条件が食品ごとに異なるからです。さらに、ワインやビールでは原料から発酵可能な糖を準備してから発酵させるのに対し、日本酒では麹による糖化と酵母のアルコール発酵が同時並行で進みます。パンではエタノールより二酸化炭素による生地の膨張が重視されます。
反応経路は共通でも「発酵の場」が違う
酵母による代表的なアルコール発酵では、グルコースなどの糖が解糖系を通ってピルビン酸になり、最終的にエタノールと二酸化炭素が作られます。この基本的な反応経路は、ワインでもビールでも日本酒でも大きくは共通しています。
しかし、実際の食品中では、酵母が置かれる環境が異なります。果汁、麦汁、清酒もろみ、パン生地では、糖の種類、糖が供給される速さ、水分、温度、窒素源、酸素、pHなどが同じではありません。
したがって、アルコール発酵の違いは「反応式が違う」というより、同じ基本反応が異なる食品環境で、異なる速度と代謝配分で進むために生じます。
ワインでは果汁中の糖を直接発酵する
ブドウ果汁には、酵母が利用できるグルコースやフルクトースが最初から含まれています。そのため、ワインでは米や麦のようにデンプンを糖へ分解する工程を先に行う必要がありません。
酵母は果汁中の糖を取り込み、発酵が進むにつれてエタノールを蓄積させます。ただし、果汁は高糖濃度であるため、発酵初期には浸透圧ストレスがあります。後半になると、今度は酵母自身が作ったエタノールがストレスになります。
さらに、果汁中の利用可能な窒素が不足すると、糖が残っていても酵母の増殖や発酵速度が低下することがあります。ワインのアルコール発酵に関するレビューでは、窒素量が発酵速度だけでなく、揮発性香気成分の生成にも影響することが整理されています。
ビールでは麦汁中のマルトース類を利用する
ビールでは、麦芽のデンプンを糖化して麦汁を作り、その麦汁を酵母が発酵します。麦汁にはグルコースだけでなく、マルトースやマルトトリオースなどが含まれます。
そのため、ビール発酵では、酵母がこれらの糖を取り込み、利用できるかどうかが重要です。
日本の醸造用酵母比較研究では、ビール酵母はマルトースとマルトトリオースの発酵・資化性が高く、麦汁をよく発酵しました。一方、清酒酵母や焼酎酵母では麦汁中の糖利用性が低い株が多く、同じ麦汁へ入れても発酵の進み方が異なりました。
つまり、同じアルコール発酵でも、食品中に存在する糖の種類と、その糖を利用できる酵母の能力が発酵速度を左右します。
日本酒では糖化とアルコール発酵が同時に進む
日本酒の原料である米にはデンプンが多く含まれますが、一般的な清酒酵母はデンプンをそのまま効率よく利用できません。
そこで、麹菌が作ったアミラーゼやグルコアミラーゼが蒸米のデンプンを分解してグルコースを作り、そのグルコースを酵母がアルコール発酵します。
重要なのは、この糖化とアルコール発酵が別々の工程として完全に終わってから次へ進むのではなく、清酒もろみの中で並行して進むことです。これは「並行複発酵」と呼ばれます。
清酒もろみの研究では、グルコース生成速度とアルコール生成速度が同時に変化し、麹酵素による糖供給と酵母による消費のバランスによって発酵速度が決まることが示されています。
日本酒では「糖の量」より「糖が供給される速さ」も重要
ワインでは果汁中に発酵可能な糖が最初から多く存在しますが、日本酒では麹酵素がデンプンから糖を作り続けます。
このため、日本酒では、酵母の糖消費速度だけでなく、麹によるグルコース生成速度が発酵全体を左右します。
糖化が遅ければ、酵母が十分に活動できても使える糖が不足し、アルコール生成速度は上がりません。一方、糖化と消費がうまく釣り合えば、もろみ中の糖濃度を極端に高くしすぎずに発酵を進めることができます。
同じ「米から酒を作る」工程でも、糖供給と発酵が同時進行する点が、果汁を直接発酵するワインとの大きな違いです。
パンではエタノールより二酸化炭素が重要
パン生地でも酵母はアルコール発酵を行い、エタノールと二酸化炭素を作ります。しかし、酒類とは製造目的が異なります。
パンでは、発生した二酸化炭素が生地中の気泡へ入り、生地を膨らませることが重要です。発酵中にエタノールもできますが、焼成時にはその多くが揮発します。
そのため、パンでは「最終的に高いエタノール濃度へ到達すること」より、「限られた時間の中で十分な二酸化炭素を発生させること」が発酵管理の中心になります。
菓子パンのような高糖生地では、高い浸透圧に耐えながらガスを作れることも重要です。同じアルコール発酵でも、製品が求める成果が違えば、適した条件も変わります。
酵母株が変わると同じ原料でも発酵の進み方が変わる
アルコール発酵の基本反応は共通でも、酵母株ごとに糖利用性、増殖速度、低温耐性、アルコール耐性、香気生成などが異なります。
醸造用酵母を同じ麦汁で比較した研究では、ビール酵母は麦汁をよく発酵し、ワイン酵母の一部も比較的よく発酵しましたが、清酒酵母や焼酎酵母では発酵度が低い株が多くみられました。さらに、ワイン酵母で作った試験ビールと清酒酵母で作った試験ビールでは香りの特徴も異なりました。
これは、食品名だけで発酵特性が決まるのではなく、「どの酵母株をその食品へ入れるか」によっても結果が変わることを示しています。
逆に、ワイン酵母の中にも清酒もろみで高いアルコール発酵力を示す株があります。つまり、ワイン酵母、清酒酵母という名称は用途を示す重要な区分ですが、個々の菌株の能力には幅があります。
温度が違うと発酵速度と香りの両方が変わる
アルコール発酵は酵素反応の積み重ねなので、温度によって速度が変わります。
低温では糖輸送や酵素反応、細胞分裂が遅くなりやすいため、発酵には長い時間が必要になります。適した範囲で温度を上げると発酵は速くなりますが、高すぎると細胞膜やタンパク質へのストレスが増え、酵母の生存や発酵力が低下することがあります。
また、温度はエタノール生成速度だけでなく、エステル、高級アルコール、有機酸など副生成物の割合にも影響します。
そのため、低温でゆっくり発酵させる酒と、短時間でガス生成を進めるパンでは、同じ温度設定にはなりません。
窒素が不足すると糖があっても発酵が鈍る
酵母が必要とするのは糖だけではありません。アミノ酸やアンモニウムなどの窒素源は、タンパク質、核酸、酵素などを作るために必要です。
窒素が不足すると、酵母の増殖や細胞機能の維持が難しくなり、糖がまだ残っていても発酵が遅くなることがあります。
ワイン発酵の研究では、窒素不足に対して酵母が遺伝子発現やストレス応答を変えながら高い糖代謝を維持しようとすることが報告されています。また、窒素条件は香気成分の生成にも関係します。
原料ごとにアミノ酸やアンモニウムの量が違うため、同じ糖濃度でもワイン、ビール、清酒などで発酵の進み方が同じにはなりません。
糖濃度が高すぎると浸透圧ストレスになる
糖はアルコール発酵の材料ですが、多ければ多いほど発酵が速くなるわけではありません。
糖濃度が高すぎると、細胞外の浸透圧が高まり、酵母は水分を保つためのストレス応答を行う必要があります。酵母はグリセロールを作るなどして適応しますが、そのためにもエネルギーが必要です。
ワイン果汁や高糖パン生地では、この高糖ストレスが発酵初期へ影響します。一方、日本酒では麹によって糖が逐次供給されるため、糖供給の仕組み自体が異なります。
発酵後半ではエタノール自体が酵母を抑える
アルコール発酵が進むと、酵母自身が作ったエタノール濃度が高くなります。
エタノールは細胞膜の流動性やタンパク質機能へ影響し、高濃度では酵母の増殖と代謝を抑えます。そのため、発酵後半では糖が残っていても速度が低下することがあります。
高いアルコール濃度まで発酵させる酒類では、酵母のエタノール耐性が重要です。パンでは発酵時間が比較的短く、製品中に高濃度エタノールを蓄積することが目的ではないため、このストレスの意味は酒類とは異なります。
酸素は「あるかないか」だけでは決まらない
アルコール発酵は酸素を使わずに進められますが、酵母の増殖初期には酸素が細胞膜成分の合成に役立ちます。
一方、Saccharomyces cerevisiaeは糖濃度が高い条件では酸素があってもアルコール発酵を活発に行うことがあります。
そのため、酸素条件は単純に「無酸素なら発酵、有酸素なら呼吸」と二分できません。仕込み時の通気、撹拌、容器形状、食品の粘度などによって酸素供給が変わり、増殖と発酵のバランスも変化します。
食品ごとに「発酵終了」の基準も違う
アルコール発酵がどこまで進めば完成かは、食品ごとに異なります。
ワインや酒では、残糖、アルコール濃度、酸度、香りなどを見ながら発酵を管理します。ビールでは発酵度や残存糖に加えて、その後の熟成や香味も重要です。
パンでは、高濃度のエタノールを作るまで待つ必要はなく、生地が望ましい体積や状態へ膨らんだ時点で焼成工程へ進みます。
つまり、同じアルコール発酵でも、何を主要な生成物として利用し、どの状態を「完成」とするかによって必要な発酵時間と管理条件が変わります。
同じ酵母でも食品を変えると同じ発酵にはならない
酵母株が同じなら、どの食品でも同じ発酵結果になるわけではありません。
麦汁ではマルトースやマルトトリオースを使う能力が重要になり、果汁では高糖・低pH・窒素量への適応が重要になります。清酒もろみでは麹から糖が供給される速度との釣り合いが重要です。パン生地では高い粘度や浸透圧の中で短時間にガスを作る能力が求められます。
2019年のアルコール発酵レビューでも、ビール、ワインなどの産業発酵では、原料組成と発酵環境が異なるため、それぞれに適した酵母やプロセス管理が必要であることが整理されています。
まとめ
アルコール発酵の進み方が食品や条件によって違うのは、反応経路そのものが食品ごとに別物だからではありません。酵母が置かれる食品環境と、発酵工程の設計が違うからです。
ワインでは果汁中のグルコースやフルクトースを直接発酵します。ビールでは麦芽デンプンを糖化して作った麦汁中のマルトースやマルトトリオースなどを利用します。日本酒では麹による糖化と酵母の発酵が並行して進むため、糖を作る速度と消費する速度の両方が発酵を左右します。パンではエタノールより二酸化炭素の生成が重要で、短時間のガス発生が重視されます。
さらに、酵母株、温度、窒素、酸素、糖濃度、エタノール濃度などが発酵速度や副生成物を変えます。
したがって、アルコール発酵の「食品や条件による違い」を理解するには、酵母の種類だけを見るのではなく、どの糖がどのように供給され、どの環境で、何を目的に、どこまで発酵させるのかという工程全体を比較することが重要です。
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参考資料
- 向井伸彦ほか「ビール酵母とその他の醸造用酵母のビール醸造特性」日本醸造協会誌, 1998.
- 布川彌太郎「清酒もろみの並行複発酵」日本釀造協會雜誌, 1977.
- Advances in yeast alcoholic fermentations for the production of bioethanol, beer and wine. Advances in Applied Microbiology, 2019.
- Influence of nitrogen status in wine alcoholic fermentation. Food Microbiology, 2019.

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