炭酸飲料の「炭酸」という言葉から、飲み物の中には炭酸という一種類の物質が大量に入っているように感じるかもしれません。
しかし実際の炭酸飲料では、二酸化炭素が水に溶け、その一部が炭酸になり、さらに一部が炭酸水素イオンや水素イオンへ変化しています。これらは別々に固定された状態で存在するのではなく、互いに行き来する化学平衡をつくっています。
しかも、液体中にある二酸化炭素の大部分が炭酸分子になっているわけではありません。炭酸飲料の仕組みを理解するには、「気体の二酸化炭素」「水に溶けた二酸化炭素」「炭酸」「炭酸水素イオン」を分けて考えることが重要です。
炭酸飲料の中には何が存在しているの?
炭酸飲料の容器内では、二酸化炭素が複数の形で存在しています。
まず、液面の上の空間には気体の二酸化炭素があります。次に、その一部が液体へ溶け込み、溶存二酸化炭素として存在します。
水へ溶けた二酸化炭素の一部は水と反応して炭酸になります。
CO2(aq) + H2O ⇄ H2CO3
さらに炭酸の一部は水素イオンと炭酸水素イオンへ解離します。
H2CO3 ⇄ H+ + HCO3−
条件によっては、炭酸水素イオンの一部がさらに炭酸イオンへ変化します。
HCO3− ⇄ H+ + CO3²−
これらの反応は一方向に進み切るのではなく、行き来しながら一定の割合へ近づきます。
「炭酸」と呼ばれていても、全部がH2CO3ではないの?
はい。ここは炭酸飲料を理解するうえで重要な点です。
日常語では、水に溶けた二酸化炭素を含む飲み物全体を「炭酸水」と呼びます。しかし化学的な炭酸はH2CO3という分子です。
水中では、溶存二酸化炭素と炭酸の間に平衡がありますが、その平衡は溶存二酸化炭素側に大きく偏っています。
化学教材でも、CO2(aq) + H2O ⇄ H2CO3 の平衡では、炭酸として存在する割合は小さく、液体中の二酸化炭素の多くはCO2(aq)として存在すると説明されています。
したがって、「炭酸飲料には炭酸分子が大量に溶けている」と考えるより、「高濃度の溶存二酸化炭素を中心に、炭酸や炭酸水素イオンが平衡で共存している」と考える方が実態に近くなります。
なぜ二酸化炭素は水へ溶けるの?
気相と液相の間で平衡をつくるから
密閉した容器の中では、気相の二酸化炭素と液体中の二酸化炭素が常に行き来しています。
一定温度では、気体の二酸化炭素分圧が高いほど、水へ溶ける二酸化炭素量も多くなります。この関係はヘンリーの法則で表されます。
日本の化学・生物分野の解説でも、気相中の二酸化炭素分圧と液中の溶存二酸化炭素濃度の関係がヘンリー則によって扱われています。
炭酸飲料を製造するときに二酸化炭素を加圧して液体へ溶かすのは、この気液平衡を利用しているためです。
密閉容器では、なぜ多くの二酸化炭素を保てるの?
容器を密閉すると、液面上の空間に二酸化炭素が高い分圧で存在できます。
すると、その分圧とつり合うように液体側にも多くの二酸化炭素が溶けた状態が維持されます。
液体から一部の二酸化炭素が気体へ移っても、容器外へ逃げなければ気相の二酸化炭素分圧が保たれます。逆に、気相から液体へ溶ける分子もあります。
このように、密閉容器の内部では二酸化炭素が「動かない」のではなく、気相と液相の間を行き来しながら動的平衡をつくっています。
開栓すると平衡はどう変わるの?
ふたを開けると、容器上部の二酸化炭素が外へ逃げ、液面上の二酸化炭素分圧が急に低下します。
すると、それまで高い分圧とつり合っていた溶存二酸化炭素量を維持できなくなり、液体中の二酸化炭素が気相へ移る方向へ平衡が動きます。
OpenStaxの化学教材でも、炭酸飲料の開栓によって気相の二酸化炭素が失われると、気体と溶存二酸化炭素の平衡が移り、続いて炭酸や炭酸水素イオンを含む酸塩基平衡も連動して変化すると説明されています。
つまり、開栓後に起こる変化は「泡が出る」だけではありません。二酸化炭素の気液平衡が変わり、それに伴って液中の化学種の割合も変わっているのです。
なぜ炭酸水は酸性になるの?
炭酸系の平衡で水素イオンが生じるから
溶存二酸化炭素の一部は炭酸となり、その炭酸の一部が水素イオンと炭酸水素イオンへ解離します。
水素イオン濃度が増えるため、純水と比べてpHは低くなります。
ただし、市販の炭酸清涼飲料ではクエン酸、リン酸、リンゴ酸など別の酸味料が加えられる場合があります。そのため、市販飲料のpHを炭酸系だけで説明することはできません。
炭酸水そのものの酸性と、清涼飲料全体の酸性は分けて考える必要があります。
炭酸水素イオンはどのくらいできるの?
二酸化炭素、炭酸、炭酸水素イオン、炭酸イオンの割合は、pHによって大きく変わります。
酸性側では、二酸化炭素や炭酸として存在する割合が大きくなります。pHが高くなるにつれて炭酸水素イオンの割合が増え、さらにアルカリ性が強くなると炭酸イオンの割合も増えます。
日本の炭酸系平衡に関する研究でも、CO2、H2CO3、HCO3−、CO3²−の割合がpHと平衡定数によって決まることが扱われています。
炭酸飲料は一般に酸性であるため、強いアルカリ性の水溶液のように炭酸イオンが主成分になるわけではありません。
「炭酸水」と「重曹水」は同じなの?
同じではありません。
炭酸水は、主に二酸化炭素を水へ溶かした飲み物です。液中では溶存二酸化炭素を中心に、炭酸や炭酸水素イオンが平衡で存在します。
一方、重曹は炭酸水素ナトリウムです。水へ溶かすと、ナトリウムイオンと炭酸水素イオンとして存在します。
どちらにも炭酸水素イオンが関係しますが、出発点も組成もpHも同じではありません。
「炭酸」という文字が共通していても、二酸化炭素を加圧溶解した炭酸水と、炭酸水素塩を溶かした水溶液は区別する必要があります。
温度が下がると炭酸を保ちやすいのはなぜ?
二酸化炭素の水への溶解度は温度によって変わり、一般に低温ほど溶けやすくなります。
そのため、同じ二酸化炭素分圧でも、冷たい飲み物の方が液体中へより多くの二酸化炭素を保持できます。
温度が上がると、同じ圧力で平衡となる溶存量が減り、二酸化炭素は気相へ移りやすくなります。
炭酸飲料を冷やしてから開けると炭酸を保ちやすいのは、単に「冷たいと泡が少ない」からではなく、気液平衡そのものが液相側へ有利になるためです。
炭酸の「強さ」は何で決まるの?
製品としての炭酸の強さは、液体へどれだけ二酸化炭素を溶かしているかに大きく左右されます。
二酸化炭素の溶存量を増やすには、製造時の二酸化炭素分圧を高くしたり、液体を低温にしたりする方法があります。
ただし、人が感じる炭酸刺激は溶存二酸化炭素量だけで決まりません。飲料の温度、糖、酸、アルコール、粘度、泡の大きさなどによっても感じ方が変わります。
したがって、「二酸化炭素濃度が高い=必ず同じだけ強く感じる」という単純な関係ではありません。
二酸化炭素が多いほど炭酸分子も同じ割合で増えるの?
二酸化炭素を多く溶かすと、炭酸系全体の量は増えます。しかし、CO2(aq)、H2CO3、HCO3−などの比率は、二酸化炭素量だけでは決まりません。
pH、温度、溶液中の他の酸・塩基成分などによって平衡位置が変わるためです。
たとえば、同じ二酸化炭素量でも、炭酸水素塩を多く含む水と、純水に近い水では、pHや各化学種の割合が異なります。
炭酸系を理解するときは「総量」と「化学種の割合」を分けて考える必要があります。
なぜ容器を閉め直しても完全には元に戻らないの?
開栓中に二酸化炭素が容器外へ逃げると、容器全体に存在する二酸化炭素の総量そのものが減ります。
その後ふたを閉めれば、残った二酸化炭素が液相と気相の間で再び平衡へ向かいます。しかし、外へ逃げた分が自動的に戻ってくるわけではありません。
そのため、再密閉によって二酸化炭素の放出速度を遅らせることはできますが、開栓前と同じ平衡状態へ完全に戻すには、外から二酸化炭素を再び加える必要があります。
「炭酸が抜ける」とは化学的にはどういうこと?
日常語で「炭酸が抜ける」と言うとき、主に液体中の溶存二酸化炭素が減っています。
溶存二酸化炭素が減れば、それと平衡関係にある炭酸や炭酸水素イオンの状態も連動して変化します。
つまり「炭酸が抜ける」とは、H2CO3という一種類の分子だけが消えることではありません。二酸化炭素を中心とした気液平衡と酸塩基平衡全体が、低い二酸化炭素分圧に対応した新しい状態へ移ることです。
炭酸飲料の仕組みは「泡」だけ見ても分からない
炭酸飲料では、目に見える泡が最も分かりやすい現象です。しかし、泡は炭酸系の仕組みの一部にすぎません。
密閉中でも、気相と液相の二酸化炭素は行き来しています。液体中でも、溶存二酸化炭素、炭酸、炭酸水素イオンなどの間で反応が行き来しています。
開栓、温度変化、pH変化などが起こると、それぞれの平衡位置が変わります。
この「複数の平衡がつながっている」ことこそが、炭酸飲料の化学的な仕組みの中心です。
まとめ
炭酸飲料の「炭酸」は、一種類の物質だけでできているわけではありません。
容器内では、気体の二酸化炭素と水に溶けた二酸化炭素が気液平衡をつくり、液体中では溶存二酸化炭素の一部が炭酸となり、さらに炭酸水素イオンや水素イオンへ変化する酸塩基平衡があります。
液体中の二酸化炭素の大部分は溶存CO2として存在し、すべてが炭酸分子になるわけではありません。また、各化学種の割合はpHや温度などによって変わります。
圧力を高くすると二酸化炭素を多く溶かせ、温度を下げると液体側に保持しやすくなります。開栓すると気相の二酸化炭素分圧が低下し、気液平衡と酸塩基平衡が連動して新しい状態へ移ります。
つまり炭酸飲料の仕組みは、「二酸化炭素を入れる」という一つの操作だけではなく、気体と液体、そして複数の化学種の間に成り立つ平衡によって支えられているのです。
関連記事
参考資料
- 石崎文彬「通気培養と炭酸ガス」化学と生物
- 遠藤徹ほか「炭酸系の化学平衡に基づく水中二酸化炭素濃度の推定手法の精度と適用性」土木学会論文集
- OpenStax, Chemical Equilibria
- Chemistry LibreTexts, Buffered Solutions

コメント