買ったばかりの果物では香りが弱かったのに、数日置くと甘い香りが強くなったり、反対に長く保存すると香りがぼやけたりすることがあります。また、同じ果物でも冷蔵庫から出した直後と、少し温度が上がった状態では香りの感じ方が違うことがあります。
果物の香りが変化するのは、香りのもとになる揮発性成分が、成熟や追熟の途中で新しく作られたり、別の物質へ変化したり、空気中へ放出されたりするためです。さらに温度は、香気成分を作る酵素反応の速さと、香気成分そのものの揮発しやすさの両方に影響します。
結論:果物の香りは「作られる量」と「空気中へ出る量」の両方で変わる
果物の香りが温度や時間などで変化する主な理由は、次の三つです。
- 成熟や追熟に伴って、エステル、アルコール、アルデヒド、テルペン、ラクトンなどの香気成分の生成量が変わる
- 保存温度によって、香気成分を作る代謝や酵素反応の進み方が変わる
- 温度が上がると揮発性成分が空気中へ移りやすくなり、鼻に届く香りの量も変わる
ただし、温度が高いほど必ず香りが強くなるわけではありません。高温によって香気成分の生合成が妨げられる果物もあり、長時間保存すれば香りが増え続けるわけでもありません。果物ごとに、香りが最も豊かになる成熟段階や温度条件が異なります。
果物の香りの正体は多種類の揮発性成分
果物らしい香りは、一つの物質だけで作られているわけではありません。多くの果物には、エステル類、アルコール類、アルデヒド類、テルペン類、ラクトン類、硫黄化合物など、数十から数百種類の揮発性成分が含まれています。
「揮発性」とは、比較的空気中へ移りやすい性質を持つという意味です。果実から空気中へ出た香気成分が鼻に入り、嗅覚受容体を刺激することで、私たちは果物の香りを感じます。
重要なのは、香りの強さが単純に「成分の総量」だけで決まらないことです。ごく少量でも強く感じる成分もあれば、量が多くても香りへの寄与が小さい成分もあります。さらに複数の成分が組み合わさることで、その果物らしい香りになります。
時間がたつと香りが強くなるのはなぜ?
追熟する果物では、成熟が進むにつれて香気成分の生合成が活発になることがあります。
たとえばモモでは、未熟な段階に多い青臭さに関係する成分が減り、熟したモモらしい芳香に関係するラクトン類が増えることが報告されています。特に完熟果では、γ-デカラクトンなどのラクトン類が重要な香気成分になります。
メロンでも、20℃で追熟させると、追熟の進行に伴って低沸点の揮発性成分の生成量が増えたという研究があります。収穫時の熟度が進んでいる果実ほど、その増加が大きい傾向も示されています。
つまり、「時間が香りを作る」というより、時間の経過中に成熟に関係する代謝が進み、その結果として香気成分の組成が変わるのです。
熟すと青臭さが減り、甘い香りが増えることがある
未熟な果物には、葉や青い植物を思わせる香りが強いものがあります。これは、ヘキサナールなどのアルデヒドや、関連するアルコール類などが関係する場合があります。
成熟が進むと、こうした青臭い成分が減る一方で、果物らしい甘い香りを作るエステルやラクトンが増えることがあります。モモでは、熟度の進行とともに青臭みに関係する成分が減少し、芳香の主体となるラクトン類が増加することが確認されています。
トマトでも、追熟の進み方によって揮発性成分の量や組成が変化し、未熟果に多い青臭い印象と、熟したトマトらしい香りのバランスが変わります。
このため、「香りが強くなった」という現象は、単に全成分が増えたのではなく、香りの種類そのものが変化した結果である場合があります。
温度は香りを作る代謝の速さを変える
果実の中で香気成分を作る反応には、さまざまな酵素が関わっています。酵素反応は温度の影響を受けるため、保存温度や追熟温度によって香気成分の作られ方が変わります。
一般に、適した範囲では温度が高くなると代謝が速くなり、成熟や追熟も進みやすくなります。しかし、温度が高すぎると正常な代謝が乱れ、香気成分の生成が抑えられることがあります。
バナナでは、代表的な香気成分の一つである酢酸イソアミルの生合成経路が追熟とともに発達しますが、35℃の高温で追熟させた場合には、その生合成経路の発達が阻害されることが報告されています。
この例からも、香りについて「高温ほど反応が速いから香りも強くなる」と単純には言えないことがわかります。果物には、正常に成熟し、香気成分を作るための適した温度範囲があります。
冷蔵すると香りが弱く感じられるのはなぜ?
冷蔵した果物の香りが弱く感じられる理由には、大きく二つあります。
一つ目は、低温では果実の代謝が遅くなるためです。呼吸や酵素反応が抑えられると、追熟の進行や香気成分の生成も遅くなることがあります。
二つ目は、香気成分が空気中へ出にくくなるためです。多くの揮発性物質は、温度が低いと気相へ移る量が少なくなります。そのため、冷蔵庫から出した直後には鼻に届く香気成分が少なく、香りが弱く感じられることがあります。
同じ果物でも、少し室温に近づけると香りを感じやすくなる場合があるのは、この「揮発しやすさ」の変化も関係しています。ただし、長時間室温に置けばよいという意味ではなく、安全性や品質劣化にも注意が必要です。
光と温度が組み合わさって香りを変えることもある
香気成分の生成には、温度だけでなく光条件も関係する場合があります。
収穫後のイチゴを使った研究では、光と温度の組み合わせによって、複数の香気成分生合成経路が異なる反応を示すことが報告されています。つまり、同じ温度でも光があるかないかによって、香りの組成が変わる可能性があります。
このように、果物の香りは一つの条件だけでは決まりません。成熟度、温度、光、酸素濃度、保存期間などが組み合わさって、香気成分の生成と放散を左右します。
長く置けば香りはずっと強くなるの?
香りは成熟の途中で強くなることがありますが、その後も増え続けるわけではありません。
果実が食べ頃を過ぎると、細胞の老化や組織の崩壊が進み、香気成分を作る代謝が弱くなることがあります。また、一部の成分は別の物質へ変化したり、空気中へ失われたりします。さらに発酵臭や腐敗臭など、好ましくないにおいが現れる場合もあります。
そのため、香りの変化には「未熟で香りが弱い段階」「成熟して果物らしい香りが豊かな段階」「過熟や劣化で香りの質が低下する段階」があります。
果物の食べ頃を判断するときに香りが役立つのは、この成熟に伴う変化があるためです。
果物によって香りの変化は違う
すべての果物が収穫後に同じように香りを強くするわけではありません。
マンゴーのような追熟型の果物では、成熟に伴って甘さや酸味、果肉の硬さとともに香気成分も増えることがあります。カリフォルニア大学デービス校の収穫後資料でも、マンゴーの成熟に伴う変化として、デンプンから糖への変換、酸の減少、カロテノイドと香気成分の増加が挙げられています。
一方、収穫後の追熟が限られる果物では、収穫時点の熟度が香りの品質に大きく影響します。また、同じ果物でも品種によって主要な香気成分やその量が異なるため、「果物全体」に一つの保存ルールを当てはめることはできません。
香りの強さとおいしさは同じではない
香りが強ければ必ずおいしいというわけでもありません。果物のおいしさは、甘味、酸味、苦味、食感、温度、香りなどが組み合わさって決まります。
また、果実から出る揮発性成分の総量が多くても、好ましい香りに寄与する成分が少なければ、魅力的な香りにはならないことがあります。反対に、微量でも嗅覚への影響が強い成分が含まれていれば、特徴的な香りを感じることがあります。
そのため、科学的に果物の香りを評価するときは、成分量だけでなく、どの成分がどの程度人の嗅覚に寄与するかも重要になります。
家庭ではどう扱うとよい?
家庭では、果物の種類と熟度に応じて、追熟と冷蔵を使い分けることが基本です。
- 追熟する果物は、適切な室温で食べ頃まで成熟させる
- 十分に熟したら冷蔵し、過熟や劣化の進行を遅らせる
- 冷えた状態で香りが弱い果物は、食べる直前に少し温度を戻すと香りを感じやすくなる場合がある
- 高温で長く置くと、正常な香気生成が妨げられたり、過熟や腐敗が進んだりするため注意する
- 香りだけでなく、色、硬さ、傷みの有無も合わせて食べ頃を判断する
なお、果物ごとに適した保存温度は異なります。低温に弱い果物を冷やしすぎると低温障害が起こることもあるため、それぞれの果物に適した保存方法を選ぶことが大切です。
まとめ
果物の香りが温度や時間などで変化するのは、成熟や追熟によって揮発性の香気成分が作られたり減ったりし、その組成が変わるためです。未熟な段階では青臭い成分が目立ち、成熟するとエステルやラクトンなど果物らしい芳香に関係する成分が増える場合があります。
温度は、香気成分を作る酵素反応と、香気成分が空気中へ揮発する速さの両方に影響します。ただし、高温ほど香りが強くなるわけではなく、高すぎる温度では香気成分の生合成が妨げられることもあります。
つまり、果物の香りは「時間がたつから変わる」のではなく、成熟度、温度、光、保存期間などが、香気成分の生成・分解・放散に作用した結果として変化しているのです。
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参考資料
- 日本食品工業学会誌「バナナ果実の追熟に伴うイソアミルアセテートの生合成経路の発達と高温による発達阻害について」
- 石川県農業短期大学研究報告「メロン’アンデス’果実の追熟中における揮発性成分生成量の変化」
- Food Chemistry「Differential responses of four biosynthetic pathways of aroma compounds in postharvest strawberry under interaction of light and temperature」
- UC Davis Postharvest Research and Extension Center「Mango」

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