寒い場所では、厚手の服を着たり、重ね着をしたりして体を冷やさないようにします。これは単に「寒く感じるから」ではありません。人の体は代謝によって熱を作りながら、その熱を皮膚や呼吸を通して周囲へ逃がしています。周囲が寒いと、体から外へ移動する熱が増えやすくなるため、衣服で熱の移動を抑える必要が出てきます。
ただし、衣服はいつでも強く保温すればよいわけではありません。活動量が多いと体内で作られる熱が増え、厚着しすぎると汗をかき、かえって不快になったり、休憩時に冷えやすくなったりします。衣服の保温は、外気温、風、湿り、活動量に合わせて調整することが大切です。
つまり、寒い環境で衣服の保温が必要になるのは、体が作った熱を必要以上に失わず、体温を保ちやすくするためです。
人の体は常に熱を作り、同時に熱を失っている
人の体では、安静にしているときでも代謝によって熱が作られています。歩く、走る、荷物を運ぶなど活動量が増えると、筋肉の働きによってさらに多くの熱が生まれます。
一方、体は周囲へ熱を逃がしています。主な経路は、空気との熱交換である対流、周囲の物体との放射、皮膚や呼吸からの水分蒸発などです。
寒い環境では、皮膚と周囲の温度差が大きくなるため、体から外へ熱が移動しやすくなります。そこで衣服を着ると、皮膚と外気の間に熱が移動しにくい層を作り、熱損失を抑えることができます。
衣服そのものより「動きにくい空気」が保温に重要
衣服の保温では、布だけでなく、その内側や衣服同士の間にできる空気層が重要です。
日本家政学会誌の「衣服の保温機能における衣服空隙の熱移動抵抗」では、布と人体の間を模した空隙の幅によって熱移動抵抗が変わり、衣服を重ねて空気層を分けることが保温に有効であることが示されています。
空気は、流れが小さい状態では熱を伝えにくいため、繊維の間や衣服の間に保持されることで断熱層として働きます。ダウンジャケットやフリースが暖かいのも、繊維そのものが熱を作るからではなく、多くの空気を保持しやすい構造を持つからです。
重ね着すると保温しやすいのは、空気層を増やせるから
一枚の非常に厚い服を着る方法だけでなく、薄い服を複数重ねる方法でも保温性を高められます。
重ね着では、布の層に加えて衣服と衣服の間にも空気層ができます。日本家政学会誌の研究では、空気層を複数に分けることで放射による熱移動も抑えやすくなり、重ね着が保温に有効であることが示されています。
さらに、重ね着には「暑くなったら一枚脱ぐ」「寒くなったら一枚足す」という調整のしやすさがあります。環境や活動量が変わる場面では、保温量を細かく変えられることが大きな利点です。
衣服の保温性は一つの数値で決まらない
ISO 9920:2007は、衣服一式について、乾いた状態での熱損失に対する抵抗や、水蒸気による熱損失に関係する抵抗を推定する方法を定めています。また、身体の動きや衣服内への空気の侵入が、衣服の断熱性や水蒸気抵抗に影響することも扱っています。
つまり、同じ服でも、じっとしているときと歩いているとき、風がないときと風があるときでは、実際の保温のされ方が同じとは限りません。
衣服の暖かさは、素材、厚さ、空気層、ゆとり、風、身体活動などが組み合わさって決まります。
風があると、衣服の中の暖かい空気が入れ替わりやすい
風が強いと、衣服の表面から熱が奪われやすくなります。また、袖口、襟、裾などから外気が入り込むと、衣服内にたまった暖かい空気が冷たい空気と入れ替わります。
そのため、寒い屋外では、保温層だけでなく風を通しにくい外側の層が重要になることがあります。
OSHAも寒冷環境での服装として、複数のゆったりした衣服を重ね、外側には風や雨を防ぐ層を使うことを勧めています。中間層で熱を保ち、外側で風や水分から守るという役割分担です。
衣服が濡れると保温性が下がることがある
寒い環境では「濡れないこと」も保温に関係します。
布や中綿が水を含むと、繊維の間に保持されていた空気が減ったり、水分によって熱が移動しやすくなったりする場合があります。また、濡れた衣服から水分が蒸発すると、そのときに熱が奪われます。
OSHAは、綿は濡れると断熱性が低下しやすい一方、ウールや一部の合成繊維は濡れた状態でも比較的断熱性を保ちやすいとして、寒冷環境では衣服を乾いた状態に保つことを勧めています。
寒い日に汗をかいた後で急に冷える「汗冷え」が起こるのも、水分と熱移動が関係するためです。
汗をかきすぎないことも保温の一部
保温というと、できるだけ熱を逃がさないことだけを考えがちです。しかし、運動や作業で体内の熱産生が増えたときに厚着しすぎると、体は汗を出して熱を逃がそうとします。
そのまま活動を止めると、濡れた衣服から水分が蒸発し、体から熱が奪われやすくなります。NIOSHも寒冷環境では、重ね着によって保温しつつ、暑くなりすぎたら衣服を調整して発汗を防ぐことが重要だと説明しています。
つまり、寒い場所での衣服は「常に最大限に暖かくする」のではなく、汗をかきすぎない範囲で熱損失を抑えることが大切です。
活動量が多いと、必要な保温量は少なくなることがある
座っている人と、歩いたり荷物を運んだりしている人では、体内で作る熱の量が違います。
活動量が多いと代謝熱が増えるため、同じ気温でも薄い服で十分な場合があります。反対に、屋外で立ち止まっている時間が長いと、体内で作る熱が少なくなり、より高い保温性が必要になります。
そのため、冬の通勤、屋外観戦、登山、作業などでは、気温だけでなく「どのくらい動くか」を考えて服装を選ぶ必要があります。
手足や頭部を守ることも、寒冷環境では重要
寒いときは、体の中心部だけでなく、手、足、耳、顔などの露出部も冷えます。
NIOSHは、寒冷環境では耳、顔、手、足を保護し、防水・断熱性のある靴や手袋、帽子などを使うことを勧めています。
厚い上着だけを着ても、手袋や靴が不十分なら、指先や足先が冷えて作業しにくくなります。細かな作業や歩行を続けるためにも、部位ごとの保温が必要です。
保温は快適さだけでなく、寒冷ストレスを防ぐためにも必要
寒さは不快なだけではありません。極端な寒冷環境では、体から熱が奪われ続けることで低体温症や凍傷などの寒冷障害につながることがあります。
NIOSHは、寒い環境では体から熱が急速に失われる場合があり、低体温症、凍傷、凍瘡などの危険があると説明しています。その対策の一つが、適切な衣服で体熱の損失を抑えることです。
日常生活の通常の寒さと、作業現場や極寒環境では危険度が異なりますが、「体から熱が失われすぎないよう衣服で調整する」という基本は共通しています。
暑い環境では、保温しすぎることが逆効果になる
衣服の保温は必要な場面で役立ちますが、暑い環境では逆に体の熱を逃がす必要があります。
NIOSHは、厚い衣服や通気しにくい防護服は、汗の蒸発や対流による熱放散を妨げ、体内に熱がたまりやすくなると説明しています。
したがって、「衣服には保温性が高いほどよい」という考え方は正しくありません。寒いときは熱を逃がしにくくし、暑いときや活動量が多いときは熱と湿気を逃がしやすくすることが必要です。
衣服は、人体と環境の間の熱のやり取りを調整する道具だと考えると分かりやすいでしょう。
保温性は素材だけでなく、形や着方でも変わる
同じ素材でも、衣服の形や着方が違えば保温性は変わります。
体に密着しすぎる服は、繊維や衣服の間に空気を十分に含みにくくなる場合があります。一方、ゆとりが大きすぎると、衣服内の空気が動きやすくなり、開口部から外気が入りやすくなることもあります。
また、襟、袖口、裾を閉じることで暖かい空気が逃げにくくなり、帽子や手袋を追加することで露出部からの熱損失を減らせます。
そのため、保温は「暖かい素材を選ぶ」だけでなく、空気層を保ち、風や湿りを防ぎ、必要に応じて重ね着を調整することで実現します。
衣服を選ぶときは「暖かさ」だけでなく活動量と湿りを見る
寒い日の服装を選ぶときは、気温だけでなく、風、雨や雪、活動量、屋内外の移動を考えると調整しやすくなります。
あまり動かない場面では高い保温性が必要になりやすく、歩行や運動が多い場面では汗を逃がしやすい構成が重要です。雨や雪がある場合は、保温層を濡らさないための外層も必要になります。
また、屋外と暖房の効いた室内を行き来するなら、脱ぎ着しやすい重ね着のほうが体温調節をしやすくなります。
まとめ
寒い環境で衣服の保温が必要になるのは、体が作った熱が周囲へ逃げすぎるのを抑え、体温を保ちやすくするためです。
衣服は、布そのものだけでなく、繊維や衣服の間に動きにくい空気を保持することで熱移動を抑えます。重ね着は空気層を増やしやすく、外側の防風・防水層は、暖かい空気の入れ替わりや衣服の湿りを防ぐのに役立ちます。
ただし、保温は強ければ強いほどよいわけではありません。活動量が増えると体内の熱産生も増え、厚着しすぎれば汗をかいて冷えにつながることがあります。つまり衣服の保温は、寒さ、風、湿り、活動量に合わせて体からの熱損失を適切に調整するために必要なのです。
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参考資料
- 日本家政学会誌「衣服の保温性に関する研究」
- 日本家政学会誌「衣服の保温機能における衣服空隙の熱移動抵抗」
- ISO 9920:2007 Ergonomics of the thermal environment — Estimation of thermal insulation and water vapour resistance of a clothing ensemble
- NIOSH, Cold and Work: Types, Causes, Preparation
- NIOSH, PPE Heat Burden

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