同じ量の液体の水が霧として空気中に含まれていても、霧粒が細かいほど視程が短くなりやすいのは、その水がより多数の小さな水滴に分かれることで、光を遮る水滴の合計断面積が大きくなりやすいからです。視程を悪くするのは水の重さそのものではなく、目標物から来る光が霧粒によってどれだけ散乱・消散されるかです。
ただし「小さい水滴ほど無条件に視程を悪くする」という意味ではありません。可視光に対する散乱効率は粒径によって変わり、非常に小さい霧粒の寄与は小さくなることがあります。この記事では、一般的な霧粒の大きさの範囲で、霧水量が同じでも粒径分布が違えば光学的な濃さが変わる理由を説明します。
霧水量とは何を表しているの?
霧水量は、空気1立方メートルの中に霧粒として存在する液体の水の質量を表す量です。英語では liquid water content、LWC と呼ばれます。
たとえば同じ0.1gの水が1立方メートルの空気中に含まれていても、その0.1gが少数の大きな水滴になっている場合と、多数の小さな水滴になっている場合では、光との相互作用が同じとは限りません。
視程を考えるときには、霧水量だけでなく、水滴の数と大きさ、つまり粒径分布も重要になります。
なぜ水滴の「合計断面積」が重要なの?
光が霧の中を進むと、水滴に当たるたびに散乱されます。目標物から目に届くはずだった光の一部が別の方向へ曲げられるため、目標物と背景のコントラストが低下します。
水滴が光を遮る効果は、その水滴が光の進行方向に対してどれくらいの面積を持つかに強く関係します。
同じ量の水を大きな水滴にまとめる場合より、たくさんの小さな水滴に分けた方が、一般に水滴全体の表面積や投影面積の合計は大きくなります。
そのため、典型的な霧粒の大きさの範囲では、同じ霧水量でも粒が細かいほど光が多くの水滴に出会い、消散が強くなることがあります。
同じ水量を小さな球に分けると、なぜ面積が増えるの?
球の体積は半径の3乗に比例しますが、断面積は半径の2乗に比例します。
そのため、同じ体積の水を半径の小さい球に分割すると、水滴の個数は急激に増えます。1個あたりの断面積は小さくなっても、個数の増加の方が大きいため、全水滴の断面積を合計すると増えることがあります。
たとえば水滴の代表直径を半分にして、全体の水量を同じに保つには、水滴の個数を約8倍にする必要があります。1個の断面積は約4分の1になりますが、個数が8倍なので、合計断面積は単純な幾何学では約2倍になります。
実際の光散乱ではミー散乱の効果が加わるため完全にこの比率どおりではありませんが、「同じ水量でも粒が細かいと光を遮る面積が増えやすい」という直感はここから理解できます。
視程と消散係数はどう関係するの?
霧の中で光がどれだけ弱くなるかは、消散係数という量で表されます。
消散係数が大きいほど、光は短い距離で強く弱まり、目標物と背景のコントラストも早く失われます。そのため視程は短くなります。
海上霧の微物理を調べた研究では、日中視程は消散係数に反比例し、消散係数は霧水量と有効粒径によって表せる関係が示されています。
代表的な近似では、霧水量が同じなら有効粒径が小さいほど消散係数が大きくなり、視程は短くなります。
「有効粒径」とは何?
実際の霧には、同じ大きさの水滴だけが存在するわけではありません。数µmから数十µm程度まで、さまざまな大きさの水滴が混在します。
その粒径分布を光学的に代表する尺度の一つが有効粒径です。
単純な平均直径ではなく、水滴の体積と断面積の関係を反映するため、霧がどれくらい光を散乱するかを考えるのに便利な量です。
同じ霧水量でも有効粒径が小さければ、単位水量あたりの断面積が大きくなりやすく、消散係数も大きくなります。
三沢基地の観測では粒径と視程にどんな関係が見つかったの?
日本気象学会誌に掲載された三沢基地での観測研究では、霧粒の粒径分布と視程の関係が詳しく調べられています。
この研究では、霧層が薄い場合、主に直径60µm未満の霧粒が視程悪化に寄与していました。また、霧が急速に濃くなる過程では、小さい側の霧粒の増加が重要であることが示されています。
一方、厚い霧では粒径分布が広がり、より大きな霧粒も消散係数へ強く寄与するようになりました。
つまり視程は「平均粒径が小さいか大きいか」だけで一意に決まるのではなく、霧粒がどの大きさに何個分布しているかによって変わります。
では5µm未満の極小粒子が多いほど視程は悪くなるの?
必ずしもそうではありません。
三沢基地の研究では、直径5µm未満の霧粒が消散係数へ与える寄与は2%未満でした。
これは、粒径が可視光の波長に近づくにつれて散乱効率の単純な近似が成立しにくくなるためです。
したがって「小さいほど悪い」という説明には範囲があります。典型的な霧粒径域で、同じ液体水量をより多数の小滴に分ける場合には消散が強くなりやすいものの、極端に小さな粒まで単調に効果が増えるわけではありません。
霧粒が大きくなると視程は必ず良くなるの?
これも必ずしもそうではありません。
霧の成長とともに水滴が大きくなると、同時に霧水量そのものが増える場合があります。水滴が大きくなっても、水滴の総数や液体水量が増えれば、消散係数は大きいまま、あるいはさらに大きくなることがあります。
厚い霧では、大きな霧粒の寄与も無視できなくなることが三沢基地の観測から分かっています。
視程を判断するには、粒径だけでなく、霧水量と粒子数密度を同時に見る必要があります。
水滴の個数はなぜ重要なの?
同じ粒径なら、水滴の数が多いほど光が水滴にぶつかる確率は高くなります。
同じ距離を光が進んでも、水滴がまばらな霧より、ぎっしり存在する霧の方が何度も散乱されます。
そのため視程は、霧水量、粒径、水滴数密度という三つの量が組み合わさって決まります。
同じ霧水量で粒径が小さくなれば、水量を保つために水滴数は増える必要があるため、光が出会う粒子数も増えやすくなります。
霧の粒径分布はどうやって測るの?
霧粒は非常に小さいため、通常の目視では一つ一つの大きさを測れません。
日本の研究では、レーザー光の散乱を利用する装置や、霧粒を直接撮影する方法などが使われています。
防衛大学校などの研究グループは、デジタルカメラとストロボを用いて直径5〜100µm程度の霧粒を撮影し、その粒径分布から求めた消散係数が視程から求めた値とよく一致することを報告しています。
このことは、視程を理解するうえで粒径分布そのものを測定することが重要であることを示しています。
霧の種類によって粒径分布は違うの?
違いはありますが、単純に種類だけから決めることはできません。
放射霧、移流霧、谷霧などでは、形成過程や乱流、凝結核、成長時間が違うため、粒径分布に特徴が現れる場合があります。
しかし日本気象学会誌に掲載された多数の粒径分布の解析では、霧の種類ごとの平均的な特徴はあっても、個々の霧のばらつきが大きく、粒径分布や霧水量だけで種類を明確に分けることは難しいとされています。
したがって、同じ種類の霧でも視程が大きく違うことがあります。
同じ霧水量でも視程が違うのは、実際に観測されるの?
観測されます。
霧水量と消散係数には強い相関がありますが、完全に一対一ではありません。粒径分布や水滴数密度が変わることで、同じ程度の霧水量でも光学的な濃さに差が生まれます。
海上霧を扱った研究では、視程を霧水量だけでなく、有効粒径や水滴数密度を含めて表す関係式が示されています。
このため、数値予報で霧の視程を推定するときにも、単に空気中の液体水量を予測するだけでは不十分な場合があります。
凝結核の数も視程に影響するの?
影響することがあります。
空気中に凝結核となる粒子が多い場合、同じ量の水蒸気が凝結しても、多数の水滴に分配されやすくなります。
すると、一つ一つの水滴は比較的小さくなり、水滴数密度は増える方向へ進みます。
このような粒径分布の変化は光学的消散を変えるため、霧水量が同程度でも視程に差が出る可能性があります。
ただし実際の霧では、凝結核の性質、過飽和度、乱流、沈降なども同時に作用するため、凝結核の数だけで視程は決まりません。
霧粒が成長すると視程はどう変化するの?
霧が発達すると、水蒸気の凝結によって既存の水滴が成長したり、新しい小さな水滴が増えたりします。
三沢基地の観測では、視程が急速に悪化するときには小さい霧粒の増加が重要で、厚い霧の中でゆっくり視程が変化するときには大きな霧粒の変化も関係していました。
つまり霧のライフサイクルによって、視程を支配する粒径帯も変わることがあります。
霧粒が雨粒へ成長すると視程は良くなるの?
霧粒が衝突・併合して大きくなり、落下しやすくなると、空気中の水滴数が減る方向に働くことがあります。
その結果、霧粒として空中に残る総断面積が減れば、視程が改善する場合があります。
ただし降水が始まれば、雨滴そのものによる散乱や、地表付近への追加水分供給も起こるため、単純に「雨になれば必ず見通しが良くなる」とは言えません。
なぜ霧の予報で視程を当てるのは難しいの?
気温と湿度だけでなく、霧粒の微物理まで関係するからです。
数値予報で「霧水量が多い」と予測できても、実際の粒径分布が違えば、観測される視程も変わります。
霧粒の生成、成長、沈降、乱流混合、凝結核などを細かく予測する必要があるため、視程予報は難しい問題です。
「霧が濃いと視程が短い」記事とは何が違うの?
霧と視程の一般的な関係を扱う記事では、霧粒が光を散乱し、目標物と背景のコントラストを失わせるため、霧が濃くなるほど視程が短くなるという基本原理が中心です。
一方、この記事では、霧水量が同じでも粒径分布が違うと、なぜ光学的な濃さと視程が変わるのかを扱っています。
前者は霧の量と視程の一般関係、こちらは霧粒の大きさと数による微物理的な違いです。
「同じ時刻でも場所や方向で視程が違う」記事とは何が違うの?
場所・方向差を扱う記事では、地形、湿気、風、冷気のたまり方によって霧の濃淡が空間的に不均一になるため、同じ時刻でも視程が変わる理由が中心です。
一方、この記事では空間差ではなく、同じ霧水量の空気を比較しても、霧粒の粒径分布が違えば消散係数が変わるという微物理的な条件差を扱っています。
まとめ
同じ霧水量でも霧粒が細かいほど視程が短くなりやすいのは、典型的な霧粒径の範囲では、同じ量の水を多数の小さな水滴へ分けるほど、光を遮る水滴の総断面積が大きくなりやすいからです。
その結果、光の消散係数が大きくなり、目標物と背景のコントラストがより短い距離で失われます。
ただし、極端に小さい5µm未満の粒の寄与は小さいという観測結果もあり、「小さいほど無条件に視程が悪化する」という単純な関係ではありません。
霧の視程を正しく理解するには、霧水量だけでなく、霧粒の大きさ・個数・粒径分布を一緒に見る必要があるのです。
関連する「なぜ?」
参考資料
- 日本気象学会「Visibility and Fog Drop Size Spectra at Misawa Air Base」
- 日本気象学会SOLA「Direct Photographic Method for Measuring Droplet Size Distribution in Fog」
- American Meteorological Society「Characterizing and Predicting Marine Fog Offshore Newfoundland and Labrador」
- American Meteorological Society「Parameterization of Droplet Terminal Velocity and Extinction Coefficient in Fog Models」

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