植物の葉が緑色に見えるのは、葉緑体にクロロフィルという色素が多く含まれているからです。では、このクロロフィルは単に葉を緑色に見せるだけなのでしょうか。
結論からいうと、クロロフィルは光を吸収し、その光エネルギーを光化学反応へ渡す中心的な色素だから重要です。多数のクロロフィル分子がアンテナとして光を受け取り、励起エネルギーを反応中心へ集めます。反応中心では特別なクロロフィルが電子移動を始め、光エネルギーが電気化学的なエネルギーへ変換されます。この反応が、その後のATPやNADPHの生成、最終的な二酸化炭素固定につながります。
クロロフィルは「光を受け取る分子」
光合成の出発点は、太陽光のエネルギーを植物が受け取ることです。しかし、光そのものをそのまま糖に変えることはできません。まず光子のエネルギーを分子が吸収し、電子を励起状態へ変える必要があります。
クロロフィルは、その役割を担う代表的な光合成色素です。高等植物では主にクロロフィルaとクロロフィルbが働きます。
クロロフィルは青色域と赤色域の光をよく吸収します。光を吸収すると、クロロフィル分子内の電子が高いエネルギー状態へ移ります。この「励起」が、光合成の光反応を始める第一歩です。
一つのクロロフィルだけで光合成しているわけではない
葉緑体のチラコイド膜には、クロロフィルが一個ずつばらばらに存在しているわけではありません。多数のクロロフィルやカロテノイドがタンパク質と結合して、光化学系という巨大な複合体をつくっています。
光化学系には、光を集めるアンテナ部分と、実際に電荷分離を始める反応中心があります。
多数の色素のうちどれかが光子を吸収すると、その励起エネルギーは近くの色素へ次々に受け渡され、最終的に反応中心へ集められます。日本の光捕集研究でも、この過程は多数の色素から反応中心クロロフィルへ励起エネルギーを集める仕組みとして説明されています。
アンテナ色素があると光を受け取る面積が大きくなる
反応中心だけでも光を吸収できますが、反応中心にある色素の数は限られています。
もし反応中心だけで太陽光を受け取るなら、光子を捕まえられる確率は小さくなります。そこで植物は、多数のクロロフィルを含む光捕集アンテナを周囲に配置しています。
アンテナ色素が広い範囲で光を受け取り、そのエネルギーを反応中心へ送ることで、光化学反応に使える光子の数を増やせます。
これは、小さな受信機だけで信号を待つのではなく、大きなアンテナで広く信号を集めて中心装置へ送るのに似ています。
クロロフィルaとbは役割が少し違う
高等植物では、クロロフィルaとクロロフィルbが主要なクロロフィルです。
クロロフィルaは反応中心を含む光化学系の中心的な色素で、電荷分離を起こす反応にも直接関わります。
一方、クロロフィルbは主に光捕集アンテナに多く存在し、クロロフィルaとは少し異なる波長の光を吸収します。
そのため、クロロフィルbが加わることで、植物が利用できる光の波長範囲を広げられます。クロロフィルbが吸収した励起エネルギーは、光捕集複合体の中でクロロフィルaへ効率よく移されます。
葉が緑色に見えることと光合成での役割は別の問い
クロロフィルは青色と赤色の光をよく吸収し、緑色付近の吸収が相対的に弱いため、葉は緑色に見えます。
しかし、クロロフィルの重要性は「緑色をつくること」そのものではありません。重要なのは、吸収した光エネルギーを光化学反応へ渡せることです。
葉の色はクロロフィルの吸収スペクトルが目に見える形で表れた結果であり、クロロフィルの本来の機能は太陽光エネルギーを捕らえて反応中心へつなぐことにあります。
励起エネルギーは色素から色素へ移動する
クロロフィルが光を吸収すると、その分子は励起状態になります。
アンテナ複合体では、この励起エネルギーが隣接する色素へ移動します。電子そのものが色素間を次々に移動するのではなく、励起エネルギーが受け渡されていくことが重要です。
光捕集系では、色素分子の距離や向き、周囲のタンパク質環境が、エネルギー移動の効率に影響します。
タンパク質はクロロフィルを適切な位置と向きに固定し、吸収したエネルギーが反応中心へ流れやすい配置をつくっています。
反応中心では「エネルギー移動」から「電子移動」へ変わる
アンテナから反応中心へ励起エネルギーが届くと、光化学反応の性質が変わります。
反応中心では、特別なクロロフィル分子が励起されることで電子供与体として働き、近くの電子受容体へ電子を渡します。これが光誘起電荷分離です。
日本のクロロフィル研究でも、反応中心に存在する特別なクロロフィル類が光電荷分離を駆動し、光エネルギーを電子エネルギーへ変換する中心的役割を担うことが示されています。
この電荷分離によって、短時間しか存在できない励起状態が、その後の化学反応に使えるより安定したエネルギー差へ変換されます。
光化学系IIではクロロフィルが水から電子を取り出す反応につながる
植物の酸素発生型光合成には、光化学系IIと光化学系Iという二つの光化学系があります。
光化学系IIでは、反応中心クロロフィルの励起によって電子移動が始まり、失われた電子を補うために水が酸化されます。
水から電子が取り出される過程で、酸素とプロトンが生じます。植物が放出する酸素は、この水分解に由来します。
クロロフィルは水を直接分解する酵素ではありませんが、光エネルギーを電子移動へ変換することで、水分解反応を駆動できる強い酸化力を光化学系に生み出します。
光化学系Iでも特別なクロロフィルが働く
光化学系IIから始まった電子は、電子伝達系を通って光化学系Iへ運ばれます。
光化学系Iでも、アンテナクロロフィルが光を吸収し、反応中心へエネルギーを集めます。
反応中心のP700と呼ばれるクロロフィル系が励起されると、再び電子移動が起こり、最終的にNADP+を還元してNADPHをつくる反応へつながります。
つまり植物は、一つの光化学反応だけでなく、二つの光化学系でクロロフィルによる光吸収と電荷分離を繰り返し利用しています。
クロロフィルが受け取った光はATP生成にもつながる
光化学系IIから光化学系Iへ電子が流れる途中で、チラコイド膜をはさんだプロトン濃度差が形成されます。
このプロトン濃度差をATP合成酵素が利用してATPをつくります。
ATPとNADPHは、その後ストロマで行われるカルビン・ベンソン回路に使われ、二酸化炭素を有機物へ固定するためのエネルギーと還元力を供給します。
クロロフィルは糖を直接つくる分子ではありませんが、糖合成に必要なATPとNADPHを生み出す光反応の入口を担っています。
クロロフィルだけでなくカロテノイドも光捕集を助ける
葉緑体にはクロロフィル以外にカロテノイドも含まれています。
カロテノイドはクロロフィルとは異なる波長の光を吸収し、その励起エネルギーをクロロフィルへ渡すことがあります。
また、過剰な光エネルギーや一重項酸素などから光化学系を守る重要な役割も持っています。
そのため、植物の光捕集はクロロフィルだけで完結するのではなく、複数の色素とタンパク質が協力するシステムになっています。
光を集めすぎると危険なので調節も必要
太陽光が弱いときには、多くの光を集めることが有利です。しかし、強い日射の下では、吸収した光エネルギーのすべてを光合成に使えるとは限りません。
余分な励起エネルギーが蓄積すると、活性酸素の発生や光阻害につながる可能性があります。
そこで光捕集複合体は、条件によってエネルギーを反応中心へ渡すだけでなく、余分なエネルギーを熱として散逸させる方向へ切り替えることがあります。
クロロフィルをたくさん持つことだけでなく、吸収したエネルギーを安全に使う・逃がす制御まで含めて光合成装置が成立しています。
日陰では光捕集アンテナを大きくすることがある
光が少ない環境では、植物は一つの反応中心あたりに多くの光を集める必要があります。
そのため日陰葉では、光捕集アンテナの割合が増えたり、クロロフィルbの相対量が増えたりすることがあります。
クロロフィルbを多く含むLHCIIなどのアンテナ複合体を発達させることで、弱い光でも光子を捕まえる確率を高められます。
逆に強光下では、光を集める能力だけでなく、過剰エネルギーを散逸する能力が重要になります。
クロロフィルが少なくなると光合成能力も低下しやすい
葉が老化すると、クロロフィルと光合成タンパク質が分解されます。
その結果、葉は黄色く見えるようになり、光を捕集する能力や光化学反応を行う能力も低下します。
窒素不足や葉緑体形成異常などでクロロフィルが十分に蓄積できない場合も、光捕集能力が低下します。
ただし、クロロフィル量が多ければ多いほど光合成速度が無条件に高くなるわけではありません。光合成速度は二酸化炭素、水、温度、気孔開度、酵素活性など多くの要因にも制限されます。
暗所で育った芽が光を受けると緑化する理由
被子植物の芽生えを暗所で育てると、葉は黄色っぽく、葉緑体も十分には発達していません。
光を当てるとクロロフィル合成とチラコイド膜形成が進み、光捕集複合体や光化学系が組み立てられます。
その結果、葉は緑色になり、光エネルギーを利用する光合成能力を獲得します。
緑化は見た目の色変化だけではなく、クロロフィルを含む光合成装置が完成していく過程でもあります。
クロロフィル分子の配置が重要
同じクロロフィル分子でも、溶液中にばらばらに存在する場合と、タンパク質中で決められた位置に配置される場合では働きが異なります。
光捕集複合体のタンパク質は、クロロフィル分子同士の距離や向きを精密に調整します。
この配置によって、励起エネルギーが効率よく隣の色素へ移り、最終的に反応中心へ集まります。
クロロフィルは「色素分子単体」として重要なのではなく、タンパク質と組み合わされ、光化学系の中に正しく配置されることで高い機能を発揮します。
クロロフィルはなぜ緑色光をあまり吸収しないのに重要なのか
クロロフィルは青や赤を強く吸収し、緑色域では吸収が相対的に弱いため、葉が緑に見えます。
それでも太陽光には青・赤を含む多くの波長があり、クロロフィルはそれらを効率よく利用できます。
さらに葉全体では、緑色光も内部で散乱しながら一部が吸収されます。カロテノイドなど他の色素も異なる波長を補います。
植物の光合成装置は、一種類の色素ですべての可視光を吸収するのではなく、複数の色素を組み合わせて太陽光を利用しています。
クロロフィルaは酸素発生型光合成の中心色素
植物、藻類、シアノバクテリアなどの酸素発生型光合成では、クロロフィルaが普遍的な中心色素として使われています。
反応中心でもクロロフィルa系の分子が電子供与体として重要です。
このことから、クロロフィルaは単なる補助色素ではなく、光エネルギーを電荷分離へ変換する光合成の核心部分に位置しています。
クロロフィルbは主にアンテナ機能を拡張し、クロロフィルaを中心とする反応系へ光エネルギーを供給します。
身近な葉からクロロフィルの役割を考えるポイント
クロロフィルの働きそのものは肉眼では見えませんが、葉の状態から間接的に考えることができます。
- 若い葉が展開して緑色が濃くなる過程を見る
- 暗所で育った芽が光を受けて緑化する変化を見る
- 秋にクロロフィルが減り、黄葉すると光合成能力も低下することを考える
- 日向葉と日陰葉で緑色や葉厚がどう違うかを見る
- 斑入り葉の白い部分と緑色部分を比べる
- 窒素不足などで黄化した葉と健康な葉を比べる
重要なのは、緑色そのものが光合成をしているのではなく、その緑色を生むクロロフィルが葉緑体の光合成装置の中で光エネルギーを受け取っていると理解することです。
まとめ
葉の緑色をつくるクロロフィルが光合成で重要なのは、光を吸収して電子を励起し、多数のアンテナ色素から反応中心へ励起エネルギーを集め、反応中心で電荷分離を始めることで、太陽光エネルギーを化学反応に使えるエネルギーへ変換する入口を担うためです。
クロロフィルaは反応中心を含む光化学系の中心的色素として働き、クロロフィルbはアンテナの吸収範囲を広げます。吸収されたエネルギーは光化学系II・電子伝達系・光化学系Iを通じてATPとNADPHの生成へつながり、そのATPとNADPHが二酸化炭素固定に使われます。
葉が緑色に見えることはクロロフィルの吸収特性の結果ですが、クロロフィルの本質的な役割は「緑色にすること」ではありません。太陽光を受け取り、光合成反応を動かすエネルギーへ変換することこそが、クロロフィルが植物にとって重要な理由です。
参考資料
- 渡辺正・小林正美「光合成機能分子としてのクロロフィル類―生体内の分子構成と生体外での物理化学―」日本化学会誌
- 柴田穣「光合成系の光捕集過程を構造に立脚して理解する」日本物理学会誌
- Photosynthetic light harvesting: excitons and coherence
- Structural basis of light-harvesting in the photosystem II core complex

コメント