放射霧の夜に地表付近が弱風でも、その少し上空では風が強いことがあるのは、夜間の地表冷却によって安定した逆転層ができ、地表付近の空気が上空の流れから力学的に切り離されやすくなるからです。地表では摩擦の影響が強く、冷たく重い空気がたまって風が弱まる一方、逆転層の上部では地面の摩擦の影響が小さく、風が速いまま保たれたり、夜間低層ジェットと呼ばれる風速の極大ができたりすることがあります。
つまり「放射霧がある夜は、地上から上空まで全部弱風」というわけではありません。霧が存在する地表付近だけが弱風で、その上には強い風が流れているという鉛直構造も起こり得ます。
放射霧の夜はなぜ地表付近の風が弱くなりやすいの?
放射霧は、晴れた夜に地面が放射冷却で冷え、そのすぐ上の空気も冷やされて露点に達することで発生します。
このとき風が強いと、地表付近の冷たい空気と上の暖かい空気が混ざり、接地層だけが十分に冷えるのを妨げます。
そのため典型的な放射霧では、地表付近の風が弱く、冷気がその場にたまりやすい条件が有利です。
夜になると大気の下の方では何が起こるの?
日中は太陽に暖められた地面から上向きの熱が供給され、対流や乱流が活発になります。そのため地表付近と上空の空気は混ざりやすく、風速の鉛直差も小さくなりやすくなります。
ところが日没後は地面が急速に冷えます。地表に接する空気も冷やされ、上空より地表付近の方が低温になる「接地逆転」が形成されます。
冷たい空気は重く、上下方向の動きが抑えられるため、夜間の境界層は安定します。
安定した逆転層ができると、なぜ地上と上空の風が分かれるの?
大気が安定すると、上下の空気を混ぜる乱流が弱くなります。
日中なら上空の強い風の運動量が乱流によって地表近くまで運ばれますが、夜間の安定層ではその運動量交換が弱まります。
その結果、地表付近の空気は地面の摩擦に強く影響されて減速する一方、少し上の空気は地表摩擦の影響を受けにくくなります。
UCARの気象教育資料では、夜間に地表が冷えて安定境界層が発達すると、地表付近の冷たい空気は上の大気から力学的に切り離され、地表は弱風でも安定層上部では強い風や低層ジェットが形成されることがあると説明されています。
「力学的に切り離される」とはどういう意味?
完全に別々の空気になるという意味ではありません。
日中は乱流が活発なので、上空の強い風の運動量が下へ、地表の摩擦の影響が上へ伝わりやすくなっています。
夜に安定層ができると、この上下交換が弱くなります。そのため地表付近の風速は地面との摩擦で小さくなり、上空の風速は比較的大きいまま保たれます。
この状態を、地表層が上空の流れから「デカップルした」と表現することがあります。
夜間低層ジェットとは何?
夜間低層ジェットは、夜間の境界層上部などで現れる、周囲より風速が大きい薄い層です。
UCARは、典型的な夜間低層ジェットが地上約100〜300m付近に現れ、地表付近よりかなり強い風になることがあると説明しています。
NOAA/NWSも、夜間の逆転層のすぐ上に風速の極大ができる現象をnocturnal jetと呼んでいます。
したがって、地上ではほとんど風を感じない夜でも、数十〜数百m上ではかなり強い風が吹いている場合があります。
なぜ上空では風が速くなるの?
理由の一つは、地面の摩擦の影響が弱くなることです。
地表に近い空気は、樹木、建物、地形、地面そのものとの摩擦で減速します。高度が上がるほど、この直接的な摩擦の影響は小さくなります。
さらに夜間に乱流が弱まると、上空の運動量が地表へ失われにくくなり、上空の風が相対的に強く保たれます。
地域によっては気圧傾度や地形効果も加わり、低層ジェットとして風速がさらに強まることがあります。
日本でも逆転層と低層ジェットの関係は観測されているの?
観測されています。
日本気象学会の東海村における海陸風観測では、夕刻に低層ジェットが観測され、その発達と接地逆転層の存在との間に関連が見られたと報告されています。
この観測は放射霧だけを対象にしたものではありませんが、夜間の接地逆転が形成されると、地表とその上空で風速構造が大きく変わり得ることを示す日本の観測例です。
放射霧の中では風は完全に止まっているの?
完全な無風である必要はありません。
弱い風は、冷気を保ちながら霧の層を少し厚くする方向に働くことがあります。逆に完全な静穏では、冷却がごく浅い層に集中し、露や霜が優勢になる場合もあります。
放射霧に有利なのは、一般に「強い混合を起こさない程度の弱風」です。
したがって地表風が1〜2m/s程度でも、その上空で10m/s以上の風が存在するような鉛直差は理論的にあり得ます。
上空の強風は放射霧を壊さないの?
上空の強風が地表付近まで混ざり込まなければ、必ずしもすぐには壊しません。
安定した逆転層が「ふた」のように働き、霧のある冷たい接地層と上空の強い流れを分けている間は、地表付近では弱風が維持されることがあります。
ただし上空の風が非常に強く、鉛直風シアによる乱流が強まると、その乱流が逆転層を崩し、上空の乾いた空気を霧層へ混ぜ込むことがあります。
その場合、霧が薄くなったり、霧層が持ち上がって低い雲へ変わったりすることがあります。
鉛直風シアとは何?
鉛直風シアとは、高さによって風速や風向が変化することです。
地上で2m/s、100m上で10m/sなら、短い高度差の中で大きな風速差があります。
夜間低層ジェットがあると、その上下で大きな風速差が生じるため、風シアが強くなります。
風シアがある程度以上になると、安定した大気でも機械的な乱流が生まれ、地表付近との混合が増えることがあります。
放射霧にとって「強い逆転」と「強い風シア」は反対の働きをするの?
ある意味ではそうです。
強い逆転は上下混合を抑え、地表付近の冷気と霧を保ちます。
一方、強い風シアは乱流を生み、上下混合を増やす方向に働きます。
実際の夜間境界層では、この二つの効果のバランスで霧が維持されるか、薄くなるか、持ち上がるかが決まります。
地表が無風に近いほど逆転層は強くなるの?
多くの場合、弱風は強い接地逆転を作りやすくします。
風が弱いと、冷たい地表付近の空気と上の暖かい空気が混ざりにくくなるため、地表付近だけが強く冷えます。
その結果、短い高度差で大きな温度差が生まれ、安定度が高くなります。
ただし地形による冷気流や局地風があるため、地表風が弱いほど必ず逆転が強いという単純な関係ではありません。
盆地ではこの鉛直風速差が起こりやすいの?
起こりやすい場合があります。
盆地底には夜間、冷たい空気がたまりやすく、強い安定層ができます。その上を周囲の一般風が通過すると、盆地底は弱風でも、山頂高度や逆転層上部では比較的強い風という構造ができます。
盆地底の霧を見て「今日は風がほとんどない」と感じても、上空の観測では異なる風速が測られることがあります。
山の上では風が強いのに谷底が霧で静かなのは同じ仕組み?
似た仕組みが働いています。
谷底では冷気がたまり、安定した層が形成されます。その上を一般風が吹いていても、安定層が強ければその運動量は谷底まで届きにくくなります。
そのため山頂では強風、谷底では弱風と霧という組み合わせが生じることがあります。
朝になると地上の風が急に強まることがあるのはなぜ?
日の出後に地面が暖まると、夜間の安定層が崩れ始めます。
地表から上向きの対流が生まれ、上下の空気が再び混ざるようになります。
すると夜間に上空だけを吹いていた強い風の運動量が地表へ運ばれ、地上風が急に強まることがあります。
NOAA/NWSも、夜間の逆転が朝に解消すると、上空の強風が地表へ混合され、地上風が増す場合があると説明しています。
朝の風の強まりは霧の消散にも関係するの?
関係します。
日射による昇温だけでなく、風が強まり乱流混合が増えると、上空の暖かく乾いた空気が霧層へ入りやすくなります。
その結果、相対湿度が下がり、霧粒が蒸発しやすくなります。
つまり朝の霧の消散には、地表加熱とともに、夜間に切り離されていた上空の運動量が地表へ戻る過程も関係することがあります。
放射霧があると低層ジェットができるの?
必ずしもそうではありません。
放射霧と低層ジェットは、どちらも晴れた夜の安定した境界層で起こりやすい現象ですが、一方が他方を直接作るわけではありません。
共通する背景は、地表の放射冷却によって安定層・逆転層が形成され、地表付近とその上空の運動量交換が弱くなることです。
したがって「霧が低層ジェットを作る」ではなく、同じ夜間境界層の構造の中で、地表の放射霧と上空の強風が同時に現れることがあると理解するのが正確です。
「霧は種類によって弱い風や風が必要」という記事とは何が違うの?
霧の種類ごとの風の役割を扱う記事では、放射霧では弱風が有利、移流霧では暖湿気を運ぶ風が必要、滑昇霧では上昇を作る風が必要というように、霧の形成機構ごとに風の役割が違うことが中心です。
一方、この記事では、放射霧という一つの種類だけに絞り、同じ夜でも高さによって風速が大きく違う理由を扱っています。
前者は霧種間の比較、こちらは夜間境界層内の鉛直構造の説明です。
まとめ
放射霧の夜に地表付近が弱風でも、その上空では風が強いことがあるのは、夜間の地表冷却によって安定した逆転層が形成され、地表付近の空気が上空の流れから力学的に切り離されやすくなるからです。
地表では摩擦と安定成層によって風が弱まり、冷気と霧が維持されます。その一方、逆転層上部では地表摩擦の影響が弱く、夜間低層ジェットのような強い風が現れることがあります。
放射霧の「弱風」は地表付近の話であり、上空まで弱風とは限りません。霧の夜の風を理解するには、地上風だけでなく、高さによる風速差を見ることが重要です。

コメント